衝撃
二話目です
「……報告は、以上です。アルメリア公爵領の経済は好調と言っても過言ではないでしょう」
上機嫌で語るのは、モネダ。
彼には定期的に銀行の経営状況やその他市場の動向の報告をしてもらい、今後の動きについて話し合っている。
彼の言う通り、アルメニア公爵領の経済は好調だ。
治水工事だけでなく、地方のインフラ整備も進めている。
また、アルメニア公爵領は人口も着々と増えている。
それと合わせて、他国との貿易も活発化している。
内需・外需ともに拡大しているこの状況下では、雇用も順調であり、消費も堅調に推移していた。
「この領については、そうね。でも、モネダ。私、一つ気になっているのだけれども……」
「いかがされましたか?」
「王都の物価が、徐々に上がってるわよね?それも、主に食料品が」
「……よく、ご存知ですね」
「王都の動向は、細かいところまで確認させているから。今のところ、アルメニア公爵領には影響を及ぼしていないけれども……貴方は、これをどう見る?」
「他領で不作という話を聞いてはいません。私も少し気になって調べたのですが、どこかの商会が買い込み溜め込むようなマネはしておりません。だからこそ、不可解なのです」
「流石ね。ターニャでも調べるのには時間がかかると言っていたわよ」
「昔取った杵柄ですよ。商業ギルドを辞したとはいえ、まだ他領も含め商会にもギルドにも顔がききますから」
「なるほどね。……不作ではないのに、物が減っているということ……か。それも、民の不満が爆発しないぐらい少しずつね」
「可能性としては、穀物の生産地が放出せずに溜め込んでいるということ。もしくは王宮で徴収しているということ。……それぐらいでしょうか」
「……もしくは、トワイル国が一枚噛んでいるか……」
「え?」
ポツリと私が呟いた言葉は、彼の耳には届かなかったらしい。
「なんでもないわ。……この領地の備蓄については、確保できているわよね」
「他領がアルメニア公爵領との関税を引き上げた際に、これ幸いと備蓄に回すために買い込みましたからね」
「ええ……」
今となっては、それすらも敵の手の内のような気がしてならない、
……考え過ぎ、とも思うけれども。
いずれにせよ、モネダの言う通り備蓄が十分にできていることは僥倖だ。
「備蓄を放出することも考えないとね。モネダは、市場の動向には注視して」
「畏まりました」
「そういえば、随分手形や小切手が一般的に出回るようになったみたいね。銀行がしっかり機能しているからこそ、でしょう。モネダ、ありがとうね」
「お褒めに預かり光栄です。お嬢様にご助力いただいているからこそ、ですよ。以前いただいたあの特殊なインク……あれだけで一財産を築けたでしょうに、無償で銀行に技術を提供してくださるとは」
以前、アズータ商会の開発部のチームが開発したインクのレシピを銀行に提供した。
本来何を作りたかったのかは忘れたが、その過程でランプに当てると色が変わるというインクが出来上がったのだ。
最近様々な発明家だとか研究職の人たちを支援していることもあって、割とそういった誰得な商品が出来上がることも多々ある。
それも一般的に売り出したところで使い道なんて玩具ぐらいで他にはないだろうし……とはいえなかったことにするのは勿体無いと報告してきたそれを、アルメニア公爵家で買い取った。
それを、銀行に提供したのだ。
他にはないインク……ということで、偽造防止に使えると小切手や手形に使われている。
因みに、他にも偽造防止のために色々工夫している。
「他に良い使い道もないし。適材適所というものよ」
「適材適所といえば、実は以前お話したアレの見本をお持ちしました」
「いきなりインクの話をするから何かと思えば……あれ、まだ私は了承していないのに。 見せてちょうだい」
私は、彼から受け取ったそれを眺める。
「見事な出来ね。貴方のことだから、これも偽造防止のために工夫を凝らしているのでしょう?」
「その内容については、こちらの資料を」
「まあ……本当に準備が良いこと」
モネダのそれに、私は思わず笑ってしまった。
「外堀から埋めることも重要ですから。……既にいつでも稼働できる状態にあります」
「なるほど。貴方は、商人だったものね……流石よ。もう少し、考えさせてちょうだい」
そのタイミングでセバスが入ってきた。
「お……お嬢様……」
彼にしては珍しく取り乱した様子だ。……否が応でも嫌な予感がする。
「何があったの、セバス」
「隣国のアカシア国より、使者が参っております。……アルメリア公爵領の視察がしたいと、第三王子が仰せとのことで……」
「……。何ですって?」
セバスと同じく、一瞬にして私も取り乱した。モネダまで驚いたように目を丸めている。
……思っていた以上の衝撃だった。
アルメニア公爵領と海を隔てた隣国……アカシア国は、その立地故に代々アルメニア公爵領が玄関口となってこの国……タスメリア国との国交が為されている。
言葉も違えば文化も何もかもが異なる国。
数年に一度ぐらいの頻度で使者が王宮を行き来して挨拶をしているが……それにしたって王族が、たかが一領の視察をしに来たいだなんて言い始めることなんて、全く聞いたことがない。
貿易が活発になったから……かしら。
「と……とにかく、その使者と会います。モネダ、申し訳ないけれども……」
私が全てを言う前に、モネダは頭を下げて退室した。
「王子を受け入れるのですか?」
「……無理よ。こちらの国の王族をすっ飛ばして私が会うなんて、心象が悪すぎる。ただでさえ、私のせいでアルメニア公爵領はタスメリア国の中でも微妙な位置に立たされているというのに……最悪、離反の意思ありと見られても仕方ないわ」
「でしたら……お断りに?」
「それが最善でしょうね。……角が立たないようにしないと。せめて、王宮に一度行って貰って、こちらに立ち寄るという形にして貰えれば良いのだけど……」
「そうですな……」
セバスの顔色が悪い。
それはそうだろう……きっと、私も似たようなものだ。
「セバス。お父様に報告は?」
「既に早馬を」
「流石ね。……お待たせする訳にもいかないから、すぐに行くわ」
「畏まりました」




