また、旅
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「……ディダから、何か連絡は?」
ディダが行ってから、二週間が経った。
けれども、何の連絡もない。
流石に時が経ちすぎて、心配だ。
「いいえ」
「……そう。それじゃ、その他の調査隊たちからの連絡は?」
「まず、街の治安は悪くなっているとのことです。こちらまで報告が上がってこないのは、住民たちがボルティックファミリーを恐れているということ、それからどうやら役人との癒着の可能性もあるとのことです」
「なるほどね。……ボルティックファミリーは、何がしたいのかしら?私と……いえ、アルメニア公爵家と正面切って対立したいのかしら?」
「その可能性は低いと思われます。昔からの顔役でもあった組織が、ここにきて突然そのような行動を起こす理由が分かりません」
「そうよね……。ならば、考えられるのはボルティックファミリー以外のどこかが名を騙っているということだけど」
「お嬢様。他にも報告したいことがございます」
「何かしら?」
「ドルッセンが、どうやら東部にむかって旅立ったようです」
「……は?」
「今朝方、領都を出ました。王都に帰るのかと思いきや、むかった方向は逆の東側。まさかとは思いますが……」
「何で、このタイミングで東部なのよ。大体、彼、私に話があって来たのだと思っていたんだけど」
「全くもって、理解不能です。領都で彼が接触した者たちを洗い出した者たちのリストがこちらです」
私は、ターニャから受け取った資料に目を通す。
特段怪しい人物はいない。
いないのだけれども……。
「……この商人の行動を、もう一度洗い出して。それから、ヴァンの監視を強めるように」
「ヴァンの、ですか?」
「ええ、そう。この時点で彼が東部に行くなんて、出来すぎている。他の貴族たちからの干渉も考えられるけれども、でも、彼らが行動を起こすにしては早すぎる。同じ領内にいる彼が一番怪しいと思うのよね。余裕があったら、他の貴族たちの動向も探って欲しいとは思うけれども」
そのタイミングで、ノック音がした。
そして入って来たのは、ディーンだった。
「ディーン、良いところに来てくれたわね」
「申し訳ございません。少しこちらもスケジュールが押してしまい、来るのが遅れてしまいました」
それから、ディーンに状況を伝える。
私が話している間、彼は険しい表情を浮かべていた。
「お嬢様の下を離れている間に、不穏な噂話を聞きました。それは、お嬢様の側近が実は破落戸の一員であるということ。実は裏で繋がっていて、領民から資金を巻き上げようとしている。かつての級友にして騎士団の一人がお嬢様の不正を正す為に動いているとね。十中八九、この件のことでしょう」
「……噂の出処は?」
「目下確認中です。またどこかの貴族が、ちょっかいをかけているのかと思いましたが……それにしては噂が民たちの間で流れているというのが不思議ですよね」
「そう……」
「お嬢様、ディダは……」
ターニャが何かを言いかけて、けれども口を噤む。
「ディダのことは信用しているわよ。いえ、信じたい……かしら?それと純粋に、心配しているの。とはいえ、騒ぎが大きくなる前に片付けてしまいたいわね」
少し、今後の行動を考える。
そして、ターニャに言ってセバスを呼んで貰った。
「お嬢様、何か御用でしょうか」
「セバス。これから私は一週間と少し、ここを離れるわ。その間、領政をお願いね」
「畏まりました。精一杯、勤めを果たします」
私の指示に、少し何かを言いたそうに眉を顰めて……けれどもすぐに彼は頭を下げた。
「お嬢様、まさか……」
「ええ、そのまさか。東部に行くわ。幸い今は他の業務は溜まっていないし。セバスが陣頭指揮を取ってくれれば、大丈夫でしょう。……私は、今までの仕事で疲れが溜まってしまったため、体調を少し崩して休養中。その代わりをセバスに頼むの。言っている意味、分かるわよね?」
「はい。お嬢様は、この館からお出になっていない。そういうことですね」
「ですが、お嬢様。何故、貴女様も東部に……?」
「まず一つに、これを機に東部の役場に手を入れたいと思ったから。それには私の地位は使えると思ったのと、何よりそれ以前にこの目で確認したいと思ったから。二つめに、あわよくばボルティックファミリーがどんなところなのかを、見極めたいと思ったから。最後に、あの騎士の坊ちゃん対策。いざとなったら私から接触して、注意を引きつけている間に解決したいと思ったのよ。……で、連れて行くメンバーはディーンとライル。ターニャは、ヴァンの監視体制強化が完了次第、後から来てちょうだい」
「畏まりました」
ディーンとターニャが同時に頭を下げた。
「それじゃ、ディーン。ライルにそれを伝えて。支度が完了次第、すぐに出るわよ」