暗雲
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「……数字がおかしいわ。過去と比べて、物の出入りが……流通が減っている」
書類とにらめっこしつつ、私は気になったことを指摘した。
「何故かしら……日用品ではなく、輸入品の中でもいわゆる嗜好品・贅沢品のみ。それも、減っているのは東部だけ」
「……よく、お気づきになりましたね」
財に所属する一人が、そう言って目を見開く。
「悔しいことに、ディーンに言われるまで気づきませんでした」
潔い彼の言葉に、私は苦笑いを浮かべる。
「貴方はどちらだと思った?私が気づくか、気づかないか」
「私が、貴方を試したとでも?」
「さあ?単に、気になっただけ。私が部下にどう思われているのか、ね。ところで、ディーンのことだから、それに対する報告書も作っていると思ったのだけれども、どうなの?」
「報告書は、まだありません。ディーンも原因を探るといって、東部に人を送り込んだところです。……貴女なら、それで気づくからと。先んじて書類を渡すように言われてきたんですよ」
「まあ!じゃあ、私はディーンに試されていたのね」
思わずクスクス笑った。
「怒らないんですか?」
「別に。面白いじゃない。……それよりも、本当に一体何故かしら。別の資料を見る限り、人が減った訳じゃない。購買欲が減った訳ではない。だからこそ、値段が若干上がっている。東部以外の場所では、そんなことは起こっていない。……誰かが、意図的に操作をしている?」
ペラペラと部屋にあったその他の資料を眺めつつ、呟く。
その間、そこに控えていた領官は無言でこちらを観察しているようだった。
「……セバスを呼んできて。報告、ありがとう」
ターニャに指示を出しつつ、領官を下がらせる。
そして、ターニャに連れられたセバスにはすぐに指示を出した。
それは、東部から上がってくる報告書を全て私のところに持ってこさせること。
東部には、港がある。
そのため、昔から豊かな区域であった。
私が領主代行になってから、港を拡大・整備させている。
他国との交易にも、力を入れているしね。
領地の大切な収入源を担っている区域のことだ……過敏に反応してしまう。
原因が分からないことには、安心できない。
今は一部の品目だけだけれども、それが全てに及ばないという保証も現段階ではないのだから。
「……ディーン。さっき、報告を貰ったわ。それで、進捗はどう?」
ノック音と共に入ってきた彼に声をかける。
「現状、何も進展していないというのが正直なところです。後は、東部に視察に行かせた者たちの報告を待つばかりです。ただ、一つ気になることが……」
「何も進展しないほど、数字以外に何ら異常がないということかしら?」
「ええ。静か過ぎるのです。海難事故が起きたという報告もなければ、騒動が起きているような商会もない。もっといえば、流通量が減ったことで、何らかの苦情や相談が商会から上がってこない。ダメージを受けている筈なのにも、関わらず。それが、不思議なのです」
「杞憂なら良いのだけどね……何か、嫌な予感がするのよ。ディーン、貴方、いつまで滞在できるのだっけ?」
「元の契約は、明日までです。外せない用があるので、一週間ほど領から出させていただきますが、終わり次第戻って参ります。その間の引き継ぎは、セバスさんと、先ほど報告に参りましたあの領官の方に」
「そう。……仕方ないわね」
本音を言えば、彼がいてくれたら心強いのだけれども。
負んぶに抱っこしてもらい続けるなんて良くないし、依存することなど、以ての外。
「分かったわ。何か思いついたり分かったことがあったら、知らせてちょうだい」
それから、私は図書館……もとい図書室に足を運んだ。
それにしても、ディーンがいるときに発覚して良かったわ。
彼が来る前じゃ仕事が溜まり過ぎてて、そこまで手が回らなかっただろうし。
……否、逆か。
彼が来たからこそ、気づいた。
溜まっていた仕事が片付いて私に余裕が生まれていたというのもあるし、彼が気づいて領官に確認させたからこそ、私のところまで報告が上がってきたというのもある。
どちらにせよ、彼には感謝している。
そんなことを考えつつも辿り着いて中に入った。
「あら、レーメ。貴女とここで会うのは、久しぶりね」
「アイリス様!」
パアッと明るい笑みを、むけてくれた彼女。
司書だけど、私が領都の学園のあれやこれやをお願いしたりだとか色々頼んでいるので、最近ここにいる時間が減ってしまった。
オマケに私も来ることができる時間がかなり限られているので、こうして本に囲まれている彼女を見るのは本当に久しぶりだ。
「どうされましたかぁ、アイリス様」
「少し調べものをね。……東部のことなんだけど」
「どのようなことでしょうかぁ?食料関係ならこれとこれと……ああ、地図と地形のも必須ですよね」
「……そうね。歴代町長の記録だとか、犯罪録みたいのがあれば……」
「歴代町長の報告はこちらですぅ。資料扱いで製本化されていないので、取り扱いにはご注意くださいぃ」。
「ええ、分かったわ」
レーメから紙の束を受け取った。
「それからぁ、犯罪録ですがぁ……東部のは極端に少ない方なんですう。恐らく、皆さんがご存知のこと以上のものは出てこないかと」
「あら。……交番ができる前は、大きな事件や騒動以外記録化することはなかったと聞いていたから仕方ないけれども。東部が極端なのは何故?」
「元々東部は血の気の多い方が集まり易いというのがあってぇ、喧嘩や騒動は日常茶飯事なようなんですよねぇ。それにぃ、ポルティックファミリーが牛耳っているので、中々こちらまで回って来ないかもしれませんねぇ」
「ボルティックファミリー?何、それは」
聞き覚えのない単語に、思わず首を傾げる。
「所謂裏町を取り仕切っている組織ですぅ。ほら、以前お嬢様が視察に行った時にディタに行くのを止めれたところがありましたよねぇ?あのあたりもシマってやつですよぅ」
「なるほどね。その組織の最近の動きはターニャに確認してもらうとして、組織の変革なんかは分かる?」
「えっと……ファミリーの歴史は古いですぅ。それこそ、領地が誕生し、東部を港として整えたころからですねぇ。ファミリーにはファミリーの流儀があるみたいでしてぇ、やっていることは悪いことなんですけれども、割と住民からは嫌われていないみたいですよぅ?」
「……因みに、悪いことって?」
「違法物の取扱いですねぇ。奴隷は取扱ってないみたいですけれども。あとは、シマの用心棒みたいなのもしているみたいですし、賭場なんかも」
「なるほどね。用心棒もしているになら、つまり、こちら側に話が来る前に事件は片付いているということね。知らない間に事件が起きて、知らない間に解決していたら書きようがないものね」
「そういうことですぅ」
「……それにしても、レーメって本当物知りよね」
「歴代の御当主様方の手記等も、こちらで保管しているものがございますぅ。やはり、当時調べられたことがメモみたいに残っていて、面白いですよぅ?」
「なるほどね。本当ならそういうのを、自分自身でここから探し出さないといけないのよね……考えただけで、ゾッとしちゃう」
ここの異様な蔵書量の中から目当てのものを探すなんて、とてつもない労力がかかる。
読んだことのあるものならまだしも、調べ物のための参考資料を探すのなんて、見当もつかない。
……レーメがいてくれていることで、本当に助かっているのよね。
「他にそういう組織ってあるの?」
「勿論、幾つかあるみたいですよぅ?今も残っているのかどうかは、分かりませんがぁ……互いに不干渉なところもあれば、ボルティックファミリーと対立しているところもあるみたいですねぇ」
「なるほどね……分かったわ。ありがとう」




