決着
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さて、今日は少し緊張している……というか、憂鬱すぎて体が重い。
というのも、ドルッセンと対面する日だからだ。
流石に我が領で事件に巻き込まれちゃねえ……解放して、ハイ終わりという訳にもいかない。
ドルッセン自身というよりも、カタベリア家に礼を欠いた事はできないものね。
貴族社会で我が家の評判を落としかねない。
というわけで、ドルッセンを我が家に招待。
もちろん、ターニャ、ライルそれから復帰したディダが控えている。
昨日の今日だから大丈夫かなと心配していたのだけれども、ディタは今日、清々しい顔で見事に復帰してくれた。
ターニャと話して、気持ちに整理がついたのかしら。
そんなことをツラツラと考えていたら、ドルッセンが到着した報せを受け取った。
居住まいを正して、彼の入室を待つ。
それから少ししてノック音がして、案内人と共にドルッセンが入室してきた。
旅をしていたからか、いつもよりも質素な格好だった。
ドルッセンの表情を確認すれば……その目は、とても穏やかで凪いでいる。
「……お久しぶりですね、ドルッセン様。どうぞ、お掛け下さい」
私がそう言うと、黙って一礼してから座った。
「今回は、どのような目的で我が領を訪れになられたのでしょうか」
ターニャに淹れてもらったお茶を飲みつつ、私は問いかける。
「貴女のことを、知りたかったのです」
「はあ……」
予想の斜め上の回答に、なんとも間抜けな応えをしてしまった。
「貴女のことを何も知らず、伝え聞いた言葉で分かったつもりになって貴女のことを糾弾した。今更になって、それが正しかったのか……という疑問をもって。だから、こうしてここを訪れて貴女のことを聞いて回った」
「本当に、今更のことですね」
思いっきり言ってしまった。
いや、だって冷静に聞いてどうよ?
私のことを知りたいがために、聞き回った?それって、結局伝え聞いたことで判断した前と変わらなくない?
それに、正しくなかったという結論に至ってたらどうなのよ。
私は謝罪も何も、この人には求めていない。
むしろ今回、周りをうろちょろされて不快に感じただけだったわ。
私のバッサリとした言葉を聞いて、けれどもドルッセンは怒鳴り返さなかった。
あら、前までの彼だったらそんな反応をすると思ったんだけどな。
「私を知って、どうするつもりでしたか?正しいか正しくないかを判断をして、結果、正しくなかったという結論に至ったらどうするつもりでした?」
「それが……分からないんだ」
「話になりませんね」
彼の言葉に、私はそう言いつつ重い息を吐く。
「……初めは、貴女に謝罪をしようと思っていた」
「あら、正しくないという考えが、聞き回った結果、正しかったという方に変わりました?」
「いいや、そうじゃない。謝ることなんて、できないと思ったんだ。謝ったところで、貴女を傷つけたことには変わらない。学園に戻れる訳でも、王子との婚約が戻る訳でもない。そう、思ったからだ」
「まあ、素晴らしいこと。確かに謝罪なんてしてきたら、私はすぐにお引き取りを願っていたわ。……それと、訂正させてもらうけれども。私は貴方には傷つけられません。それから、第二王子との復縁も全く望んでおりませんからご心配なさらず」
「傷をつけたというのは、貴女を拘束した時の話で……」
「ええ。ですから、心だろうが体であろうが。貴方に傷つけることができる場所なんてどこにもないと言っているのです」
私はキッパリと言った。
傷をつけた責任を取るなどと言われても迷惑だし。
「貴方の仰っていた通り、貴方が私にできることなどありません。なぜなら、私は貴方に何も望んでいないのですから。大体、何故東部が不安定だと知りながら、わざわざ赴いて事件に首を突っ込んだのですか」
「せめて、貴女の力になりたいと思ったんだ」
「迷惑ですね」
笑ってピシャリと言い切れば、ドルッセンは驚いたように目を丸める。
「貴方は騎士です。けれども、その前にドルーナ様の唯一のご子息です。貴方に何かあれば、私は一体カタベリア家にどのように申しひらきをすれば良いのですか?貴方と私は先の一件で、不仲だと知れ渡っています。万が一のことがあれば、そもそも私が貴方への報復に動いたと不名誉な噂をたてられる可能性だってあるのですよ」
「それは……」
ふう……と、私は再度溜息を吐く。
彼と会ってから、私、一体何回溜息を吐いたかしら。
「貴方は、あの時から変わっていませんね。正義感を持つことは、大変素晴らしいことだと思います。けれども貴方のそれは酷く独善的です。自分の信じる正しさのために、周りを顧みない。結果、貴方の正き行いとやらで迷惑を被ることになる人が現れる。しかも、貴方はその結果に対する責任を持とうとすらしていない。……まるで、英雄伝に憧れる子どものよう」
「そんなこと……」
「ないと言えますか?貴方が私に対して迷ったのが良い証拠でしょう。今更、自分の行いが間違っていたと言われたところで、貴方の仰られていた通り、私は学園には戻れない。カタベリア家とアルメニア家の関係はおいそれと簡単に修復できない。貴方にできることといえば、自分の仕出かしたことを受け止めるだけです」
私の言葉に、ドルッセンは完全に黙った。
「もう、子どものように夢を見ている時間はとっくに終わっているのですよ。つまりですね、私に関わらないでくださいませ。お分かりになったら、早々に私の後を付け回すような真似は止めて、我が領から出て行っていただけるとありがたいのですけれども」
パチリと手に持っていた扇子を畳んだ。
私は今、ここにきて初めて笑顔を浮かべていると思う。
今日一番の、笑顔。




