仕事 弐
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「ところで……貴方、随分良い目をしているわね。叶うなら、ウチに引き抜きたいぐらい。商人というより、領官のような視点なんだもの」
「実は私、父からの指示で学園に通ったことがございまして。勿論商科でしたが、たまに領官科の授業に忍び込んで、授業の内容を聞いたんですよ。興味があったので」
「まあ……そういうことだったのね。ふふふ、学園も大いに機能しているのね。そういうことならば……もう少し、時間はあるかしら?会議の様子を見せてあげる」
「え、良いんですか?」
彼は目を輝かせて、食い気味に言った。
「ええ」
会議の内容は、今現在彼がその手に持つ用紙に書かれているものだ。
見られて困るようなものは、最初からない。
「……レーメ。席をもう一つ準備するよう伝えて」
「畏まりましたぁ」
一度執務室から出て行った彼女は、数分後、再び準備が終わったことを知らせに戻ってきた。
私は彼を促すと席を立つ。
屋敷の一角、その棟全てを領政の為に解放している。
そこでは、たくさんの領官たちが慌ただしく働いていた。
そんな光景を、私の後ろを歩く彼は興味深そうに見ている。
そうして辿り着いた会議室には、既に五人の老年の男性と二人の領官が席についていた。
「皆さん、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。それでは早速、会議を進めましょう。お手元の資料をご覧ください。何か意見がございましたら、発言を」
「想定通りの進捗ですな。現場を確認致しましたが指示した通りの形になっていましたぞ」
「ですが、堤防のこちら側をもう少し早く進めた方が良いのでは?このままでは逆側に負荷がかかってしまいますぞ」
五人の老年の男性たちが、今の工事の様子の報告書を見て、ああでもないこうでもないと意見を交わす。
……私には、足りない知識が多すぎる。
もっと、日本で知識を……技能を習得しておけば良かったと後悔しているぐらい。
けれども後悔して足を止める暇は、ないのだ。
私の手も目も一組しかなくて、頭は一つしかない。
今から全てを学ぶなんてことはできやしない。
だからこそ、こうして足りないものを補って貰うために人を集めるのだ。
人の興味は、その人それぞれ。何に知識欲が刺激されるのかは、人によって違うのだ。
つまり何が言いたいのかというと、大して注目されていなかった治水について過去に実際に起こった出来事を検証し研究している人もいれば、経験を通して田畑へ水を行き渡らせるような水路の夢を描いている者もいる。
そんな彼らに集まってもらい、こうして話し合ってもらっているのだ。
幸いなことに、学園を設立したことによって、そうした知的探求者たちも集まり易くなっていた。
正確には、学園長が学園の図書室を解放する施策を立案し、実行してくださったおかげか。
……この会議も十数回目だが、最初の頃はこうして活発に論議することはなかった。
けれども、自分が描いていた夢が現実になる。
自分の学んできたものが、考えていた構想が、日の目を見る。
その道筋が見えてから、皆は目を輝かせながら意見を述べ始めた。
そして、意見をぶつかり合わせ、より良いものを作ろうとしてくれるようになった。
熱意があり過ぎるので、脱線しないように場をコントロールするのがここでの私の役目。
ある程度纏まったところで、会議の終了を伝えた。




