ターニャの妨害
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「……待て、ターニャ」
夜も遅い時刻……館から出ようとしていたところを止められた。
「何ですか、ディダ。私は忙しいのですが」
ジロリと睨みつつ言ったけれども、ディダはいつもの飄々とした笑みを崩さない。
「知ってるよ。お嬢様に、東部のことを調べろって指示を受けたんだろう?お坊ちゃんの監視を含めて、大変だよなあ」
「そう思うなら、さっさとそこを退いて」
「必要ない」
「……は?」
「俺が調べに行くから。餅は餅屋にって言うだろう?ちょっくら、古巣に帰ってくるだけだ」
その言葉を聞いて、彼のここにくるまでの経緯を思い出す。
そういえば、目の前の男の出身は東部……オマケに、そういった組織に身を置いていたことがあったというのを聞いたことがある。
お嬢様が彼を拾ったのは、東部へ家族で旅行中のことだった。
東部の町は領都から遠くなく、海のあるところということで頻繁に家族で旅行に行ってらした。
私は仕事を学んでいる頃……それが理由で付いて行けなくて、お嬢様のお帰りをお待ちしていたら、帰って来た時に、この男も一緒で驚いたっけ。
「貴方、自分の仕事があるでしょう?」
「俺には優秀な相棒がいるからなあ。それに、何やかんや下の奴らも育って来ている。引継ぎはバッチリ」
「……それでも、ダメよ。貴方のことだから、組織が動いていないか調べるのでしょう?だけど、貴方は幼い頃とは言え顔が知られている。……危険よ」
「おいおい。これでも一応、腕に覚えはあるのだけど?」
「知っているわよ、今更言われなくても。でも、何故?何故、貴方が動こうとするの?」
「お嬢様のために最善を尽くすなら、俺が動く方が良いだろう?さっきも言った通り、既に土地勘があるんだからさ」
ジッと、真意を問うように男を見た。
男はその視線を受けて困ったように笑って……けれどもやがて、真剣な顔つきになった。
「何か、嫌な予感がするんだ。だから俺は、直接行ってこの目で確かめたい。過去を清算できるなら、しちまいたい」
「そんなこと聞いて、貴方を独りで行かせると思う?」
「さっきも言ったけど。それなりの危険には対処できるぞ。……だから、ごめんな」
そう、言われた瞬間……衝撃を受けた。
油断していた、と内心舌打ちをする。
そして、それと同時に意識が遠のいていった。
最後に視界に捉えたのは、元凶であり犯人である彼。
顔には、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
……次に目を開けた時、一瞬、頭が追いつかなかった。
何せ、目に映るのは、いつもの光景。
私の部屋そのものだったから。
でも、夢じゃない。
着ている服を見て、そう思い直す。
さっさと身支度をして、私はお嬢様に報告をすべく部屋を飛び出した。
「……ディダが調査に行った?」
案の定報告をした瞬間、お嬢様は驚かれたように目を丸める。
「ディダなら心配はいらないと頭では分かっているのだけど……無茶をしないかだけ、心配ね」
思案するようにお嬢様は、呟かれた。
「とは言え、連れ戻そうにも、ライル……もしくは、それなりの使い手を数名派遣する余裕はないし……何より彼の行動は、私の立場からすればありがたい。少し、様子を見ましょう」
「……畏まりました」
お嬢様の決断に否やの返事はない。
心の内に燻る嫌な予感に蓋をして、私は通常業務に戻った。




