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ドルッセンの旅

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『俺に答えを求めるなよ。何せ、俺は彼女と話すどころか会ってすらないんだから』


かつて、騎士団の先輩に言われた言葉だった。


耳に入ってきた瞬間、目に見えない刃となってそれが胸に突き刺さった気がした。


何せ自分はアルメニア公爵令嬢を糾弾する前に、会ったことこそあったけれども、話したことなど殆どなかったのだから。


『……ねえ、ドルッセン。そんな女性に手を挙げ、人生を狂わすことに加担し、寄ってたかって彼女を貶めた。……そんな行動を、貴方は本当に騎士として正しいと言えるのかしら』


母が以前言っていた、言葉。


それと先輩の言葉が、頭の中をグルグルと回って。


……自分は、間違っていたのかもしれない。

やがて、そう考えるようになった。


彼女がユーリにしたことを思えば、腸が煮えくりかえりそうなほどの怒りが浮かぶけれども、それでも……彼女に自分がした行動は、恐らく間違いだった。


一人の男として誇れども、騎士として。


だからこそケジメをつけたいと、彼女の護衛を挑発したというのに。


『……簡単に清算できるほど、俺らの因縁は浅くないんだからな』


自分の考えは簡単に看破され、それどころか、そう言い捨てられてしまった。


そんな訓練……もとい試合から数日経った、ある日のことだった。


「お前、何であんなことをしたんだよ」


……先輩にそう切り出されたことで、その一連の記憶が一気に頭の中に浮かぶ。


周りはガヤガヤと騒がしい。

非番が先輩と重なって、結果、連れ出されるように街の酒屋に来ていた。


市井のどこにでもありそうな、酒屋。

プライベートで来ることは未だにないが、アンダーソン侯爵が堅苦しくない方が好ましいという理由でこの手の店を好むため、何度か来たことはあった。


「ケジメをつけたかったんです」


先ほど思い返した記憶と共に、自分の考えを伝える。

言い切った時に、先輩は大きな溜息を吐いていた。


「お前、馬鹿だろう」


その言葉にムッと、苛立ちを感じて眉を顰める。


そんな自分の反応に、先輩は苦笑いを浮かべていた。


「じゃあ、聞くけど。お前、アイリス様に『自分は悪いと思ってないけれども、公爵令嬢としては良くない対応だったかもしれないから謝る』とか言われたら、どう思うよ?」


「それは……」


「んでもって、ケジメをつけたいからって、従者を挑発するとか。お前、何がしたいんだ?って、誰だって思うぞ」


「直接謝罪をしようと、試みたんです。ですが、会うことはできなくて……」


「そりゃ、そうだ。お前が会いたいなんて言ってきても、向こうからしたら次は何をしてくるんだって警戒するのが当然の反応だ。それに、お前の謝罪は上っ面なだけのそれだ。そんなもん聞いてる暇があったら、別のことに時間を割くだろうよ」


「上っ面な気持ちじゃないです。騎士として、してはならなかったと反省してます」


「それだよ、それ。さっき俺はお前に聞いただろう?逆の立場でそう言われたらどういう気持ちになるか。お前、どう思ったよ?」


先輩の質問に、言葉が詰まる。


『自分は悪いと思ってないけれども、公爵令嬢としては良くない対応だったかもしれないから謝る』とか言われたら、どう思うか。


ユーリのことを思えば、とてもじゃないが許せない。

体面を整えるための謝罪など、空虚なものだ。


「ホラ、上っ面だろう?心が篭ってない。それで謝罪なんてされても、聞いている方にとっちゃ、ただお綺麗な言葉が並び立てられているだけにしか感じねえよ。そもそも謝罪する側からすりゃ、謝ってハイ終わり、気持ちの整理ができるかもしれないがな……謝られる側はそうじゃない。何故なら謝罪っつうのは、許しを与える立場からすりゃ、チャンスを与えることなんだ。やり直すっつうチャンスをな」


そう言った先輩の顔は、真剣そのものだった。


「お前は、お前の身勝手な思いのために、彼女にこれ以上の苦痛を強いるのか?アイリス様の護衛が言いたかったのは、そういうことなんだと、俺は思うよ」


……簡単に清算できるほど、因縁は浅くない。

果たして、彼が言いたかったことはそういうことなんだろうか。

けれどもなるほど、確かに先輩の言葉は彼のそれと重なる。


彼にとっては俺が謝るということすら、烏滸がましい行為ということだったのだろうか。

赦されると思うな、と。

過去のことにするな、と。


「……俺は、どうすれば良いんでしょうか?」


「俺に聞くなっうの。そもそも、お前はどうしたいんだ」


そう言いつつ、先輩はぐいっとエールを飲み切った。

並々注がれた筈のそれを。


「さっきから言っているだろ?お前は上っ面な謝罪を述べて、自分がしでかしたことの清算したいだけ。申し訳なく思っているんじゃなく、単に周りに流されて。……考えろ、お前自身で。もっと深く。もっと、広い視点で。どうしたいのか、何ができるのか」


それから少しの間飲み続けて、解散した。


家に着いてからも、先輩との会話を何度も思い起こしては考える。

これまでのこと、これからのことを。

何度も考えて、けれども何も思いつかなかった。


……自分が、何をしてきたのか。何をしたいのか。

考えて、考えて、やがて。


「……彼女のことを、知ろう」


そう、思った。

彼女のことを、俺は知らない。ならば、知ればいい。

彼女がしてきたこと、彼女がしたいことを。

そして俺は休みをもらって、旅に出た。

彼女を知るための旅を。



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