会談
三話目です
長い廊下が、いつも以上に長く感じる。
行きたくない……けれども、行かなければならない。
重い足を何とか義務感で動かして、前に進む。
「お待たせ致しまして、申し訳ございません」
……そして、私は会談に臨んだ。
応接室で待っていたのは、私と同じぐらいの年齢の男だった。
頭にスカーフを巻き、ゆったりとした衣服というアカシア国の衣服を身に纏う彼は、私が姿を現すと柔らかな笑みを浮かべた。
「こちらこそ、突然の訪問で申し訳ない。私の名前は、ハフィーズ・ベント・マーシドと申します」
……アカシア国の使者が来訪した時に、王宮で歓待のパーティーを開く。
私も公爵家の娘として、学園を追放される前には参加していたが……そこで、見たことがない。
勿論、主だった使者の方しか拝見したことがないので、一概には言えないが。
「名を伺う名誉に預かり、光栄でございますわ。私の名前は、アイリス。アイリス・ラーナ・アルメリアでございます。宜しくお願い致します」
「いやはや、驚きました。まさか女性である貴女が、この領土を任せられていらっしゃるとは……。ですが、伝え聞いたところによりますと、随分こちらの領土は繁栄されているとか。貴女にこの領土を任せると判断したお父上の慧眼も素晴らしいものですな」
「まあ、そんな……。過分なお言葉、痛み入りますわ」
「謙遜なされますな。貴女が任せられるようになった時から、貿易は増えております。その手腕は、我が国の王族も感心しております。此度、我が国の第三王子であるカァディル様がこちらを訪問されたいというのもその関係からでございますよ」
「まあ……」
ホホホ……と、口元を扇で隠しつつ笑って誤魔化す。
本当にどうしようかしら……そんなことを考えつつ、目の前の男を失礼にならない程度に見る。
野生的な顔立ちの目の前の男は、整った顔立ちだ。
柔和な笑みを浮かべているが、瞳の奥はこちらを見定めるような光を帯びている。
「とても光栄でございますが……一度、父に伺いを立てなければなりませんわ」
「そうなんですか? ……貴女の権限は、領主に勝るとも劣らないと聞いておりますが……」
……他国の一領のことを、よくお調べになっていること……と、笑みを崩さずに内心息を吐く。
「まあ、良いでしょう。お父上にお伺いを立てるのであれば、もう一つしていただきたいことがございます」
「……何でございましょう?」
「実は……視察というのは、ただの口実。カァディル様は、貴女に求婚をしにこちらにいらっしゃるのですよ」
今度こそ、驚き過ぎて心臓が止まりそうになった。
求婚という単語が、言葉自体分かっていても理解ができない。
「どうやらカァディル様は貴女を一目見て、心を奪われたとか……。両国の架け橋となる、素晴らしい縁談でございましょう」
第三王子が、使者の中にいたという記憶はない。
……一目見て云々というのは、嘘?それとも、使者の中に紛れていた……?
「正式な書状は、こちらにございます」
ハフィーズ様は、懐から一枚の書状を出した。
その時、彼の指に嵌められていた金の指輪に目がいく。
中央が平たくなっていて、鷹の文様が描かれていた。
書状は控えていたセバスに渡され、私の手に渡される。
「確かに。……ところで、ハフィーズ様。とても素敵な指輪をされていらっしゃいますね」
「ああ……これですか。金は我が国で取れます故……」
「……左様でございますか。素敵な意匠でございましたので、つい目を奪われてしまいましたわ」
私の言葉に、ハフィーズ様は笑みを深めた。
暫し、互いに無言で見つめ合う。
私も彼も互いに観察し合い、少しでも情報を取ろうとしつつ、相手の出方を伺っているのだ。
無言の攻防に、室内は重苦しい雰囲気が漂っていた。
「……失礼致します」
会談の最中、ターニャが部屋に入ってきた。
「……どうしました?」
私の問いに彼女は答えず、代わりに耳元に口を寄せた。
「旦那様が襲われたとの知らせがございました」
何ですって……? そう叫び出しそうになったけれども、目の前の男の存在を思い出してどうにか堪える。
「申し訳ございません、ハフィーズ様。どうやら、緊急の知らせのようでございますので、一旦御前失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論」
立ち上がり、粗相のない程度に慌てて部屋から出た。
出た部屋から二つ隣の部屋に私とターニャは入る。
「襲われたってどういうこと? お父様はご無事なの!?」
「……ええ。傷は大きいものだそうですが、命に別条はないとのことでした」
「ああ……」
ホッと安心して、力が抜ける。
「お嬢様……!」
その場で倒れこみそうになったのを、ターニャに支えて貰った。
「大丈夫でございますか?」
「え、ええ……」
呼吸を繰り返し、息を整える。目の前がチカチカしていたのが、段々と正常に戻ってきた。
「大丈夫よ。……戻るわ」
「ですが……」
「あの方を長くお待たせする訳にはいかないわ」
一瞬ふらついたけれども、何とか立ち上がって歩き出す。
「お待たせ致しました」
「いえ……お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「ええ。実は、父が病に倒れたとの知らせがございまして」
「おや……」
「幸いにも、深刻なものではないとのことでしたので。……ですが、娘として心配でございますので、すぐに王都の父の下に向かいたいと思いますの。ハフィーズ様には誠に申し訳ございませんが……」
「いえ。お父上がそのような事態になってしまったのなら、それも致し方ないこと。ましてや、遠い地にいればより心配も大きくなるでしょう」
「お心遣い、誠にありがとうございます。次回は是非、盛大な歓迎をさせていただきたいですわ」
そうして、私と彼の会談は早々に終わった。