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ターニャの冒険 弐

……その前に、済まさなければならない用事が、一つあった。


本来は、私にとってお嬢様のご指示は最優先事項。

けれどもこの用事に限っては、お嬢様は知らない。

まさか、想像すらしていらっしゃらないだろう。


今私が向かっているのがダングレー侯爵家の屋敷であり、お嬢様の親友であるミモザ様から招待されているということは。


少し早めに私は歩く。

マイロとの一幕があったため、かなり早めに出たというのにギリギリの時間だった。


辿り着いたダングレー侯爵家の屋敷は、アルメリア公爵家のそれとはまた違った趣の屋敷だ。

私案内されるままに進み、ミモザ様個人の応接室に到着した。


「お待たせいたしまして、申し訳ございません」


「いいえ。私の方こそ、突然呼び出してしまって申し訳なかったわ。そちらにかけて」


「いえ、私如きが……」


「呼んだのは、私だから。それに、その方が話し易いもの。お願いだから、そこに座ってちょうだい」


一旦断ったものの、これ以上は逆に失礼に当たるかと私は椅子に腰かけた。


「……何故、私をお呼びになったのでしょうか?」


「貴女が、アイリスの信頼を得ている方だから」


ミモザ様の言葉に、内心首を傾げる。


「学園でも、よく話は聞いていたのよ。貴女やディダ、ライル、それからその他の方々……彼女と共に育ったことも、その優秀さも、彼女がどれだけ貴女たちを信頼しているかというのがよく分かるような話を。でも、私が直接会った中で女性というのは、貴女だけでしょう?……婚姻前の私が、使用人が同席しているとはいえ、男性の方を呼び出してまで会うというのは憚られるし……だから、貴女をお呼びしたの」


ミモザ様は、言葉を選ぶようにして話していた。


「貴女に……ううん、貴女たちにお願いがあるの」


そう切り出した彼女の表情は、真剣そのものだ。


「私のことで、あの子が何か働きかけようとしたら……それを、止めて欲しいの」


「何故、でしょうか? 大変恐縮ながら率直に申し上げますと……貴女は、アルメリア公爵家の力が必要なのではないでしょうか」


彼女に対して言葉の駆け引きはいらないとばかりに、直接的な言葉で問う。


それは、彼女の真意が知りたかったからだ。


既に、お嬢様に命じられたミモザ様の婚姻に関する動きについては調べがついていた。

この婚姻が、ミモザ様の望まぬそれだということを。


ミモザ様がお嬢様に手紙で伝えた、結婚を望む相手というのは別にいたのだ。

けれども婚約を結ぶ前に、エルリア妃に妨害された。


既に婚約をしていれば話はまだ何とかなったかもしれないが、婚約をする前に話を持って来られてしまえば、確たる理由がないため断りづらい。

しかも、ミモザ様の意中の相手は、騎士としてそれなりの実力者として評判であるものの、それほど身分の高い相手ではなかった。

ダングレー侯爵家としても、相手の家としても、エルリア妃……ひいては、今飛ぶ鳥落とす勢いのマエリア侯爵家に逆らうことなどできるはずもなく。


泣く泣く、ミモザ様はエルリア妃の勧めの男と婚約を結んだのだ。

お嬢様がその事実を知れば、動き出すことも想像に難くない。

だからこそ、知っておきたかった。


「……そう。やっぱり、アルメリア公爵家は既にその情報を掴んでいたのね」


ミモザ様は、悲しそうに笑った。


「ならば、尚更にお願いするわ。あの子は優しくて、責任感が強いから……もしかしたら、何とかしようとするかもしれない。でもそうすれば、あの子はただでさえ難しい立場だというのに、更に目をつけられてしまう。だから、絶対に関わらないで欲しいの」


「お嬢様のことを、良くご存知でいらっしゃるのですね」


「友達だから。酷いことを言ってしまったけれども、私にとってあの子は本当に大切な存在なの。だからこそ、あの子の道を邪魔するようなことだけはしたくない」


ミモザ様の言葉の端々に、決意が滲み出ていた。

アズータ商会の喫茶店で菓子に目を輝かせていたミモザ様と、同一人物とは思えないほど。


「元々覚悟はしていたしね。貴族である以上、政略結婚することは。それが現実になっただけだから。だから、ターニャさん。あの子が動こうとしたら、それとなく止めて欲しいの」


「……私は、使用人です。それなのに、あの方をお止めすることができると思いますか?」


「あの子が信頼している貴女たちだから、できると思ったの」


使用人が主人を諌めるなど、普通はない。

けれども、それでもミモザ様は確信しているのかもしれない。

お嬢様と共に育った我々の話なら、簡単に切り捨てることはないだろうと。


「それに……どちらがあの子にとって利があるかと言えば、動かないことでしょう。あの子のことを大切に思う貴女たちならば、きっと止めてくれるとも」


良い目をしているな、と私は不遜ながら思った。


事実……私をはじめとする面々は、お嬢様とその他で全てを判断する。


お嬢様の為となるのならば、どんな困難なことでも応じるし、逆にそうでないのならば、簡単に切り捨ててしまえる。


ミモザ様のこの件に関しても、彼女たちは正直どうでも良いことだと思っていた。主人の為にならないのならば、むしろミモザ様の言う通り関わって欲しくないとすら。


……けれども。


「……お言葉ですが、ミモザ様。大切な友人だと思っているのは、貴女様だけではございません。お嬢様は、方々に貴女様の婚約の事実を知りたいと働きかけていました。そして、何とかしたいとも。私たちは、確かにお嬢様のためにならないことは、全力でお止めしましょう。けれども、最後に決めるのはお嬢様です。お嬢様が真実求められることには、全力でお応えするのが私どもです。ですから、決してお約束はできません」


「そう……。思っていた以上だったのね。貴女たちの絆は」


私の言葉に、ミモザ様は複雑そうな表情を浮かべた。



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