お母様、お怒りのようです
「まぁ、アイリスちゃん。もう仕事をしているの?」
朝方、私が書斎で仕事をしているとひょっこりお母様が顔を出された。
「お母様、ごめんなさい。朝食のお時間でしたわね」
「良いのよ、気にしなくて。それより、アイリスちゃんの体調の方が心配だわ」
「大丈夫です。半年続けて、倒れたことはありませんし。それに、結構楽しんでいるのですよ」
「そう?それなら良いけど…」
「もし宜しければ、朝食を先に食べてください。私はもう少しかかりそうですし。今日の朝食はチョコクロワッサンを準備させていますよ」
「チョコクロワッサン?聞いたことがないわね」
「アズータ商会の新商品です。チョコレートが練りこまれたパンですよ」
「まあ、それは美味しそうね。でも、折角だからアイリスちゃんを待つわ」
「分かりました。なるべく早く終わらせるよう、頑張りますね」
ターニャが、それとなくお母様にお茶を淹れて差し上げる。できる秘書、それがターニャです。
朝方、それぞれの関係部署から上がってきた報告書に目を通す。ああ…まだ先は遠い。
道路整備は順調、学園の校舎も高等科と領都の初等科はどんどん進んでいるけれども。
「セバス、これは計算が間違っているから直させて。それから、この予算申請も却下。費用の計算が甘いわ。もう少し、切り詰められるところは切り詰めさせて。この予算でいくのなら、工部に納得できるエビデンスを一緒につけさせてから持ってきてちょうだいと伝えて。あ、工部と言えば例の件、どうなっているのかしら?」
「ええ。道路整備と共に、各所に役場を作る準備は順調に進んでおります。資材運搬が同時にできますので、時間とコストカットにつながっているかと…」
「その状況を知りたいから、是非私に報告書を提出させて。それから、戸籍作成は最優先事項だと民部に伝えて。せめて領都の分は、道路整備が終わる前にしてしまいたいの。これは今後、最も重要な資料よ。他の仕事を進めるのなら、先に戸籍作成を進めさせてちょうだい」
「畏まりました」
先に見ておく資料は、これで終わりかしら?後はじっくり検討したり、話し合ったりするものの資料で……うわ、山がまだ2つあるわ。
そんなことを考えながら書類を仕分けをしていたら、部屋にノック音が響く。
「入ってちょうだい」
「失礼いたします」
入ってきたのは、商会を担当しているセイだ。
「奥様、アイリス様、おはようございます。…アズータ商会の朝の報告書をお持ちしましたが…」
「目を通すから、ください」
机に置かれた書類は、山1つ。少ないと思うか多いと思うか、判断に迷うところ。それをパラパラとめくって目を通す。大事そうなところには自作の付箋もどきを貼り付け、とりあえず先に進める。一通り目を通し終えたら、付箋のところに戻る。…速読できて本当に良かった。
「……各ライン、概ね好調ね。この美容製品ラインの新商品なのだけれども、サンプルを後で持ってきてちょうだい。中だけじゃなくて、容器の方もね。それから、原料に試してみたいのが幾つかあるのよ…後で開発者のところに行くと伝えておいて」
「試したいもの、ですか?先にお伝えいただければ、物をご準備致しますが」
「そう?なら…このメモに書いてあるのを、午後までに持ってきて。それからついでに、各店舗の帳簿を確認したいから持ってきてちょうだい。後で見るわ」
「畏まりました」
…と、朝の打ち合わせはこんなところで良いか。
「お母様、お待たせ致しました」
「良いのよ。それにしても、このハーブティーというのは、本当に美味しいわね」
ニコニコお母様は微笑まれている。かなりお待たせしてしまったのに、お母様は本当にお優しい。
「気に入ってくださったのなら良かったです。現在アズータ商会の喫茶店ラインでも、好評の一品なんですよ」
「そうなのね。是非、家でも飲めるようにしたいわね」
「そうなんですが…今はまだ、喫茶店でしかお出しできていない状態なんです」
この世界は紅茶が主流で、試験的に喫茶店で出してみたら、これが大当たり。茶葉を購入したいという声をいただいているのだが、まだ生産が追いついていないのが現状だ。…これについても、対策しなければ。午後の打ち合わせで、ついでに喫茶店ラインにも顔を出そう。
「そうなの。是非購入できるようになったら、教えてちょうだい。今度のお茶会で出してみるわ」
「その時は宜しくお願いします」
流石は宣伝部長。最早頼まなくても、仕事をしてくださってる。
それから、お母様と朝食を食べてゆっくりとお茶タイム。こんな穏やかな時を過ごすのも久しぶりかもしれない。
「……そういえば、向こうの家の様子はどうですか?」
「ん?今まで通りなーんにも変わらないわよー。相変わらず馬鹿息子は、長期休暇でも帰って来ないし。大方、第二王子とあの女の取り巻きをしてるんでしょうね」
お母様の声が、後半冷ややかなものになった。美人なお母様がそんな声を出されると、迫力満点。
「お、お母様……」
「アイリスに言っておきますけれども、今回の件で私は勿論貴方の味方だわ。ベルンに対しても…私、怒っているの」
く、口調が変わってるー!!完全に外仕様だ。冷ややかな口調と笑みは、私の背筋をぶるりと震わせた。
「……正直、実の息子でなければ、さっさと潰していたわね」
口元には笑みを浮かべているけれども、お母様、だから怖いですって。
「……そ、そういえばお母様。王都とか城内の様子はどうなんですか?」
私が話題を転換させると、ふうーと溜息を吐いて再びお母様の纏う雰囲気がふんわりとなった。
それにホッと私は詰めていた息を吐く。べ、別にお母様の雰囲気が恐ろしくて話題を転換させたんじゃないのよ?気になっていたことだもの。
…勿論両陣営のことは、私もある程度は把握している。けれどもお母様が持っている情報量って凄いし。
因みに私が把握しているのは、現在、第一王子の陣営と第二王子の陣営は膠着状態。そりゃ、そうよね。現王は健在だし、あまり大きな手を打つのは得策ではない。
肝心の当人達はといえば……第一王子は、一応留学中とはなっているが、甚だ怪しい。どこに行っているのか、とか公表されていないんだもの。表舞台に出てきてないから、一切その消息は私には分からない。
第二王子は学生として相変わらずの生活を送っているらしいけれど、学園生活までは調べてないから分からない。




