罪と罰
護衛たちの手によって、今回の件の首謀者たちは捕縛された。
犯人たちは、彼らが到着した時には、すでに拘束ないし起き上がれないような状態であった。
住人の女性……ターニャのことなんだけれども……によると、その状況を作り出したのは、ボルティックファミリー。
恐らく今回の件での疑いを晴らすべく、自ら調査に乗り出して制裁を加えたのだろうとのこと。
また、今回の件を察知した公爵家より秘密裏に調査に動いていた護衛がおり、彼らに捕まってしまっていたが同時に救出された。
つまり、今回の件について公爵家の関与は根も葉もない噂だった。
以上が護衛たちからの報告、及び街中で語られている噂らしい。
まだ事後処理は残っているけれども、一応丸く収まって良かった。
さて、噂の渦中の人物でもあるディダとの約束……話を聞くというそれだ……を果たすことができたのは、約束をしてから三日後のことだった。
というのも、ディダも当事者として調書を取ったりだとか怪我の具合は大丈夫か病院で検査したりというのがあったからだ。
「……申し訳ございませんでした」
開口一番そう言われてしまって、失礼ながら私は唖然としてしまった。
だってキャラが違うのだもの。
冗談はさて置き……。
「……その謝罪は何に対して、かしら」
私は、ディダに問いかける。
「全てに対してです。私がいなければ、今回の件は起こらなかった。ノコノコと私があちらで姿を現し、オマケに捕まったせいで貴方の取れる手段の幅が狭まってしまった。最後には、勝手に動いてトーリとのことでお嬢様の手を煩わせてしまった。全て、お嬢様の側近として有るまじきことです。放り出されても、何も言えません」
彼の真面目な回答に、けれども私は微笑む。
「ディダ。今回の一件で貴方が私に謝るべきことは、心配をかけた……その一点よ」
私の言葉に、ディダは驚いたように目を丸めた。
「ですが……!」
「貴方がいなければ?貴方の過去を知って、それでも側に置き続けたのは私だし、そもそも貴方がいなければ、優秀で信頼のできる護衛はライルだけ。だから私は気軽に外に出れなかったでしょうし、改革もここまでのスピードで進めて来れなかったわ。ノコノコ現れて、と貴方は言ったけれども……土地勘のある貴方が調査に乗り出してくれたのは心強いと私も思ったのだもの……貴方の行動を良しとしたのだから、私の判断ミスよ。トーリの件については……私が勝手に出たのだから、貴方の謝るべきことではないわ」
「ですが……私は、自分で自分が許せません」
ディタ ダの生真面目な反応に、私は息を吐いて微笑む。
「……罰なら既に受けているのではなくて?ディダ」
格式ばった口調でそう問いかけた。
「信じていたのでしょう?トーリを。そして、グラウスが想像で言った貴方が捕まった経緯は、ほぼ正解……違くて?」
そして、続けた言葉にディダは驚いたように目を丸めた。
「信じていた者に裏切られる……その苦痛を、私は知っているもの。程度の差こそあれ、心に受ける痛みは同じだと私は思っているわ」
私と彼、どちらが大きな傷を負ったのか。
そんな愚かな問いを言及するつもりはない。
意味がないからだ。
私は彼ではないし、彼は私ではない。
自分にとって相手がどれだけ自分の心を占めているのか……それは説明したところで理解することはできない。
ディダにとって、トーリはとても大きな存在だったのだろう。
私がまだ何かトーリに話したいことはあるのかと問いかけ、否定したときのあの遣る瀬無い気持ちが込められた笑顔からも、それは伺い知ることができた。
どれだけディダの傷は深いのかは……私には分からない。
私が受けたそれよりも、もしかしたら大きくて深い傷を彼は負ってしまったのかもしれない。
だから、私が簡単にその気持ちが分かるというのも不快に思うかもしれない。
けれども、その痛みを両者ともに知っているというのも、また事実。
そしてそれを知るが故に……私は、これ以上彼は何モノからも罰を受ける必要はないのだと考えのだ。
「それでもまだ自分を赦せないのだというのなら……尚一層己の職務を全うしてちょうだい。まあ……貴方がこんな職場を辞めたいと思っていなければ、の話だけど」
元からライルと併せて近衛騎士団からも軍部からも彼は狙われていたけれども、今回の件でグラウスからも虎視眈眈と狙われるようになったでしょうし。
彼って職場はより取り見取りなのよね。
それだけ有能ということなんだけど。
「いいえ……俺はこのまま、お嬢様の下で働きたいです」
「ありがとう。その気持ちで、十分よ」
ディダはそう言って、頭を下げた。
そのまま中々顔を上げない彼に、再び声をかける。
「貴方が無事で本当に良かった……貴方のその明るい声を聞かないと、ダメね。私はすぐに悪い方へ悪い方へと考えてしまうから。今日はゆっくり休んで、また明日からいつもの貴方に会えることを楽しみにしているわ」
「はい」
顔を上げて浮かべた笑みを見て、私はホッと安堵に息を吐く。
そしてディダが出て行った後、ターニャが幾つもの報告書を私の前に置いた。
「……ラフシモンズ司祭からは、返事が来ているかしら」
「は、はい……それは、こちらに」
恭しく取り上げた手紙を、私は受け取る。
「さて。私はこの手紙とこれらの書類を読まなければならないから……ターニャ。自由にしていて良いわよ」
「……お嬢様?」
「言いたいこと、たくさんあるんじゃない?貴女、とってもディダのことを心配していたものね」
そう言えば、ターニャの眉間には見事に皺が刻まれた。
「別に、私は……」
固い声でそう言って、けれども最後まで彼女は言葉を紡がなかった。
ピタリと固まった彼女に、私は紙の束を渡す。
内容は、ライルから上がってきた東部の護衛たちの調査結果だ。
職場復帰するのに、これを知っておかないとね。
「というのは冗談で、これをディダに渡してきて貰えない?」
「……そういうことならば……」
渋々といった体でターニャは書類を受け取って、部屋から出て行った。
私はその背中を見送ると、ラフシモンズ司祭からの手紙に目を落とす。
「……あら、流石ラフシモンズ司祭。動きが早いわね。私の方も、動きますか」
私はそう呟きつつ、手紙を畳んでしまった。




