カタベリア伯の末路
資料を細部まで読み、書類に書き込みやサインをしていく。
「お嬢様宛に、手紙が届いております」
机から視線を外し、ターニャからその手紙を受け取った。
「まあ、誰からかしら……あら、お父様からだわ。カタベリア伯爵当主の手紙が一緒に入っているわ?」
彼の名前に、ピクリとターニャは反応する。
少し眉間に皺が寄って、気難しそうな表情になっていた。
カタベリア伯爵当主とは、つまりドルッセンのお父様。
どのような内容なのか、彼女は警戒しているのだろう。
私は彼女のその反応に苦笑いを浮かべつつ、先にお父様からの手紙を読み始めた。
「お父様からは、『これで手打ちにする』って……手打ち?」
次に、カタベリア伯爵からの手紙を読んだ。
「あら……!」
手紙を読み進めるうちに、驚いて思わず声をあげてしまった。
「どのような内容か、お聞きしても……?」
「簡単に言えば、謝罪といったところかしら。体裁も何もない、ストレートで切羽詰まった文章のね。……ほら、この前にドルッセンがアルメリア公爵家に来たときの行動についてカタベリア伯爵家に正式にお父様が抗議をしたでしょう?その、返答というか……。とにかく自身は騎士団を辞し、ドルッセンを廃嫡した上に勘当したから鉾を収めてくださいっていう内容かしら。お父様、一体どんな抗議をしたのかしら……?」
「旦那様と奥様は、あの一件の中で、第二王子を除いてドルッセン様に特に怒りを覚えていらっしゃったようですから」
ターニャの情報に、私は驚く。
あれから結構な時が経っているというのに、今更ながら知った事実だ。
「まあ、そうだったの?」
「それはそうでしょう。淑女であるお嬢様に対して押さえつけ傷つけるという実力行使をされたのですから。第二王子がなんと言おうとも正式な通達ではなかったので、あの時点ではお嬢様は第二王子妃……つまりは、『未来の王族』であったというのに」
「確かに」
あの直後に、正式に王宮より婚約破棄の通達が来たのよね。
ユーリがエルリア妃を抱き込んでいた時点で、私との婚約破棄は決定的であっただろうから、正式に決まったようなものだったのでしょうけれども。
それでも、あの時点ではまだ私は公爵令嬢にして未来の王族ではあったのだ。
「そういう意味では、あの時に既にドルッセンは犯してはならないことをしてしまったという訳です。それを、カタベリア伯爵が矯正と称して早々に手元に置いたのは、温情と申しますか……ある意味、彼を守るためだったのでしょうね。そのことについて、旦那様がお怒りを感じていたのですよ。特に、奥様の怒りは凄まじいものだったとエルルさんより聞き及んでおります」
「まあ……」
「奥様自身、ご実家にいらっしゃった頃に師匠を慕う騎士たちとも交流があったようですから。だからこそ、騎士団をそのように利用することについての怒りは人一倍だったのでしょう。『騎士道という割に、騎士の風上にも置けないわよねえ。か弱き乙女に力を振るうことが騎士ですか。そんな者を騎士として迎えるのが、騎士団長としての判断ですか。……自分が矯正させるからですって?今まで十数年育ててきた結果がこれだというのに、何を寝ぼけたことを言っていらっしゃるのでしょうね。結局彼は彼の求めた職に就き、思い描いた通りになるのでしょう?つまりは、何もなかったことにされるのと同じよね。いつから、そんなに舐められるようになったのかしら』とボソリと呟かれた後、カタベリア伯爵家主催のパーティー及び彼らが出席されるパーティーを全て欠席すると宣言されました」
「お母様……」
ターニャがお母様の言葉を言う時に淡々としていたものだから、余計にお母様の怒りを感じた。
「にしても、カタベリア伯爵が騎士団を辞すのですか……。そうなると、後任は副団長でしょうか」
「念の為、確認して貰えるかしら。ああ、ついでにこの書類を持って行って」
「畏まりました」
ターニャが出て行った後、私は深く息を吐く。
今更ながら知った事実に、驚きっぱなしだった。
けれども……それ以上に、嬉しかった。
抑えようとしても、口角が勝手に上がって笑顔になってしまうぐらいに。
だって、お父様があの当時、『私のために』怒ってくださっていたんだもの。
見捨てられても、仕方ないと思っていた。
だって、私はこれ以上ない程に家名に泥を塗ってしまったのだから。
領主代行を任されてから必死に仕事をしていたのも、あの当時は、これ以上期待に添えないことをして失望されたくなかったというのが大きな理由だった。……勿論、今は違う理由だけれども。
……私は、歪んでいる。
だって他者が蹴落とされたというのに、その理由を聞いて喜んでしまっているのだから。
この状況に、家族の愛を感じてしまったのだから。
ニマニマとしていた自分を戒めるように、シャラリと首から下げていた懐中時計が揺れた音が耳に入ってきた。
その懐中時計は、かつて領内を視察していた時にディーンがくれたものだった。
街中を歩いて彼と別行動をしていた時に気に入ったお店で、ボルディックファミリーの件のお礼も兼ねてディーンにプレゼントしようと思ったら、まさかの彼も私のために一つ購入してくれていたのだ。
表に掘られた図柄が、お揃いではないが二つで一つの絵になるという、ペアのようなものだ。
それを撫でていたら、先ほどまで感じていた仄暗い喜びと興奮が落ち着く。
……これ以上このことを考えるのは止そうと思ったのは、それからすぐのことだった。
彼らに同情はしないけれども、喜びはしゃぐ自分はいかがなものか。
私は、胸元にある懐中時計を再び撫でる。
胸の内から湧き出る温かな感情に、先ほどとは違う笑みが浮かぶ。
彼は、どうしているのだろうか。
満足にお礼も言えなかった。いつも、助けられてばかり。
仕事だけでなく、私の心も。
頼って、頼って……寄りかかって。
責任の重さは領民たちの明日に繋がるのだと思うと愛おしく感じるけれども、時折その重さに負けてしまって動けなくなる私を立たせてくれる、彼。
だからこそ、彼に恥じない自分でありたい。
女として共にいることは叶わないからこそ。
そう思った私は、この前から考えている案を書き留めている書類を引っ張り出した。
ちょうど、その時。
「お久しぶりです、お嬢様」
ノック音とともに、ディーンが入ってきた。




