勧誘
二話目
「なーんで、騎士団長が変わるからって俺たち呼ばれてるんだろうなぁ」
そう愚痴る俺の足取りは、当然重い。
いつもはそんな俺の態度を諌めるライルは、顔を顰めたまま無言だった。
その足取りは、俺と同じぐらい重い。
それもそうだろう。
旦那様が襲われたという今は、特にアイリスの元を少しでも離れていたくないというのが俺たちの共通の想いだ。
だからこそ、断った。それこそ、何度も。
だというのに、新しい騎士団長は全くめげなかった。
終いには、師匠の元まで二人を連れてくるようにと要求しに訪れたのだ。
師匠と師匠の息子……現在アンダーソン侯爵は俺たちの気持ちを慮って決してそのことを告げはしなかったが、それを手紙を持って来た騎士団の者から聞いた時には、俺たちは珍しく揃って激怒した。
『師匠に迷惑はかけられないし、いい加減鬱陶しい』ということで、さっさと用件を済ませてしまおうと王宮に来ている……というのが、今回王宮に来たいきさつだ。
「アルメニア公爵家預かりライル、ただ今参上しました」
「同じくアルメニア公爵家預かりディダ、ただ今参上しました」
最低限の礼を取って、騎士団用に宛てられた部屋へと入室する。
その態度に眉を顰める奴も少しいるけれども、殆どの騎士達は俺らに対して同情的な視線を向けている。
それだけ、俺たちへの呼び出しは常軌を逸すほどのしつこさだったということだ。
「おお、ライル殿!ディダ殿!よく来てくれた!」
新しい騎士団長は、機嫌良く俺たちを迎え入れる。
「そこに掛けてくれ」
そのまま団長の指し示した席に腰掛けた。
「私は、新しく騎士団団長を任命されたセルトル・メレーゼと言う。二人の噂は予々聞いているよ。よろしく頼む」
にこやかに笑うセルトルという奴に対し、多分、俺たちは無表情のままだった。
「……それで、用件は?」
機嫌の悪さそのままに、まるで地を這うような低い声でライルが問いかける。
……正直、俺でも少し怖いほど。
ここまで感情を露わにするのは珍しい……と、横にいた俺は少し驚いた。
「何もそんなに性急に問わずとも……。もう少し、ゆっくり語り合おうじゃないか」
戸惑いつつも笑みを崩さないそいつに、俺たちの雰囲気はますます剣呑となった。
そりゃそうだろう。
呼びつけておいて、言うに事欠いてゆっくり話そうだ?
そんな暇があったら、お嬢様の警護をやってるぞ。
俺たちがあまりにも剣呑な雰囲気を出していたせいか、この時点で、俺たちをよく知る騎士の面々は恐れつつ後退っている。
「こちらは、何度もここに来る時間はないと伝えた筈です。それにも関わらず再三こちらの事情を考慮することなく押しかけさせて……挙句の果てに、『ゆっくり語り合おう』ですか。そんなことの為に、かの英雄……ガゼル将軍にまでご迷惑をお掛けしたと?」
ライルの怒りは最高潮となっていた。最早、目線だけで人を射殺せそうな程の凄みを持っている。
これには流石に、セルトルも気圧された。
「……それで、用件は?」
このままでは場が硬直して進まないだろうと、俺が口を挟む。
「あ……いや、先代の騎士団長から話はよく聞いていてね。君たちには、是非とも騎士団の一員として働いて貰いたいと……」
「……それは断ると、以前から伝えていました筈ですが?」
先ほどまでもこれ以上ないほどに冷たい空気を発していたのに、更に部屋の気温が一度二度下がったように感じる。
怖くて、ライルの方に顔を向けられない。
「あ、君たちの待遇を……」
「待遇なんて関係ありません。私の主は、ただ一人。何を仰られてもその考えは変わりませんので」
キッパリと宣言したその言葉に、けれども異論はない。
「同じく」
気がつけば、そう同意していた。
にべもなく断られ、セルトルは呆然としていたが。
「これ以上は互いに時間の無駄になりますので、これで失礼します。それから、今回の件については主と将軍より正式に抗議させていただきました。既に王太后様より変わらずにアルメニア公爵家にて護衛を務めて良いとの承諾もいただいております。以後、あのような勧誘も行わないようにさせるとも」
去り際のライルの言葉に、セルトルは肩を落としていた。ついつい、ヒューとライルの後ろで口笛を吹いた。
多分、ライルは気づいていただろう。
行きとは違い、帰りの歩調は速い。
互いに無言ながら、少しだけ先ほどよりも雰囲気は柔らかくなっていた。
「あ……! ライルさんとディダさんじゃないですかぁ!」
けれども、そう呼び止められた声に俺たちの機嫌はまたもや急直下する。
気持ちを押し殺しつつ、臣下の礼を取った。
「顔を上げてください」
そこにいたのは、エドワード第二王子の婚約者であるユーリ男爵令嬢。
「いえ……第二王子の婚約者である貴女に、そのような無礼な真似は……」
何でこんなところにこの女がいるんだ!と、俺は心の中で叫ぶ。
多分、ライルもだろう。
「何故お二人がここに? あ! まさか、お二人とも騎士になられるのですかぁ?」
ユーリの声は弾んでいた。
その声色に、かなり苛つきを感じた。
「いえ……私どもには、畏れ多いことです」
ライルの声色も、さっきの騎士団長と話していた時と同じぐらいかそれ以上に低い。
「そんなことないですよぉ! お二人はとっても強いんだって、色んな方から聞いていますもの」
けれども、彼女は機嫌良さそうにそう返してきた。
正直、その声色と機嫌の高さにさらなる苛立ちが募る。
「今、国内の治安は悪化の一途を辿っています。だからこそ、私はお二人のお力をお借りしたい。二人に守っていただければ、私はこの国の為に頑張れます!」
そんな俺たちに、ユーリ男爵令嬢は尚言葉を続けた。
さっさとその口を閉じろ!と思うが、流石に王城内でそんなことできない。
「……申し訳ございませんが、私共の主は唯一人」
ライルは、そう言って、頭を下げる。
そうだ、そうだ!もっと言ってやれ!と思ったが、ライルはそれ以上会話を重ねることを拒否するように俺を見ていた。
「自分ではなく自分の大切な民を護って欲しいと願うあの方だからこそ、私たちは守りたいのです。あの方が折れぬようにと、支えていきたいのです」
ライルの言葉を引き継ぐように、俺も言葉を発する。
「それでは、これにて失礼致します」
俺たちは一礼すると、そのままさっさと彼女から離れて行った。
足早に王宮の敷地内から出ると、そのまますぐにアンダーソン侯爵家に向かう。
示し合わせた訳ではないが、今回の件のお詫びを師匠にしようかと。
それと合わせて、自身の身体を更に鍛えようかと。
姫様を守るために、力を付けたいと。
アンダーソン侯爵家は、王城から割と近い。
歩いても、そんなに時間がかからなかった。
顔パスで門をくぐり抜けると、そのまま闘技場にむかう。
王宮にいない時は、基本、師匠はそこにいるからだ。
……そう、思ったのに。
闘技場に師匠の姿は見えなかった。
「……あら、ライル。ディダ。貴方たち、今日はアンダーソン侯爵家に来たのね」
代わりに、皆の中心にいたのは奥様……アルメニア公爵夫人だった。
奥様の姿を見て、背筋が凍る。
……ヤバイ時に来たのか、と。
けれども、後悔先に立たず。
奥様に見つかってしまったのだから仕方がないと、俺たちは闘技場の中心に向かって行った。




