露悪
二話目です
「まず、ディヴァン及びアイラー商会について調べました。彼がこの国で活動を始めたのは、ユーリ男爵令嬢の母親が亡くなる数年前からです。彼の足取りは綺麗に消されていて掴めませんでしたが、ノイヤー男爵夫人の話によると彼がユーリの元を訪ねたことが数回あるとか。恐らく、ノイヤー男爵が彼女を引き取る前……彼女が幼い頃から何らかの接触があったかと推測されます」
「……以前貴女がユーリのことを調べてくれた時に、出てきた『親族を名乗る男性』とは、ディヴァンの可能性が高いということね」
「はい、恐らく。そしてユーリ男爵令嬢の母親は、ルーベンス公爵家の……正確には、トワイル国より降嫁されたルーベンス公爵前夫人の推薦で、王宮の侍女として働いていた方です」
「お父様が私に調査を止めるように忠告したことも加味すると、トワイル国の諜報員の可能性が高いという結論だったわよね」
確認するように、私はターニャに言った。
「はい。……実は、その結論に至り、事実を掴んでいた方が他にもおりました」
「お父様を始めとする、国の上層部の方たちだけじゃないの?」
「いいえ。ノイヤー男爵夫人です」
意外な人物に、私は驚き目を見張った。
こう言ってはアレだが……たかが一男爵夫人が、国家レベルの機密を掴んだのだから。
「愛する者の心が離れていく中、その原因となった女を恨み、調べさせたのでしょう。彼女は重すぎる事実に周りへの吹聴は控え、ユーリ男爵令嬢の母親を秘密裏に排除しました。その際、彼女の母親から言質を取ったとのことでした」
「なるほど、ねえ。それにしても、ターニャ。まるで見てきたように言うのね」
事実であると言う可能性が高い結論ではあったが、前に調べた時点ではあくまで推測の域はでなかった。
それはあくまで状況証拠のみであり、確たるモノがなかったから。
それ故に、彼女の情報源が何かを知りたかった。
「ノイヤー男爵夫人の呪いのほ……いいえ、手記にありました。ノイヤー男爵家の警備は随分と緩かったので、割と簡単に見ることができました」
呪いの本と、ターニャは言いかけていたことに、内心頰が引き攣る。
『愛する者が離れていく中……』だなんて、ラブロマンスの一文のような言葉が彼女の口から出た時には、正直意外に思ったけれども……なるほど、ノイヤー男爵夫人の手記を読んだからこそなのか。
恐らく呪いの本と表現したのは、その中身がユーリ男爵令嬢の母親への見る者が苦しくなるような怨嗟と、ノイヤー男爵への愛憎が込められた内容だったのだろう。
「貴女の手にかかれば、緩くない警備などないように思えてくるわ。それにしても、そんなに重い事実を、何故手記なんかに……。無用心ね」
「お嬢様。人は、秘密を秘密にはしておけない質なのですよ」
彼女の言葉には、妙に説得力があった。
確かにその事実は、抱え込むには重過ぎる。
ノイヤー男爵夫人の当時の心境……どこかにぶつけて無くしてしまいたい、自分の中に次々と生まれ出る黒い気持ちも合わさって、恐らくその身には留めておけなかったのだ。
私自身経験があるので、その心境は想像に難くない。
「つまり、ユーリ男爵令嬢の母親がトワイル国の諜報員であったことは、確定。その彼女と旧知の仲ということは……ディヴァンもトワイル国の関係者であり、かつ、何かをするためにこの国に来たと考えるのが妥当ね」
「はい。私も、そのように思いました」
ターニャの同意に、私は重い息を吐く。
一体今日何回溜息を吐くのだろうかと考えると、頭が痛い。
ユーリは、トワイル国の諜報員の母を持つ。
ディヴァンは、ユーリの母親と同職か……異なるにしても、トワイル国にとって何らかの利を齎す為の人員。
停戦ではなく休戦した敵国に、まさか遊びに来ましただなんてことある訳ないし……おそらく、その可能性は非常に高い。
そんな彼らが未だ繋がっているとしたら……寒気しか、ない。
何せユーリは、この国の第二王子の婚約者。
そして、次々と有力な男たちを堕としていった、猛者。
否……エルリア妃も彼女に陥落していたか。
いずれにせよ、この国の上層部の情報は、トワイル国に筒抜けになっているということだ。
……溜息を吐かずには、いられない。
今まではお父様を先頭に、それを食い止める一派があったというのに……お父様が倒れた今、それはどこまで機能するのだか。
「……ディヴァンの動きは?」
「マエリア侯爵一派の貴族たちを訪ねて回っています。その他は、アイラー商会の会頭として食糧の買い付け売却を行なっています」
「……マエリア侯爵一派の中で、ディヴァンが接触した貴族たちは?」
「そのリストを、作成しておきました」
ターニャは、一枚の書類を私に手渡す。
私は、それをザッと見た。次いで、モネダから来た手紙と見比べる。
「……繋がったかもしれないわ」
弾き出した、推論。
外れて欲しいと願いながら、それでもここまで符合してしまえば無理だ。
「ターニャ、これを見てちょうだい」
ターニャほ、渡した書類を注意深く見る。
モネダの手紙に添えられていた、貴族の家の羅列。
「これは、私が渡したリストと同じ……? モネダの筆跡……。まさか、モネダにもお嬢様は調べさせていたということでしょうか?」
「ええ。貴女にお願いしたのとは、別のことを。それは、ここ最近穀物類を買い込んだ先よ。モネダは未だ、各商会と太いパイプを持っている。だから私は彼にお願いしたのだけど……流石ね。実際市場のそれを買い込んだのは注文を受けた商会だったみたいで、その注文の主まで調べたみたいよ。あと穀物地帯が領地にある貴族なんかは、商会を通しての購入はしていないけれども、税を上げて物納させているみたい。このリストはそれらの家、全てが書いてあるわ」
「つまり、穀物をディヴァンが買い漁っているということでしょうか」
「ええ。……恐らく、各貴族が溜め込んでいる備蓄を買い漁っている。それを補填するために、各貴族は市場に出るものを買いに走っているけれども……間に合う訳がない。新たに出るものは、開墾しない限り同量。それで備蓄分と消費分を全て賄うことなんて不可能だわ」
「何故ディヴァンは備蓄分を買いに走っているのでしょうか。それこそ、新たに市場に出るものを購入すれば良いではないでしょうか」
「足がつくのを恐れているのでしょうね。そんな豪勢に大量買いをしていれば、各商会・商業ギルド・国……いずれかのところで不審に思う者が出てくる筈」
「しかし……」
「新たに出るものよりも、備蓄分を購入する方がコストはかからない。備蓄分を購入するのに、少し色をつければ各貴族にも恩が売れるというものよ。……マエリア侯爵一派は名門ながらその実内情は火の車というところが多かったしね」
「……なるほど」
「けれども、一番の理由はコレよ」
私は、同封されていた金貨を一枚ターニャに渡した。
「この金貨が一体、何か……?」
「通常の金貨じゃない。モネダが調べさせたところ、金に不純物が混じっているそうよ。本当の金は、その金貨五枚で通常の金貨三枚分らしいわ。そのリスト内にあった貴族と取引を行った商会が受け取った金貨がそれだったらしいの」
「まさか……」
「商会の者なら、すぐ判明するわ。件の商会も不審に思ったけれども、まさか……と思ってそのまま受け取ってしまったらしいわ。幸い、取引額自体は大して大きくなかったみたいだけれども。話が逸れたわね。……もしも、ディヴァンが支払いに使用しているのが、この金貨であれば?」
「ディヴァンは、本来の価格よりも少ない金額で食糧品を手に入れることができる……ですか?」
「それもあるけれども、それだけじゃないわ。お金というのはね、信用の下に成り立つものよ」
貨幣の歴史は、前世で生きた世界も似たようなものだった。
物々交換から、やがて『誰もが欲しがるもの』『収集・分配ができて、誰もが納得できる値打ちの大きさを表現できるもの』『持ち運びし易く、保存ができるもの』へと形を変える。……つまり、貨幣というものを人は生み出したのだ。
やがて金を統一基準とし、金兌換券……つまり、金と交換できる証書として紙幣が発行されることになる。そこから管理通貨制度へと移行されていくのだけれども……。
この世界でも、前世の世界のように金の価値を統一基準としているところは一緒。
そのまま金を交換に利用していて、金貨・銀貨・銅貨で取引が成される。
アルメリア公爵領では、整備された銀行があるため小切手や手形も登場しているが。
それはさて置き、金貨に不純物が混じっていると全ての者が知ったら……?
『果たして、自分の持っているものが本当にその価値があるのか?』と、不審に思う。
その時点で、貨幣としての機能を失う。
例えば、誰かに自分の持っているパンを一つ売って欲しいという話を持ちかけられた時。
誰もが知っているような有名な金属店が発行している、本物と保証された金の延べ棒の引換券と交換してくれと言われたら、喜んで交換するだろう。
それが見たこともない紙を渡されて、これ一枚で金の延べ棒と交換できるから……なんて言われて、応じるだろうか? 私なら、応じない。
本当に、その紙にその価値があるか分からないからだ。
それと、同じだ。
自分の売り物と交換するそのモノが、本当にその価値があるのか分からないなら……誰だって、交換はしたくなくなるだろう。
「やってくれるじゃない……!ディヴァン」
ちらりと王都のアズータ商会で目にした姿を思い浮かべつつ、私は叫んだ。
「金の価値が下がる以上、物の価値が上がるのは必定。しかも、その物自体が少ない。……騒ぎが起きたら最後、食糧品の高騰は止められないわね」
領民の生活が私の肩に乗っかっている以上、彼の策略に負ける訳にはいかないのだけれども……何故か、負けたくないと『私自身』が滾っていた。




