冒険 弐
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「……人聞きの悪い……。まるでそれじゃ、俺がいつも騒ぎを起こしているみたいだろう?」
「違いねえじゃねえか」
「騒ぎが勝手にやってくるんだ。俺はそれに対処しているだけ。……それに、騒ぎの渦中は、お前の方だろ?」
ピクリと、男は反応を示す。
「テメ、どこまで知っている?」
「……大凡、と言っておこうか」
グラウスの視線に負けじと、ディーンのそれも鋭くなった。
「なら、さっさとその情報を寄越せ」
「随分と上から目線じゃないか」
鼻で笑った彼の反応に、男たちはピクリと動き出そうとする反応を見せた。
「だから、止せって!」
意外や意外、それを止めたのは他でもないグラウスだった。
「こいつはなあ、そうは見えねえかもしれねえが一種の化け物だ。ここにいるお前ら全員でかかって、二人に一人は使い物にならなくなるぐらいの覚悟が必要なんだよ」
「酷い言い草だ。……半分以上は、いけると思うぞ?」
その言葉に、激昂した二人がディーンに襲いかかった。
けれどもディーンは、一刀の下二人を床に沈める。
動きが速すぎて、正直何をしたのか私にはサッパリだったが。
「質が悪い」
そう言いつつも、グラウスは笑っていた。
「相変わらずだな、ディーン。お前らもこれで分かったろう?……悪かったな。で、情報は?」
「実は話すのは、俺じゃない。……この方だ」
「……女?」
私は視線が集まるのを感じつつ、彼の前に出た。
「……初めまして。私の名は、アイリス・ラーナ・アルメニアですわ」
「アルメニア……貴族のお嬢さんが、何故、こんなところに?」
「勿論、取引をしに」
私がそう言った瞬間、グラウスは盛大に笑った。
「傑作だ!貴族のお嬢様が、俺と取引?……悪いことは言わねえ、さっさと家に帰って高級な菓子でも食ってろ!」
「ええ、私もそうしたいのですがね……貴方たちが、あまりにもノロマさんなので、こうして私が来る羽目になってしまったのですわ」
私の言葉に、ピタリと笑いを止める。
代わりに、痛いぐらいの威圧を感じた。
「……言葉には、気をつけろ。俺は、貴族のお嬢さんだろうがディーンの連れだろうが、容赦しねえぞ」
震え上がりそうなほどの恐怖感が、私を襲う。
けれども、グッと腹に力を入れてそれに抗った。
「どうやら巷では、我がアルメニア公爵家と貴方達ボルティックファミリーとで手を組んで、民達の利益を掠め取っていると噂になっているそうよ。随分私たち、狡い存在に思われているのね。まあ、だからこそ……私としても、公爵家としても、早くこの件は終息させたいのよ」
私はそう言って、笑った。
一人この雰囲気の中で場違いにも笑っている私を端で見たら、滑稽でしょうね。
「別に、大したことじゃないのよ。無謀にも自ら動いて私が犬死にしたとしても、公爵家としては。貴方たちと私が手を組んでいなかったと、それを理由にアピールすることができるし。何よりそれを契機に護衛たち……もしくは貴族の子女が殺されたのだから、治安維持という大義名分の下、国軍を動かせるかもしれないわねえ……それで今回の件の責任を貴方たちに押し付けて、ハイ、終わり。実際今回の件の主謀者かどうかなんて、関係ない。さっさと終息できて、尚且つ公爵家の名前に傷をつけないのなら、それで良いの。だから、さっさとやっちゃってくれても構わないのよ?」
私の言葉に、グラウスは顔を顰めた。
「それを聞いて、ホイホイ手を出せるかってんだ」
「あら、そう?……では、話を戻すけれども。私としても、早く終息させたい。貴方たちにとっても、そう。だから、さっさと協働体制を整えて、そうしましょう。これが、私の取引の内容」
「……一つ、聞かせて貰って良いか?」
「何かしら」
「お嬢さんなら、わざわざこっちに来なくとも、俺たちをぶっ潰す戦力なんて幾らでも整えられただろう?」
「ええ、そうね」
「なら、何で……」
「……貴方たちの組織を潰そうが、貴方たちのような組織はなくならない。規制を厳しくしても、より狡猾になるだけ。なら、面倒でも貴方たちを残すように動いた方が良いかと。街の、顔役なんでしょう?」
確かに非合法なことにも、目の前の男たちは手を出してはいる。
けれども住民たちに受け入れられ、むしろ顔役とまで言われているのも事実。
今回の件だって、役人が隠蔽工作を行っているというのもあるが……むしろ彼らに限ってそんなことはしない、何かがあったのだと、心配する声すら上がっていた。
街中での聞き込みでもそんな声があるなんて驚いたし、焼却する書類の中の住民たちの声の中に『他の奴らがボルティックファミリーの名を騙っているかもしれない』だなんて真実に近しいそれを見たときには、更に。
「それとも、貴方たちにそれらの声は値しない?それならば、お望み通り、さっさとウチの者たちに動くように指示を出すけれども」
私がそう言った瞬間、グラウスは笑った。
それはもう、盛大に。
そして、周りにいる男たちまで。




