遭遇
王太后との謁見後、早々に宮を出た。
宮から馬車が停まっている場所までの道のりを歩いている途中、ふと庭園に目がいく。
……美しいな、と。
父上の仕事の補佐で普段は慌ただしくしているが、時折こうした庭園で空き時間に休息を取るようにしていた。
それは姉上の勧めだった。
曰く、緑を見ることで心が安らぐ他、遠くを見ることで目が休まるのだとか。
本当かどうかは知らないが、それでも姉上がそうしていると本当の事に思えて、心がけるようになっていた。
美しく整えられた庭園を眺めていると、ふと、遠くに一人の女性が座っているのが目につく。
「……あの、気分が悪いのでしょうか」
地面に直に座り込む姿に、体調が悪いのかと心配になって近づき声をかける。
「キャ! ……すいません」
気づいていなかったのだろう……彼女は声をかけられたことに驚き、小さな叫び声と共にピクリと反応をした。
サラリと、金髪の美しい髪が揺れる。
「少し考え事をしておりまして……」
恐縮する彼女は、薄緑色の瞳をそっと伏せた。
「こちらこそ、考え事をしている最中に声を掛けてしまって申し訳ありません。てっきり具合が悪いのかと思いまして……」
「いえ……私の方こそ、紛らわしい真似を……。考えに詰まった時、こうして庭を眺めていると心が落ち着くような気がするので、つい……」
「ああ……」
姉上を思い出して、つい笑う。
対して、その女性は居心地の悪そうな様子だった。
はしたない真似をしたと思っているのか、自身が笑われていると感じているのだろう。
「失礼。私の姉も同じことを言っていまして、それを思い出して、つい……。心が落ち着いて、だからこそ新たな視点で物事を考えることができるのだとか。私も姉に勧められて、時間が空いた時にはなるべくそうするようにしています」
「そうなんです……!一度考えに詰まると、迷宮に入ったようにぐるぐると同じことを考えてしまったり、あれこれと余計なことを考え始めてしまってり。でも大抵、心を落ち着かせて考えてみると、単純な話だったりするんですよね」
急に勢いよく言われて、ついついそれに呑まれて後ずさる。
彼女が「あ……」と呟きつつや恥じらいていて、それが微笑ましくてついまたもや笑ってしまった。
「そうですね。休憩を取らないよりも、少しの時間だけでも取ってしまった方が、かえって効率が良い時もあるのだな、と実感致しました」
「そうですよね。あの、申し遅れましたが、私はレティと申します。失礼ですが、貴方は……」
「私の名前はベルンと申します。以後、お見知り置きを」
「……。こちらこそ」
そう言ったレティは柔らかな微笑みを浮かべていた。
「ベルン様は、お姉様とよくお話をされるのですか?」
「何故ですか?」
「興味本位です。私にも兄がおりますので。他所の家の姉弟仲はどうなのかな……と」
「私たちは、あまり参考にならないと思いますよ。学園に入る少し前から、私は姉とあまり話さなくなりまして。……挙げ句の果てに、姉には一生残る深い傷を負わせましたから」
「……後悔していらっしゃるのですか?」
「後悔している、と軽々しく言うことはできません。過去のことを悔やむだけでは、償うことはできませんから。反省し、同じ轍を踏まないようにするしかありません。……いつか、姉が助けを必要としている時に助けることができるよう成長したい、とも思っていますが……」
姉が凄すぎて、助けることができるほど成長できるのかが心配です……と、呟きつつ苦笑いを浮かべる。
「まあ……」
「私ばかり話してしまいましたが……レティ様の方はどうなのですか? 兄妹仲は」
「とても良いですよ。ただ……そうですね。貴方様と同じかもしれません」
「それは、どういう意味で……」
「いつも守られてばかりで、私は心苦しい。だからこそ、兄の助けをしたいというのに……兄は私の助けなんて必要ないと思ってしまうほど、一人で何でもできてしまいますから」
「なるほど……」
「男に産まれたかった……そうすれば、兄と肩を並べて歩くことができたというのに」
そう呟いて、レティは俯く。
まるで自身の存在を確かめるように、自らを抱きしめながら。
その姿と想いの詰まったその言葉は、聞いている私まで哀しみを感じるほどだった。
「……今まで私は女性が男性と同じように働くことに懐疑的でした。いえ、疑問にすら思っていなかったのかもしれません。私の職場は男性しかいないからというのもあるかもしれませんが」
ふわり、風が吹いた。
庭園に咲く花々の花弁が、風に乗って空を舞う。
その風に誘われてか、はたまた私との言葉に反応してなのか、彼女は顔を上げた。
彼女の輝かんばかりの金色の髪が、風に揺られて舞う。
「ですが、姉の姿を見て考えさせられました。職務を全うするのに必要なのは、本人の能力と気概なのではないかと。それらの前に、性別は瑣末な問題なのだと。実際姉は、女性だからこその視点で、今までにない風を吹かせています。この国の半分は女性なのに、その女性ならではの意見を取り入れてこなかった方が歪なのではないのかとすら思っています。だから、私は……性別云々ではなく、本人の意志の強さ次第なのではないかと。貴女が力になりたいというのなら貴女なりの道を探せば良いのではないかと」
彼女は一瞬驚いたように目を丸め……そして、笑った。
それは、とても嬉しそうに。
同時に、面白いものを見つけたとでも言うかのように。
「そうですね……私は己の腕で駆け上がった女性を知っているというのに、何を弱気になっていたのでしょう」
何かを呟いていたが、その続きは残念ながら聞こえなかった。
聞くにも、妙に清々しい笑みを浮かべていて憚られる。
「とても良い話が聞けました。また機会がございましたら、貴方様に是非ともお会いしたいですわ」
「そう言っていただけて、何よりです」
「また離宮にいらっしゃる際には、是非ともお知らせを。私は普段、こちらで働いておりますから。レティと仰っていただければすぐに伝わりますから」
「ええ」
肯定の言葉を聞き、レティはその場を離れた。
彼女の背を見送ってから、私も屋敷へと帰って行った。




