会談
……夜明けの太陽の光は、とても美しい。
例え、何日続けて見ようとも飽きることはない。
もう、何日続けて見ているのかは数えていないから分からないけれども。
自分が王都にいるというのが、この上なく恨めしい。
現地にいれば直接指示が出せるし、何かあったらすぐにそれに対する指示も出せるというのに。
とはいえ渦中は王都であり、そこに身を置くということは情報をリアルタイムで得ることができるから、痛し痒しといったところか。
セバスやモネダ、それから領官たちは、早速私の指示通りに動き始めてくれたらしい。
数日おきに、私に報告や質問や提案が届いていた。
それに対応しつつ、更に自分でも追加の指示を方々に出している。
執務室に、ターニャが入って来た。
心配してくれているのだと、手に取るように分かる表情を浮かべながら。
「お嬢様、夜は休息の為の時間です。大変な状況というのは分かりますが、お嬢様がお倒れになったら元も子もありません。どうか、私が起こしに来た時にベッドにいるようにお願い致します」
「この件が終息したら、ゆっくり休むわ。……それで、ターニャ。領地から何か報告は?」
「まだ、届いておりません」
「そう。……約束の時間まで、まだ時間があるわね。一時間、寝るわ。一時間後、起こしてちょうだい」
「畏まりました」
私は執務室にある簡易ベッドに横たわった。
派手ではないが、質の良い調度品に囲まれたこの部屋でこれだけが浮いている。
部屋に戻る時間も惜しいと、私が急拵えで置かせたものだ。
寝るのは良いが、部屋で快適に寝て欲しい……と、ターニャは複雑な表情を浮かべていたっけ。
きっちり一時間後、再びターニャが起こしに来てくれた。
「……何か、報告は届いた?」
「今のところ、特にございません」
「そう。……そういえば、ターニャ。その後ラフシモンンズ司祭から何か報せはあった?」
「いいえ、そちらも特に何もございません。変わらず、彼の方で処理を引き留めてくださっているようです」
「そう。ルベリア伯爵家についての調査で、何か進展は?」
「……申し訳ございませんが、そちらも未だ特に何も出てきておりません」
「そう。……何かしら、ミモザの婚約破棄の大義名分となり得るような醜聞やら不正があれば良いのだけど。引き続き、調査は進めさせておいて」
やっぱり、ルベリア伯爵に何かしら仕掛けるしかないかしら。 その最終手段を取るにしろ、敵を知らなければどうしようもないので、まずは情報収集をしてもらってからか。
ベルンとターニャが調べてくれたリストの中に彼の家の名があったから、この件が明るみに出て罪に問われることになれば話は早いのだけれども。
「勿論でございます」
「ありがとう。……支度をするわ」
「畏まりました」
今日は、サジタリア伯に会いに行く。
あの後、王族に対する報告ということで王太后様への手紙をしたためた。
それから、お父様にも事の次第を包み隠さずお話しした。
それに対して、お父様は『よく気づいたな……』と言っていたので、恐らく知っていたのだろう。
それ以上の詳しいことは、聞けなかったので推測だが。
というのも、あの後お父様の体調は悪化した。
風邪を引いてしまったのだ。
たかが風邪、されど風邪。
元々が重傷だったのだ……細菌に対する抵抗力も低下していた筈。
高熱が出て、咳は止まらず……もしかしたら、肺炎にかかっている可能性もある。
私と話すのも殆ど困難な状況だった。
そんなお父様が『サジタリア伯に会いなさい』と、息も絶え絶えに仰っていたのだ。
そんな訳で、私は今サジタリア伯爵に会うべく馬車に揺られていた。
訪れて開口一番、私はサジタリア伯にその経緯を伝えた。
「……流石ですね。ご自身で、辿り着かれましたか」
「お世辞は結構です。それで、サジタリア伯爵はどのような対策を取っていらっしゃるのですか?」
「……何も、しておりません」
「何も、ですか?」
私はつい、怪訝な表情を隠す事なく浮かべてしまった。
「正確には、信頼できる人員をアルフレッド王子にお預けしていますが」
「まあ……では、アルフレッド王子は、既にこの事態を把握していらっしゃるということですか?」
「アイリス様ですから正直に申し上げますと、この事態を気づいたのは我々ではなくアルフレッド王子でした。あの方は、既に動かれております。ですがそれでも、間に合わない……と、仰っておりました」
第一王子のその予測は、確かにそうだろう。
既に、一部が流通してしまっているのだから。
今の状態は、既に導火線に火がついてしまったのと同じ。
後は、どれだけの規模で爆発するのか……それをどこまで最小限に留めることができるのかが勝負だ。
「ならば尚のこと、何故貴方も父も……ああ、そういうことですか。全て、筒抜けなのですね」
私の言葉に、サジタリア伯は頷いた。
「そうです。アイリス様のお気付きの通り……ユーリ男爵令嬢が第二王子妃として立ってしまった。更に彼女は、この国の貴族の子息を次々とタラし込んでいる。私たちが少しでも動きを見せれば、その時点で金貨に偽金貨が混じっている、と人の口に乗るようになるでしょう。その瞬間、混乱が起きてしまう」
「敵ながら、天晴れですわね」
私の言葉に、サジタリア伯は弱々しくも微笑んだ。
「貴女は、メルリス様によく似ていらっしゃいますな」
「何を急に……」
「このような事態に陥りながら、気持ちで負けていない。むしろ、益々目に灯る炎は強く激しくなっているように感じられたので」
確かに、ディヴァンを思い浮かべると私の心には熱が灯る。
熱く激しく、負けたくない……負かしたいとさえ。
まるで、激しい恋をしているかのようだ。
「それはさて置き、アイリス様のお気付きの通り、今現在この国は極めて厳しい状況です。更に問題なのが、今現在アルフレッド王子が国外にいることです」
「何ですって? 王太后様は、一体どうして……?」
「王太后様が、そうさせたのです。ここだけの話、既に王は永くない。王宮内の形勢は、未だ第二王子派が有利な状況です」
「そういうことですか。ここで第一王子が国内にいれば、それこそ最後の希望も潰えてしまう。だからこそ、王太后様は他国に第一王子を一時的に避難させた……と」
「王太后様は私に明言はされておりませんが、恐らくそういうことかと。ルイ殿が襲われた時点で、お決めになられたのが良い証拠です」
「なるほど。……民にとっては、堪ったものではないですね」
つい、吐き棄てるように言ってしまった。
王太后様のそれは、諦めだ。
確かに、既にどうしようもないところまで来てしまっているけれども。
「第一王子は当初拒絶しておられたようですが、王太后様が何かを言い付けられ、最終的には旅立たれました。……私の私見ですが、今回の件は、この国の膿を出す絶好の機会ともいえます。第一王子が王に就くには、徹底的に第二王子の派閥を叩かなければならない。一時的に王都から離れさせ、彼らを上に立たせたところで叩く。まあ、それで第一王子が最終的に負けたら元も子もないですが……ある意味、必要なことだと私は思っています。ちなみに彼がどこに向かわれたのかは、私は知りません。恐らく、知るのは王太后様とルイ殿のみでしょう」
「父が、ですか」
つまり、お父様は全容を知っていたということだ。
……私に教えてくれれば、良かったのに。
そうしたら、もっと領地の対策を練ることができただろう。
否……お父様は、私に動かれることも恐れていたのかもしれない。
私が対抗策を打ち出して凌いでしまえば、不審に思う者たちが出てくる筈。
最悪、共犯としてスケープゴートにされる可能性だとてある訳だ。
……とはいえ、それを恐れて動かないなんて選択肢は私にはない。
国がどうなろうが知ったことではないが、私の首一つで領地と領民を守れるのなら、迷うことなんてない。
「貴重なお話、ありがとうございました。サジタリア伯も、今回のシーズンが終われば領地に戻られるのですよね」
「ええ」
「一つでも、混乱する領地は少ない方が良いですわ。貴方様の手腕を伝え聞くのを、遠くのアルメリア公爵領で楽しみにしております」
「これはまた、随分と大きな宿題をいただいたものですな」
そう言ったサジタリア伯の表情は笑っていたけれども、憔悴しきっていた。




