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新たな制度

「ディ、ディ……ディーン!!」


「はい、ディーンです。どうされたのですか、そのように驚かれて。もしや、あまり良くない時に来てしまったのでしょうか?」


ディーンの顔が曇る。


「いえ、そんなことないのよ。と、とにかくそこに座ってちょうだい。少し相談したいことがあるから。あ、お茶……」


まさか、貴方のことを考えていましたなんて言えず、ディーンの言葉をさらりと流して、私は席を勧めた。


それにしても、緊張してしまって上手く喋ることができない。

想いを自覚してから、前は色々あり過ぎてそれどころではなかったし……。


「ここに来る前にターニャさんとすれ違って挨拶をした際に、二人分のお茶を持ってくると言っていただいているので大丈夫ですよ。それにしても、お嬢様、本当に何かあったのですか?」


「いえ……ちょっと考え事をしていたといいますか……」


どう回答して良いか分からず、歯切れの悪い返事となってしまった。

気まずいというか……とにかく早くターニャ、戻ってきてくれないかしら。


その願いが通じたのか、ターニャがお茶を持って部屋に入ってきた。

彼女の淹れてくれたハーブティーを飲んで、心を落ち着かせる。


「来てくれて、ありがとう。さっきも言ったけれども、少し考えことをしていたのよ。貴方に相談したいと思ったタイミングでちょうど貴方が現れたから、驚いてしまって……みっともないところを見せてしまって、申し訳なかったわ。それに、この前のお礼も満足に言えずに……」


自分の心に蓋をして、冷静に言葉を選ぶ。

心さえ閉じてしまえば、私は彼との会話も前と同じようにできる。


できなければ、ならない。

悟られる訳には、いかないのだから。

誰かに悟られてしまえば、もう共にはいられない。

好きだからこそ、私は私の心に蓋をする方を選ぶ。


「いえ。お礼など……。私は私のしたいようにしたまでですから。それに、急に来てしまって申し訳ありませんでした。今回は別件で近くに来たのですが、この前の後処理がどうなったのか気になっていたのでちょうど良いと寄ったのです。先に知らせるべきでした」


「いいえ。貴方が来ると、とても助かるから気にしないで。それで、相談なのだけれども……」


早速、私は考えていた案を彼に話し始める。

私が温めていた案とは、保険制度だ。

以前、ディーンには少し話したことがある。

少しずつ構想を考えては書類を残して、それを繰り返したのが手元にある書類だ。


一説には、保険制度の始まりは中世ドイツのギルドの伝統的な共済組合を源流とすると言われている。

怪我を負い仕事ができないとなると、収入が減り、家計には大打撃だ。その状況では当然、士気が下がる。

事故が起きないようにするというのも勿論のことだが、不測の事態が起きた時に備えがあればより安心して仕事ができるというもの。

なおかつ、この領への帰属意識がより強くなってくれたら良い。


どうせ始めるのであれば工事現場だけでなく、この領に住む民たちには全てそういった備えをしてもらうのはどうだろうか。


「以前より仰られていた、あの案ですね。今だからこそ、ですか……」


「ええ。以前話し合った時には、それよりも先に改革を進めるということで一旦この話は止まってしまったわ。でも今は他の案については既に運営が軌道に乗っていますし……。何より、今、その制度を必要としている状況です。勿論領からも補助金を出します。この前誰かさんが予算の配分で無駄なところを切ってくださったので、その分は確保できる筈。まあ……あくまで領民の相互扶助。皆で皆を助け合う……それが、最も重要ですが」


「面白いです」


そう言って、ディーンは目を輝かせニンマリと笑った。

まるで、以前財政部門の面々を論破した時のような清々しいそれだ。


「それと同時に、難しい。皆より資金を集めるというのであれば、公平でなければならない。今回は領官に話を持って行く前に、より細かな規定を詰めてしまいましょう。まずは、領民からの徴収をどのぐらいに設定するかですね」


「この前も、その話は出たわよね。やっぱり、収入によって保険料が段階的に増えていくというのが良いと思うわ」


「そうですね。戸籍の整備も終え、領地の税は人頭税ではない。既に各々の所得を把握できるのであれば、それも可能ですね」


「後は、治療方法と薬の範囲をどこまで適用するか……」


「それについては、有識者に話し合っていただくのはいかがですか?幸い、この領は人材が豊富ですから」


「なるほど!学園長に根回しをしましょう。……この領では日々日々治療方法も薬も進歩しているから定期的に話し合ってもらう必要があるわね」


「確かにそうですね。治療方法については、基本的なものを保険の適用範囲とし、より良い治療やサービスを受けるなら自己負担とする方が良いかもしれません。なんでもかんでも出すようにしてしまうと、早々に破綻してしまうでしょうから」


「そうね。そうすると、今まで治療費についてはそれぞれの病院で設定してもらっていたけれども、保険の適用治療については均一化させないとね」


「ええ。それについても、学園長に相談されると良いでしょう」


話し合いが進むに連れ、私もまた興奮する。


「各医者への支払い経路も明確化しないとね。前に話していた医療ギルドの設立というのも打診してみましょう」


そんな白熱しつつあった会話に、ターニャの冷静な声が割り込んだ。


「お嬢様、そろそろ商会の会議の時間ですがいかがいたしましょうか?」


「あ……そうだったわ」


時を忘れて、話し合いに熱中してしまった。


「それなら私も、後処理の確認をしておきます。ついでに財政部門に顔を出して、この前削減した予算でどこまで余剰が出ているのかの確認と、文に行って戸籍の整備についての確認をしてきます」


「ええ、お願いするわね。


 私も学園長に打診をしてみるわ。まだ煮詰まっていないけれども、頭出しだけしておいた方が後々良いでしょうし」


そして、私は頭を切り替えて商会のことを話し合いするために会議室にターニャを伴って向かった。



「……楽しそうでしたね、お嬢様」


彼女が呟いた言葉に、ビクリと過剰に反応してしまう。


「ええ?き、急にどうしたの、ターニャ。わ、私は別に……」


おかげで、さっきやっと冷静になったというのに、またもや取り乱してしまった。


「民のことを考え、そのために政治を考え、前を向いて進もうとするお嬢様はとても楽しそうだと……そう思ったのです」


あ、そっち……と、私は内心息を吐いた。


「そうね。だって、私……この領のことを、愛しているから」


色々なことがあった。それを乗り越える度に、私は自覚する。

私は、この身に流れる血を誇りに思い、領のこと愛しているのだと。


だからこそ、幸せだ。

例え、自らの気持ちに蓋をしようとも。

真実、全てを失った私を受け入れてくれたこの領を……民を愛しているのだから。


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