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使用人室の一幕

「ディダ、もっとちゃんとしろ」


ライルのお小言が隣から聞こえてきたけれども、生憎答える気力が湧かない。


結局、奥様に一度も勝てなかった。むしろ、戦うたびに奥様が一段と強くなっていった気がする。

師匠と戦っていた時以上の、緊張感。

おかげで、得るものもたくさんあったけれども。


奥様って、こんな強かったんだと初めて知った。

いや、強いのは知っていたけれどもさ。

いつも強さの底が見えなくて、けれどもいずれは抜かしてやると……それができると安易に思っていた。


けれども今日戦ってみて、そんな考えは幻想だと思い知らされた。

鳥肌が立った。

心底楽しそうに笑いながら、それでも瞳は冷静を保って。

研ぎ澄まされる、剣筋。


師匠以上に大きな壁が、立ち塞がったような気がした。

だからと言って、諦める気はサラサラないが。


奥様の相手をしたせいで、今日は身体がボロボロだ。久しぶりにこんなに疲れた気がする。

隣にいるライルもそうだろうが、何とか気力で待たせているのだろう。


「なあ、ライル」


「……なんだ?」


「これから、俺と相手する時間を増やしてくれ」


……最後の方、なんとか奥様と引き分けに持ち込めた。

けれどもそれは俺とライルと交代で連戦戦った上での結果だ。

まだまだ、俺は弱い。

雇われてるもんが、守るべき雇い主の家族より弱いとかプライドが許さねえ。


「奇遇だな。俺も同じことを言おうと思っていた」


「そーかよ。……勝つぞ、ライル」


「ああ、勿論」


家に到着すると、二人はホッと息を吐いた。


「そーいやさ、なんであの女があんなところにいたんだろうな」


ふと思い出したのは、王宮を出るときに会った女。


「さあな。……にしても、アイリス様の護衛である我々をよくぞ勧誘できるものだ」


いつもの調子で会話が進む。


特に申し合わせていた訳ではなかったが、屋敷に到着した後、自然と使用人専用の休憩室に足が向いていた。


「どっちが茶を淹れるか勝負しようぜ」


「この前は、俺が淹れたが?」


「この前は、この前だろ!」


「そもそも勝負と言っても、もう休憩室の前だろう」


「剣以外で何かすれば良いじゃん」


軽口を叩き合いつつ、休憩室の扉を開けた。


「あら……もう戻ったの」


そこにはお茶を飲んで休憩を取っていた、ターニャの姿があった。


「よ!ターニャ。ちょうど良かった。茶を淹れてくれ」


「ハーブティーで良ければ、そのポッドに余りがあるから自分で淹れてちょうだい」


「えー……」


ぶつくさ言ったら、ターニャに睨まれた。

……こいつの睨みには、なんか逆らえないんだよな。

俺は大人しく自分で淹れ始めた。

……とは言っても、ただポッドからカップに淹れるだけだが。

ついでにと、ライルの分も淹れる。

ライルは礼を言って受け取ると、そのまま椅子に腰掛けた。


「どうだった?王宮は」


「時間の無駄だった」


「まあ、そうでしょうね。どうせまた、勧誘をされたんでしょう?」


「ああ」


「騎士団も、懲りないわね……」


「まあ、今回は新しい騎士団長だったんだけどな」


ライルとターニャの会話に、俺も入った。

台所に寄っかかって、お茶を楽しみつつ。


「新しい騎士団長って、セルトル・メレーゼ伯爵?」


「知っているのか?」


「一応、調べたから。彼、籍だけ騎士団にあったというような男だから、新しい騎士団長を調べるのに完全にノーマークだったのよね」


「籍だけ騎士団って……そんな奴がどうして騎士団長に?」


俺の呆れが含んだ言葉に、彼女は苦笑しつつ口を開く。


「エルリア妃の横槍。騎士団内では反対派も随分いるみたいよ。まあ……だからこそ、貴方たちの勧誘を成功させたという手っ取り早い実績が欲しかったのでしょうね」


彼女の言葉に、ライルは苦虫を潰したかのような表情だった。


「まあ、もういい。……そんなことより、ユーリ男爵令嬢に会ったぞ」


「は?」


ライルの言葉に、珍しくターニャは呆気にとられていた。


「あの女も、俺たちを勧誘してきたんだよ。全く、何を考えているんだか……」


「本当ね……」


ターニャは、肺から絞り出すように長く息を吐く。

そして、立ち上がった。


「彼女との接触については、私がお嬢様にそれとなく伝えておくわ」


「頼んだ」


「よろしくな」


異口同音の俺たちの依頼に、ターニャは了承しつつ部屋を出て行った。


残った俺たちも、それぞれお茶を飲み終わり次第部屋を去って行った。


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