再会
私は、はしたないと見えない程度に早歩きをしてそちらに向かった。
「ミモザ様、ご無沙汰しておりますわ」
「……。ご無沙汰しております、アイリス様」
親しき仲にも礼儀あり。
……この場が公式行事なだけに、私もミモザも当然普段とは違う話し方だ。
「初めまして、アイリス様」
横からずいと、いきまり男が割り込んできた。
癖毛のせいか、くるんと巻いているかのような黒髪に、細長い瞳、そして泣き黒子が特徴的な男だった。
不躾なその行動に、一瞬眉間に皺を寄せそうになったけれども、それを押し留めて代わりに笑みを浮かべる。
男が私に声を掛けた瞬間、ミモザの顔からごっそりと表情が抜け落ちていた。
……それどころか、瞳から色が失われたようにすら。
それを横目で見て、私の胸に不安が過ぎった。
……ミモザのそんな表情なんて見たことがなかったから。
「初めまして。……大変申し訳ございませんが、貴方は……?」
「おや、ミモザから聞いていませんでしたか? 私は、ダン・ルベリア。由緒正しきルベリア伯爵家の嫡男にしてミモザの婚約者ですよ」
芝居掛かった身振りを交えつつ、彼はそう言った。
ここは公式の場なのだから、身分の上の者が話しかけるまで話してはならない……つまり伯爵家の彼が私に突然話に横槍を入れるなんて……だとか、この場にいる方々は皆由緒正しい家だと思うけど……だとか、彼の自己紹介にはツッコミを入れたいことがたくさんあった。
けれどもそれらの言葉は、彼の最後の一言に全て吹っ飛んだ。
……ミモザの、婚約者? 彼が?! その一言に尽きる。
人の婚約者に対してああだこうだ言いたくないし、そもそも思いたくないんだけど、正直、第一印象はあまり良くなかった。
「あ……貴方様がそうでしたの。既にご存知のようですが、私の名前はアイリス・ラーナ・アルメリアと申します。ミモザ様とは学園時代にご一緒させていただいておりました。以後、宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
「アイリス様。大変申し訳ございませんが、私共は挨拶に回らなければならないので、この辺で……」
何か言おうとしたのか口を開き掛けたダンの言葉を遮るように、先にミモザが言葉を発した。
「え、ええ……そうですわね。お引き止めしてしまって申し訳ございませんでしたわ」
私がそう言うとすぐに背を向けて彼女は歩き出す。
ダンは一瞬苦笑いを浮かべて肩をすくめていたけれども、すぐに彼女の隣に並んで歩いて行った。
確かに婚約をしてから初めての公式行事ならば、特に、二人で方々に挨拶をして回るのが通常だけど……彼女がそう言い出したのが、妙に唐突だったような気がする。
まるで、私と話をさせたくないかのように。
そこまで考えて、私は内心苦笑を漏らした。
それも当たり前か……と。
思えば、彼女と彼は婚約をしたてなのだ。だというのに、いくら私がミモザの友人だからといって、彼と話し込むというのはいかがなものだろうか。
対外的にも心証はあまり良くないだろうし、何よりミモザの心情的に宜しくないだろう。
そう考えると、今日の彼女の様子がおかしかったのも納得できる。
婚約者を伴っての公式行事では、それは緊張するだろうから。
もはや私にとって最大の黒歴史だけれども、私がエド様の婚約者だった時に、初めての社交界はそれはもう緊張したし、他の女性と談笑している時には心穏やかではなかった。
ミモザとは、今度ゆっくり二人で会った時に話そう……そう結論づけて、私はホール奥を見つめた。
ミモザのあれこれを考えている時に、流れていた楽曲が一回止まり、王族の方々が奥から現れた。




