潜入調査 壱
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それから、私は東部にむかって旅立った。
馬車ではなく、騎馬で。
その方が、早いからね。
にしても、前回王都に行くときのが強行軍過ぎたのか、それとも単に慣れただけなのか、あの時よりもお尻が痛くなかった。
勿論、今回も変装している。
領都の人たちも初見では気づかなかった、ターニャの技術を使って。
それから、私の後ろにいるライルも今回は変装している。
流石に化粧をする訳には行かなかったけれども、髪色を変えてメガネをかけ、いつもの鎧も外して貰っている。
東部で一番大きな街は、馬を代える以外休憩を挟まなければ一日もあれば着く。
というわけで、早々に東部に到着。
日が昇る前に出て、夕方前に到着した。
滞在時間が限られているので、早速行動を開始する。
まず私とライルで宿の確保から、役場の様子を見に行く。
その間に、ディーンには街での聞き込みをして貰うことにした。
「見た感じ、前に来た時と変わらない気がするけど……何かしら、雰囲気が重い?」
以前来た時と変わらない、陽気な人たちと明るい街並み。
けれども、どことなく雰囲気が重かった。
「ええ、ピリピリとした視線が感じられますね。敵意……いえ、どこかから私たちを観察しています」
そう言ったライルの表情は、周囲を警戒しているせいか険しいそれだ。
そのまま一先ずその視線は捨て置いて、街の中でも比較的大きな建物である役場に入った。
入り口から入ってすぐにあるのは、窓口。
ここで相談事や諸手続きを行なっている。
この作りは、どこの地域も似たようなものだ。
結構住民たちが来ていて、役人たちはバタバタと忙しく動き回っていた。
「……どうかされましたか?」
中の様子を伺っていたら、一人の女性に話しかけられた。
服装や名札を見るに、どうやら役人らしい。
「この地域に妹と越したいと思っているのだが、手続きを事前にこちらで確認した方が良いと商業ギルドに言われてな」
ズイと私と彼女の間に入って、ライルが話す。
「畏まりました。順番にお呼びしておりますのでこちらの木札をお持ちいただいてお待ちください」
案内された通りに、私たちは席に腰掛けた。
因みに物件云々の設定は来る前に決めていて、手回しも済んでいる状態だ。
「お待たせいたしました。どうぞ、あちらの席で承ります」
先ほどの女性が来て、対応をしてくれるようだった。
彼女の問いに対して、ライルは打ち合わせ通りに淀みなく回答していく。
マニュアル通りの対応……勿論良い意味でのだが……をしてくれて、彼女に対しては中々良い印象を受けた。
「最後に、何かご不明点はございませんか?」
「……ここへの道すがら、噂を聞いたのだが。どうやら、最近この辺りの治安がとみに悪いと聞いているのだが、実際のところ、どうなのだろうか?」
「それは……」
その女性は、言いづらそうに一瞬顔を顰めた。
「いえ、正直なところ……お恥ずかしい話、事実です。所謂そういう無法者たちの組織の間で揉めているようでして。それが街にも影響を与えているようです」
「そうか……」
「ですが、ご安心ください。アルメニア公爵領では、ご存知の通り、各地に訓練された護衛隊が派遣されています。今回の件についても、既に報告は済ませています。やがて事態も沈静化されるでしょう」
「ほう……既に役場から護衛隊の方には報告がいっているのか」
「ええ、随分前に。事件が立て込んでいてすぐに出動できないとの話でしたが、きっとそろそろ来てくれるはずです」
「それなら安心だ。……今日はありがとう」
それから、私たちは真っ直ぐ宿に帰った。
「……末端レベルでも、把握している。そして、護衛隊たちへの報告も済んでいるという話だったけれども……貴方のところまで話はきているのかしら?」
「いいえ、全く。このレベルの案件なら私のところに来るはずですが……」
「護衛隊の駐在員からも、報告は上がっていない……と。ここまで表面化しているのならば、例え役所からの連携がなくとも護衛隊の方から貴方のところに報告が上がってきてもおかしくないのにね」
「……身内を疑う真似はしたくありませんが……。明日、私はここの護衛隊の視察に行って参ります」
「そう。後は、ディーンの報告次第ね」
「……お嬢様、遅くなりました」
話している間に入って来たのは、ターニャだった。
「よく来てくれたわね、ターニャ。あちらの方は大丈夫?」
「勿論です」
「それなら良いわ。……ねえ、ターニャ。これ以外に、私の姿を変えさせることは可能?」
「そう仰られるかと思いまいて、以前より貴女様が個人的にアズータ商会の開発部に依頼されていたカツラをお持ちしました。後は化粧等で如何様にも」
「それなら良いわ。……手筈通り、明日は役場に潜入するわ」
「畏まりました」
そのタイミングで、ディーンが帰ってきた。
「……どうだった?ディーン」
「まだ、確かなことは申し上げることはできませんが……。少し、違和感が」
「違和感?」
「はい。街中で聞いたボルティックファミリーの話と、実際に見た騒ぎを起こしているそれ。……随分印象が違ったのですよね」
「今日、貴方は騒ぎを起こしていた人たちを見たの?」
「はい。如何にも、という様相でしたよ」
「因みに、彼らは何をしていたのかしら?」
「彼らが抑えている商品……異国からの輸入品を取扱っている商会がありまして。そこへ、高額の金をせびっていましたね。曰く、それを支払えば商品を回すとのことで」
「なるほどねえ……実際そんな事が起きているのに、私たち上の方が動かなければ、民たちは不信感を覚えるわよね。むしろディダの噂話と併せて、これじゃあ東部の民たちには私たちが利益を掠め取ろうとしているように考えてしまうわよね。それを狙っているのかしら」
「ええ。恐らくは」
「前々から計画を立てて騒動を起こしてから噂を流したというよりも、私を攻撃する材料として、起こった騒動を利用しようとした……という感じがするけれども。まあ、ディダが彼らといるところにドルッセンが入って来ちゃったりしたら、どちらにせよ私たちにとってはダメージね」
「ええ。ターニャさんと情報を共有して、早急に探って貰った方が良いかと」
「そうね。ターニャ、お願いできるかしら?」
「畏まりました」
「では、ディーン。手筈通り、貴方は明日私と共に役場に行きましょう」
「はい」
そうして、東部での一日目は終わった。




