アイリスの独白
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ターニャに寝支度を手伝って貰って、私はベッドに入った。
そしてターニャが出て行った後、私はバルコニーに出る。
夜着だからはしたないけれども、この暗闇だから良いでしょう……なんて自分に言い訳して。
夜空を見て、そして街を見る。
暗くて、よく見えない。
電気のない世界だからこその、闇。
けれどもその闇が、今は心地良かった。
「……捨てきれない願望、か。馬鹿みたい……」
歯を食いしばって……それでも我慢できずに泣いている醜いこの顔を、誰かに見られる心配がないのだから。
私の呟きは、夜の闇に響いて消える。
徐々に増えていく、涙の量。
それと共に、食いしばっても漏れる嗚咽。
……決して、ターニャの言葉を馬鹿にしているのではない。
むしろ、逆だ。
ターニャの言葉が、図星だったのだ。
心の奥底で眠っていた、捨てきれない願望が……私にはあった。
馬鹿なのは、私。
あんな痛い目を見たのに、鍵をかけた筈の気持ちは簡単に溢れていた。
なんて、脆い。
気づいて、しまった。
気づかないようにしていただけだって。
理由をつけて、自身の心すら騙していたのだって。
少し自分と向き合えば、簡単なこと。
頼りにして、甘えているのは何故?
一番辛いとき、感情を出せたのは誰に対して?
醜い嫉妬心がチラリと出てきたのは、どうして?
心では分かっていながら、頭で考えるのを放棄していたのだ。
でも、私はもう……失敗できない。
失うには……大切になりすぎた。
私に付いてくれている皆のことが。領地が。そしてここに住む民たちのことが。
それ以前に、再び愚かな自分に戻ってしまうかと思うと、裏切られたときのあの絶望を思い出すと……怖い。
だから、嫌だったのに。
目で見ることができない不確かなものを、自分の力だけではどうしようもないものを、どうして私は再び求めてしまったのだろう。
怖いのに、それとはまた別に溢れてくる激しいこの気持ち。
「好き……」
声に出してみれば、ストンと心に落ちた。
実際に、彼の前で口にすることはないこの言葉。
だって、私の想いは叶うことはないのだから。
身分を越えた恋なんて、夢物語だ。
シンデレラだって、貴族だった。
ユーリだって男爵令嬢。
だから、告げることはない。
……私は、私の大切なものを捨てることができないのだから。
だから、また私は自分の心を偽る。
そして、目を背ける。
明日、また変わらない笑みを浮かべながら。




