死
二話目です
サジタリア伯爵と会談をしてから、あっと言う間に時が経った。
皆が全力を尽くして動いてくれたおかげで、既に紙幣制度に移行は完了することができた。
当初は多少の混乱もあったようだったが、想定内で収まっている。
私が領民たちと良好な関係を築いてきたからこそ……と、セバスの報告には書いてあった。
自惚れる訳ではないが、そうだと思う。
これが領地に来たばかりの頃であれば、恐らくここまでスムーズには事が運ばなかった筈。
色んなことがあって、それを乗り越えて。
色んな改革や政策をして、そうして時を重ねて。
今までしてきたことが、繋がって。
歩いてきた道は、無駄ではなかったのだと、そう思えた。
アズータ商会では、既に値上げを進めた。
他の商会も、アルメリア公爵内と他で値段を変えるなどの対応をしている。
「……それにしても、良かったのですか? 商業ギルドの方々にもお伝えしてしまって」
アズータ商会の動向を報告しに来たセイが、報告を終え、最後にそう聞いて来た。
「彼らは、商売人よ。……一流のね」
私の言葉に、彼はキョトンという反応をしていた。
「混乱が起きたら、今まで通りの商売はできなくなる可能性が高い。貨幣に信用がなくなれば、流通が滞るのは容易に想像がつくのだから。……彼らはね、一流の商売人なの。だから、混乱が起きなければ得られる筈の金貨と天秤にかけて、口を閉ざす方を必ず選ぶと思っていたわ」
「なるほど……」
納得したように、セイは頷いた。
「さて、アズータ商会の運営は、今のところこのままで良いわ。それぞれの店に、アルメリア公爵家の護衛をそのまま警備として配置もできたし。……これからも、何か報告があったら、すぐに回してね」
「畏まりました」
ちょうどその時、ターニャが部屋に入って来た。
「……お嬢様、王が亡くなったとの報せが入りました」
遂に、この時が来たのかと……一瞬、私の中の時が止まった。
「そう……」
ふう、と息を吐きながら応える。
「まさか、ご存知で……?」
「いいえ。ただ、もう永くはないと聞いていたから」
「……左様ですか」
「恐らく、エルリア妃がすぐにでも葬儀を執り行うでしょう。早くエドワード様を王に付けたくて仕方がないのだから。……ターニャ」
「はい」
「領地に帰る支度を。葬儀に参列後、すぐに領地に戻るわよ」
「ですが……」
「既に、事態は動き出した。これ以上の長居は無用よ。私が王都にいると、彼らはすぐにでも攻撃材料を見つけて仕掛けてくるでしょう」
「……畏まりました。恙無く旅立てるよう、支度をしておきます」
「頼んだわよ。……二人とも、少し考え事をしたいから、独りにさせてくれる?」
私の問いに二人は頷くと、部屋を出て行った。
その直後、重く息を吐く。
机の上で組んだ手で頭を支えるようにして、うな垂れた。
……賽は投げられた。
エルリア妃とマエリア侯爵が、権力を握る。
果たして、この国はどうなるのだろうか。
私は……領地はどうなってしまうのだろうか。
考えても詮無きことと思いつつも、漠然とした不安が私の中に燻る。
首から下げている懐中時計の存在を確かめるように、服の上から手を添えた。
『王都でどんな状態になろうとも、揺らがない領地にしてみせます』
ふと、昔お父様に言い切った言葉を思い出す。
「真実か、戯言だったのか……その、真価が問われる時がきただけよ」
自分にそう言い聞かせつつ、我知らず手に力が籠って胸を搔き抱いていた。
逃げない。負けない。放り出さない。
それが、責任を負うということ。
それが、仕事をする上で持たなければならない覚悟。
……かつて、前世の私が仕事で問題が発生する度に、自分に言い聞かせていた言葉。
濃い時を過ごして、段々とかつての私の記憶を思い出すことは無くなっていっていたのだけれども、ふとそれが今、頭の中に思い浮かんだ。
「周りがどうなろうと、私は与えられた役目を全うしなければ……ね」
結局のところ、私のすべきことは変わらない。
そう考えると、不思議と心は落ち着いた。
気持ちが落ち着いたところで、私はお母様とベルンに今後の話をすべく部屋を出て行った。




