密会 弐
二話目
私は、戸棚からとっておきのワインを取ると開けた。
以前お祖父様にいただいたものだ。
時折、お祖父様は私にこれで息抜きをしろとお酒を送ってくださるのだけれども、普段あんまり飲まないから溜まってしまう一方なのよね。
ターニャは遠慮しちゃうし、ディダが『俺は飲む!』とすごい勢いで喰いついてくれても、ライルとターニャは二人がかりでそれを押し留めてしまうし。
ウチで付き合ってくれるのは、メリダとモネダぐらいだ。
ベランダの椅子に座って、互いにグラスを傾ける。
「先ほどの話ですが……」
彼は、言葉を選ぶように考えつつ口を開いた。
「知らなかった方が幸せ、ということもあるのでは?」
「それは、貴方の経験談?」
「さあ。ですが、全ての情報を受け止めることができるほど、人は強くない。例えば、治水工事のことを挙げるとするならば、その土地に住む者たちに向かって『お前たちの土地は百五十年前と百年前に水害被害が起きている』なんて言われたら、不安に陥り、パニックになってしまうのでは?」
「それは……そうね」
彼の例に、私は苦笑いを浮かべる。実際起こり得そうな話だ。
「知らなかった方が、幸せ……ね。でもそれって知ったからこそ、言えるんじゃない?私の都合の良いように情報操作をして工事を行うのも手段の一つだけれども……そうすると、今度は疑念を生んでしまう可能性がある。それでは、本末転倒よ。何でもかんでも誠実であれば良いという訳ではないのかもしれないけれど……でも、私は彼らに誠実でありたい」
「……なるほど」
「それに、知らない方が幸せかどうかなんて、知った本人以外分からないわ」
他人の気持ちを百パーセント理解することなんて、誰もできない。
知った本人が、それをどう受け止め、何を思うか……推し量ることもできない。
だからこそ知らない方が幸せかどうかなんて、それこそ誰も分からない。
あるいは、当人でさえ。
知らなかった情報が、思わぬところで実を結ぶことだってあるのだし。
「貴方が何を隠しているのかは知らないけれども、相手のことを思って隠しているというのなら、それは貴方の憶測でしかないのよ。知って恨むか、知らなかったことを恨むのか、それは事と次第によるのではないかしら?あるいは、貴方との関係構築がどこまで深めることができているか……じゃない?」
「私が、何か隠し事をしていると……どうしてそう思われたのですか?」
「そういうことじゃないの?何だか、私と領民の間のことを指して言っているのとは少し違うと思ったから。まあ、貴方が誰にどんな隠し事をしているのかまでは分からないけれども」
「多くの人に、隠し事をしていますよ。お嬢様にも……」
「あら、例えばどんな?」
「それを言ったら、隠し事にならないですよ」
「ふふふ……確かにそうね。この上なく怪しい貴方を雇い続けている私も、大概よね、……-なんて、この話前もしたわ」
お祖父様がお選びになったお酒は、流石飲兵衛のお祖父様がお選びになっただけあって美味しい。
そういえば、前世でも仕事が終わって家に帰ってから、よく独りでお酒を飲んでいたっけ。
「私も人には言えない隠し事の一つや二つ、あるわ。誰にだって、そう。……貴方が、この地に住む民たちを害さなければ、それだけで良い」
「……貴女という人は……」
呆れたような声色とは裏腹に、彼の笑みはどこまでも優しいそれだった。
本音を言えば、彼の隠していることを知りたいと思う。
けれども、同時に怖いとも。
疑う材料なんて、沢山ある。……こんな情勢下だし。
けれどもそれと同時に、彼のことを信じられると思うほど時を共に過ごしてきた。
だから、良い。……知らなかった方が良かったと、後悔したとしても。
今この時、同じ方向を向いて進んでいたということに嘘偽りがなければ。