仮面
トボトボと、会場への道を戻る。
随分時間が経ってしまい、もしかしたらベルンとルディは私を探しているかもしれない。
内心溜息を吐きつつ、重い足を前に前にと動かしていたら、ふと見覚えのある姿が視界に入った。
「あら、アイリス様」
それは、今一番見たくない人物の姿だった。
ユーリは無邪気という言葉がピッタリのような、曇りのない笑顔を浮かべている。
「ユーリ様……こんなところにいらっしゃって、どうされたのですか? 殿下が探していると思いますが」
「私もそう思うけど。……ただ、少し貴女に用事があって」
一体何なんだ、と思わず眉間に力が入ってしまう。
彼女は軽い足取りで近づいたかと思えば、私の耳元にそっと唇を寄せた。
「見ましたねぇ?」
何を……とは、思わない。
けれども、驚きで彼女から体を離すように後ずさった。
「まあ、別に良いですけどぉ。貴女の言うことなんて、私の周りにいる人たちは誰も信じませんから」
クスクスと笑う彼女。
その姿を見て、ゾワリ、まるで蛇が身体を這っているかのような寒気が私を襲う。
彼女の言葉は、尤もだ。
……もしも私がそれで騒ぎ立てたところで、確かな証拠がない今、彼女を貶めるために妄言を吐いているのだろうと逆に攻撃されるに違いない。
「言ったでしょう? 貴女が王都にいなくて寂しい思いをしている方がいらっしゃるって。だから、私は王妃様にお願いしたのよ。貴女のお友達が寂しくないようにって」
ギリっと唇を噛む。
そうでなければ、この身に湧き上がる黒い感情のままに、叫び出しそうだったから。
「もう少し、自身の周りを見た方が良いと思いますよ?」
そう言い残して、さっさと去って行った。
私は、震える拳を握りしめてその場に立ち尽くす。
……どれぐらい、そうしていたのだろうか。
「お姉様、どうされましたか?」
「酷い顔色だ。具合が悪いのか?」
ベルンとルディが、この場に縫い止められていた私を見つけ出していた。
彼らの姿を見て、ジワリ涙が溢れ出しそうになる。
……そんな己を、自分で叱咤した。
泣くな。泣いてどうする……と。
「何でもないわ。ごめんなさいね、少し立ち眩みがしてしまって」
「もう少し休んだ方が宜しいのでは?」
「いいえ。もう、大丈夫だから。早く戻りましょう」
尚も心配していそうな彼らを促すように、私は歩き始めた。
笑え、と私が私に言う。
沈んだ表情など、言語道断。どんな悲しいことが、どんなに心を揺さぶられるようなことがあろうとも、私は笑顔の仮面の下にそれを隠さなければならない。
……私は、アルメリア公爵家の名代を、父より預かっているのだから。
見極めなければならない。この場で、貴族たちの勢力図を。そしてその力関係を。
魅せろ、と私が私に言う。
余すことなく神経を使い、存在感を、己の価値を高めなければならない。
私は、夫人の役目を母より預かっているのだから。
場を支配しなければならない。人が群がることで、数多の事柄を聞き出し、また我が家にとっての都合の良いことを流布させる。
アルメリア公爵家の力を、その存在を見せつけるために。そうしてこの魔窟で、生き残るために。