悔恨
二話目です
無事と言って良いか分からないが、舞踏会も終わった。
私は馬車に揺られて屋敷に戻る。
隣では、ベルンが外の景色を眺めていた。
「お姉様、体調はいかがですか?」
ふと、私の視線に気づいたのか彼が私に問いかける。
「……今になってまた少し目眩がするわ。きっと気が緩んだのね。屋敷に戻ったら、すぐに休むわ」
「その方が宜しいでしょう」
ベルンの気遣うような眼差しと言葉から逃げるように、視線を逸らす。
再び、馬車の中を沈黙が覆った。カタカタと、馬車が動く音が耳に入ってくるほど。
「……ねえ、ベルン」
その沈黙を破ったのは、私だった。
「何故、貴女はユーリに恋をしたの?」
私の問いかけに、ベルンは驚いたように目を瞬いた。
「……夢を、見ていたのです」
けれどもすぐに立て直すと、苦笑を浮かべてそう言った。
「夢、ね」
「はい。飛び切り甘いそれに捕まって、後はズルズルと溺れました」
「そう……」
夢、か。……彼女という存在を表すのに、言い得て妙なのかもしれない。
「夢は、いつか覚めるものなのかしら?」
「覚めなければならない、と自分が思ったその時に」
ダンが、そう望む時が来るのだろうか。……それは、誰にも分からない。
でも、その時が来ることを願うことしか私にはできない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか屋敷に到着した。
挨拶もそこそこ、私は部屋に戻るとすぐに横になる。
俯き、身体の震えを抑えるようにギュッとシーツにしがみついた。
心を占めるのは、純粋な怒り。
……私は、あまりにも無力だった。
私が王都を離れている間に、ますますユーリは力をつけていた。
本心からかどうかは分からないが、彼女を男爵令嬢と侮る者がいなくなるぐらいに。
他者を魅せ、己の味方を築き上げていた。
その結果が、これだ。……私は、大切な友人を助けることができなかった。
できたことといえば、馬鹿正直に友人に訴えかけ、彼女を惑わすことだけ。
悔しかった。惨めだった。
怒りのままに拳を上げ、枕に叩きつける。
ボフン、と間の抜けた音が響いた。
何度も、それを繰り返す。感情の捌け口を、求めるように。
悔しかった。苦しかった。
横になりつつも、激しいそれらの感情に翻弄されて全く眠気がこなかった。
……どんなに嫌なことがあっても、必ず朝日は昇って夜が明ける。
結局眠れぬまま、私は朝をむかえた。
溜息を吐きつつ、着替える。
ご飯を食べると、さっさと執務机に向かい仕事に打ち込み始めた。
至急の要件や報告書、それに付随する決裁等やることは様々だ。
特に王都に滞在中、仕事をできる時間は限られているので集中するより他ない。
それなのに、寝不足故か私の頭は働いてくれない。
……否。昨日の気持ちを引きずっているのだろう。
「……失礼致します」
ノック音と共に、ターニャが入室した。
「ターニャ。頼みたいことがあるのだけど……」
散々悩んだ。……ターニャにミモザの件を調べさせるかどうかを。
あまりユーリの件には踏み込むなとお父様には忠告されていたし、ミモザ自身それを望んでいない。
けれども、知らないままでいれば私が後悔する。
何かあった時に、悔やむのはもう十分だ。
知って、それからのことはまた考えれば良い。
……そう、結論付けた。
これは私のエゴだ。そのエゴに、私はターニャを巻き込む。
ユーリを調べるターニャに、危険が及ぶかもしれないというのに。
そのリスクについても、ターニャに重々説明する。
けれども彼女は私の願いに微笑み、ただ一言『承りました』と告げたのだった。




