裏話 弐
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お母様は、トワイル国で生まれた方だった。
何故、この国に来たのかといえば……この国のことを調べ、故国に情報を流すための間諜としてだ。
手筈通りに王宮に潜入し、最初の方はまあ上手いこと仕事をこなしていたらしい。
それがどうして、たかが男爵に恋に落ちたのだか。
お母様は、美しい方だった。
容姿も、一つの武器だ。
それは容姿が優れているから良い、という訳ではなく、要は使い所だ。
平凡な容姿ならば市井に紛れ込めるし、優れた容姿ならそれで敵国の上層部を陥落させるのも手。
勿論、容姿だけではなくその他に求められることはたくさんあるけれども。
それはともかく、お母様の容姿なら求められるのはハニートラップ……いわゆる、色仕掛け。
だというのに、お母様は何をトチ狂ったのか……たかが男爵程度、しかも自分が恋に落ちたのだから笑えない。
まあ、そのおかげで私は産まれたのだけど。
その後、折角探し出してくれたディヴァンの指示も拒否して。
その場面を男爵の正妻の手の者に目撃されて、お母様の正体がバレたらしく、それが元でどうやお母様は男爵家から去ったらしい。
これについては、ディヴァンも失敗したと言っていたわ。
私を何としても男爵家の一員として認めさせて、貴族として貴族社会に紛れ込ませるのが目的だったらしいのだけど。
その時は、その計画は泡になった。
全く……ディヴァンも肝心なところで、失敗するのだから。
まあ、無事こうして戻ってこれたのだから良かったけれども。
ただ、戻って来れたのがその正妻のおかげだって言うには、とっても皮肉めいているけれどもねえ。
正妻は、お母様に忠告したそうだ。
『お前は男爵家の汚点。お前がいるだけで主人には、迷惑がかかる。即刻出て行け。出て行かないのなら、国に報告する』みたいな感じで。
結局お母様が素直に出て行ったこと、それから国に報告すれば実のところ男爵家にあらぬ疑いがかかるということを危惧した正妻は、結局国に報告はしなかった。
それにしても、本当に何でお母様は素直に出て行ったのかしら。
私という存在を盾に、逆に男爵家を脅かすことができたはずなのに。
お母様の正体が表沙汰になったら困るのは男爵家。
なのにお母様はそうするどころか、あの男の迷惑にならないようにと家を出た。
その時は大して準備できなかったため、蓄えも何もない状態で。
何とか無事私を産むことはできたけど、お金がなくて生活はとっても苦しかった。
オマケに、容姿の整った身重の女性が着の身着のままの状態で流れ着いたらそれは様々な憶測を呼ぶ。
そしてそういう対応というのは、大人たちは子どもに直接言わなくても伝わるものだ。
……おかげで私はたくさんの心無いことを言われた。
仲間はずれなんて可愛いもの、悪口も嫌がらせもたくさんあった。
何故父親がいないのかお母様に尋ねても、お母様は答えを濁すばかり。
ディヴァンが現れて、教えてくれなければ、永遠に知らないままだったかもしれない。
ディヴァンは、私にたくさんのことを教えてくれた。
人の観察の仕方からそれに合わせた好感を得る話し方の選択やら、幅広い趣味に対応できる教養。
世界は広くて、悪意ばかりが向けられていた私の世界の全ては、とても小さいということも。
彼と会っていることは、お母様には内緒にしていた。
秘密というのは後ろめたいとは感じたけれども、でも、純粋に楽しかった。