確認
四話目です
一刻の時も、惜しい。
時計の針が時を刻むことすら、恨めしく感じる。
早く、早く。
字を書くことに、こんなに手間を感じるなんて。
「ふー……」
徹夜をしてでも書き上げようと目を休めつつ、けれども依然思考を止めることはしない。
警備隊にも話を通して警備体制の確認もさせて……と、頭の中で今後のことを考えていたら、丁度部屋にライルが入ってきた。
「ライル! 丁度良かったわ。今、貴方かディダを呼び出して貰おうと思っていたところなの」
「先ほどターニャに会って、ここに来るよう言われたのですよ」
彼の言葉に、流石ターニャと内心感心する。
「……それで、何かあったのですか?」
ライルの問いかけに、私はこれまでの経緯と今後の警備体制について考えていたことを伝えた。
ライルは特に動じることなく、私の説明を聞いていた。
「そういうことでしたら、お嬢様の仰る通り、銀行の警備を強化しなければなりませんね。また、金貨の授受や運ぶ際に警備をした方が良いでしょう。すぐに指示を出しておきます」
「それもそうね。……形が出来上がったら、報告してちょうだい。領官たちにもそれは伝えておかないと」
「畏まりました」
「……そういえば、ライル。あの後、セルトル騎士団長から正式に謝罪文が届いたわよ」
「左様ですか。……御手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした」
ライルは、そう言って苦笑いを浮かべた。
騎士団長直々の勧誘が断られることなんて、滅多にない。
騎士団は、それだけ名誉ある職なのだ。
……だからこそ、ドルッセンのような思い上がる者も出てくるのだが。
それはさておき、セルトル騎士団長の勧誘は流石にやり過ぎだった。
ライルもディダも、アルメニア公爵家の者である。
それが公然となっているというのに、本人だけでなくアンダーソン侯爵家まで通す執拗さ……それは、セルトル騎士団長が正面切ってアルメニア公爵家に喧嘩を売っていると各家は捉える。
つまり、あそこでアルメニア公爵家としても引くわけにはいかなかったという訳だ。
「気にしないで。……それにしても、本当に良かったの? もしも、貴方が望むのであれば、私は貴方の意思を最大限尊重するつもりだけど」
「何を仰るんですか。私の望みは、このままお嬢様にお仕えすることです」
「そう言ってくれるのは、ありがたいわ。だけど、貴方は元々……」
「私は、ライルです。それ以外の名など、ありません。ライルは……お嬢様の元を離れることなど、考えたこともありませんでした。それとも、お嬢様にとって私は……不要ですか?」
「まさか!」
ボルティックファミリーの事件の時にディダにも言ったけれども、本当に私は皆のことを大切に思っている。
皆に助けられて私はここまで来ることができたというのは確かだし、何より……幼い頃からずっと共にいたのだ。
「大切じゃないなんてこと、ある訳ないじゃない。私にとって貴方たちは、家族も同然……ううん、それ以上なの」
彼らが裏切ることなど、想像がつかない。あり得ない。
そう信じたいと思うことができるほど彼らと時を……想いを共有してきた。
「だからこそ、貴方たちには望む道を進んで欲しいと思うのよ」
「……『誓いは、変わらずこの胸に』。俺のそれは、東部で宣誓したものだけではありません」
ライルの言葉に、私は首を傾げた。
「幼い頃……お嬢様に拾われて間も無く、俺は勝手に自分で誓ったのですよ。俺にとって、貴女は道しるべだった。欲することしか知らなかった俺が、何かを差し出したいと思えた人物だった。貴女を守りたいと、そうなれるよう力をつけるとそう誓いました」
「ライル……」
「俺は、他に何も望みません」
「そう。……なら、良いの。貴方に迷いがないなら、それで」
ホッと息を吐きつつ、私は笑った。
「良かった。じゃあ、自分は騎士団に行きますとか言われたらどうしようと、内心は思っていたのよ?」
そう言うと、ライルもクスリと笑った。
「なら、何故聞いたんですか?」
「この先、迷いがあってはいけないと思ったの。ディダが、私に覚悟を聞いたのと同じね」
なるほど、とライルは神妙に頷く。
「けれども一番は、貴方たちを縛り付けたくないから。昔のことを恩に感じてくれているのはありがたいけれども、それで貴方たちの道を狭めるのは違うと。だから、ターニャにも言ったことがあるのよ」
「それは……。お嬢様以外の者には絶対言えないですね。命が幾つあっても、足りない」
「まあ……」
その様が想像できて、私は思わず笑った。
「ならば、ライル。これからも貴方の働きを期待しているわよ」
「勿論です」
そう言ってライルが去った後、再び私は書類に目を向ける。
財への指示は書き終えたから、次に民への指示を書いて、それが終わったら全体図をセバスに書いて……。
ライルからの報告も合わせてセバスには送って、調整するようにお願いしないと。
財の面々が、また不気味な調子で書類に向き合うのが眼に浮かぶ。
この事案が終わったら、特別休暇を与えないとかしら……。
暫くは財の面々と同じ……否、それ以上に不眠不休の状態が私も続くから、ああはならないようにだけは気をつけよう。
そう思いつつ、私は書類を猛然と書き続けた。




