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街中デート

3/10

……やっぱりというか、何というか。


ディーンが来ると、本当に仕事が捗る。

だって、私が二人いるようなものなんだもの。

それは溜まっていた仕事も、次々と処理されていくわよね。


私が仕事を溜めてしまう理由は、二つ。

一つは、同時並行で商会の仕事をしているから。

一つは、領政に色々手を加えているから。


通常業務に、これらがプラスされて。

更に、王宮に呼ばれれたりだとか破門騒ぎだとか。

直近だと、領官のストライキ騒動かな。


そんな訳で溜まりがちだけど、普通にしてればここまで溜まらない。

領政の体制も構築できつつあるし、それは商会も然り。


だからせいぜい机の上に書類の山が、二つ三つできるぐらいかしら。

それはさておき、ディーンのおかげで溜まっていた仕事も片付きつつある。

その手腕は凄いと感心する他ない。


一部の領官たちはディーンを見た瞬間『魔王様が再降臨された……』とブツブツ魘されるように呟いていたり、『休み貰っておけばよかった……』と戻らない過去を嘆いたり。


財のメンバーだけ『今回こそディーンさんに勝ってやる』と静かに闘志を燃やしていたけれども。


……ディーン、一体何をやっているのよ。

思わず聞いたら、『ここは優秀な方々ばかりで。つい、熱が入ってしまうんですよ』と爽やかな笑みで返された。


まあ、仕事は確かに早いし、領官たちは憔悴しながらも必死にディーンに食らいついているという印象なので、それ以上言及はしていないが。


そんな訳で至急の仕事は全て目処がつき、今日街に行く。


朝からターニャに念入りに施された結果、『これ誰?』という顔に仕上がった。


最早化粧の域を超えて特殊メイクと化している。

その上メガネをかけて、更に髪色もアズータ商会の商品で変えて。

最後に、木綿のワンピースに着替えて完成。


多分、私を知る人でも声をかけなきゃ気付かれないんじゃないかな?と言えるぐらいの変装っぷりだ。


「じゃあ、ディーン。行きましょう」


「畏まりました」


「行ってらっしゃいませ」


ターニャは意外にも、今回付いてこない。


どうやら調べなければならないことが、あるらしい。


同じくライルとディダも、現在領都から離れている。


ディダは東部、ライルは北部に行っていた。


という訳で、何人か護衛を引き連れて行こうかと思ったのだけれども、それに反対したのがターニャだ。


ぞろぞろ護衛を連れていけば、どんなに変装をしていても私がアルメニア公爵令嬢だと勘付かれるかもしれない。


ミナはああ言ってくれたけれども、万が一のことを考えたら目立たない方が良いだろうと。


とはいえ護衛の面々では、まだ一人で私を任せるのも不安……とのことで、白羽の矢がたったのがディーン。


ライルとディダとよい勝負ができるほどの腕前で、かつ街で顔が知られていない人。

……今回の護衛に、ピッタリだった。


ターニャも、反対しなかった。

それどころか、最近は彼を認めているかのような言葉すら聞くこともあるし。

本当に、ターニャにどんな心境の変化があったのかしら。

以前も纏う雰囲気が変わったなと感じたけれども、これもその変化の結果なのかしらね。


それは兎も角、私はディーンと共に街を訪れた。

変わらず、活気のある街。

市には商品が立ち並び、それを求めて沢山の人が道を歩いている。


「あ……っ」


人混みを歩くことなんて、ここ最近なかった私は見事に人にぶつかってよろけた。

半ば引きこもりと化していたからなあ……。


「大丈夫ですか」


よろけた私を支えてくれたのは、共にきたディーンだった。


「ごめんなさい。……ありがとう」


気恥ずかしさを感じつつ見あげれば、思った以上に彼は近くにいた。

それがまたくすぐったいような、恥ずかしいような。

そんなふわふわとした気持ちに、更に顔に熱が集まった心地がして俯く。


「すごい人の多さですね」


「ええ。……嬉しいわ」


私がポツリと漏らした言葉の正確な意味を捉えたのか、見ればディーンは柔らかく微笑んでいた。


街に人がいるのは、それだけ街が豊かだから。

何より、気軽に買い物に行けるのは治安が良いから。


前世平和な日本で暮らしていたから、当たり前のような光景なのだけれども、それが当たり前でないことを私はもう知っている。


だからこそ、この光景は私の仕事の成果の一つだと感じられて素直に嬉しい。


「……ここで突っ立っていても邪魔になってしまいます。行きましょう」


少しばかりその光景に見惚れていた。

よくよく考えれば、ディーンの言う通り、ここは道のど真ん中だ。


「ええ、そうね」


歩き出そうとした私に、ディーンの手が差し出される。

一瞬驚いてポカンと彼を見た。


「これだけ人が多いと、はぐれてしまいそうですから」


そう言って、彼は微笑んだ。

確かにその通りだと手を差し出そうとしたのだけど、妙に緊張してしまって、結果おずおずと何とももったいぶった反応をしてしまった。


手を重ねると、ディーンはすぐに歩き出す。

重ねた手は、私の手よりも大きく少しゴツゴツしていて……温かかった。


その温もりは私の心までも、温めてくれるようで……とても、幸せな気持ちになった。


いつまでも、この時が続けば良いのに。

そんなことを、頭の片隅に思いながら。


そうして街を歩いて、暫く経った頃。

市をじっくり見ていたため、思ったよりも時間がかかった。

ふと目に入った路地に、私は足を止める。


「どうされましたか?」


気遣うような声色に、大丈夫だという意味を込めて微笑む。


「この路地……似ているな、と思ったの」


「似ている、ですか?」


「ええ。……領主代行の地位についてすぐに、何人か連れて領地を見て回ったことがあるの」


「ディダに聞いたことがあります」


「そう……。実はね、東部であれより薄暗い路地を見てね、私、入ろうとしたの。なんとなく興味を惹かれてね」


「それは……皆さんが、止めたでしょう」


「ええ、そう。特に、ディダがね。私には、まだ早いって」


今なら、ディダの言わんとすることも分かる。


幾ら治安が良いところだって、一歩道を外れればそこは違う顔がある。

それは、薄暗い世界。

スラムだとか、貧富の格差によって生まれた闇ではない、別の闇。


雰囲気も秩序も、表のそれとは異なる場所。


前世でも、そういうのを見たことがある。

あれは、旅行に行った時のこと。

観光地だから大丈夫という安易な気持ちと、旅行という事実に心が躍って大して注意せず歩き回って。


そこは、街の中心部だった。

けれども、一歩その路地に入ってしまえば雰囲気も何もかも変わった。

道を歩く人たちの目は、ギラギラと鋭い光が宿っていて。

街並みは変わらないのに、何故か圧迫され苦しいと感じるほどの重さがあって。

本能で、ここは危ないと思ってしまうほど。


あの時とてつもない恐怖を感じたというのに……生まれ変わって同じことをやらかそうとしたんだから、進歩がないというか何というか。


それはともかく、そうした街の闇というのが集まった場所はこの領地にもある。


そういう街を治める、組織も。


必要悪とまでは言わないけれども、そういう組織があることで表の秩序が保たれているのもまた事実。


あの時考えなしに突っ込まずに良かった、と心底思う。


旅行(ぜんせ)と違って、今は与えられた地位もそれに伴う責任も違うのだから。

恐らく、そういった組織に接触をしても相手にされなかっただろう。


もしくは、喰われるか。

そういった組織にメスを入れるのならば、それを成し得た後の秩序の構築を考えなければならないし、従わせるにしても力をつけなければならない。


「今の私ならば、ディダは何て言うかしら……なんて、そう思ったの」


「どうでしょうね。仮に貴女が認められる水準にいたとしても、ディダは同じ回答を返していたでしょう。……自身がかつてそこにいたからこそ、関わって欲しくないと」


「貴方……知っていたの?」


「ええ。アンダーソン侯爵の下で共に訓練をしていた時、少しだけ」


「……そう。貴方は、それを聞いてどう思った?」


「別に、何も。そう珍しいことではありませんし」


「貴方にとっての珍しいはどういうものか、とても気になるわね」


その言葉に、ディーンは笑った。


「まあ……だからこそディダの危機察知能力は、高いのだと納得しましたよ。きっと幼い頃培われたのだと。……お嬢様こそ、どう思われたのですか?」


「私も、何も。……過去はどうあれ、彼は私に一度だってそうした面を見せたことはなかったもの。見たことのない過去よりも、共に積み重ねてきた過去の方が重要だわ。何より、私にとって大切な家族よ」


「お嬢様の感想もなかなかですよ」


「そう?……変に時間をとってしまったわね。そろそろ、いきましょう」


「はい」


そうして、再び歩き出した。


一番についたのは、食堂のおじさんのところ。

緊張して入った割に、おじさんは最初私だと気づかなかった。


ターニャの化粧技術恐るべし、と戦慄しつつ名乗ったら最初ポカンとしてしまって……その後、訪れたことをとても喜んでくれた。


喜びすぎて、店内のお客様全員にお酒を一杯ずつサービスすると声高らかに宣言して、女将さんに怒られるほど。


けれども女将さんも、涙ながらに歓迎してくれた。

結局、女将さんからも食事をサービスしてもらって。

騒がしくも楽しいひと時を過ごした。


花屋でも、魚屋さんも。

アリスを知る人たちに挨拶をして回った。

罵倒どころか、皆涙ながらに謝罪と感謝の言葉を述べて。


私も、思わずもらい泣きをしてしまった。


「愛されていますね」


帰りがけ、ディーンがそう言って微笑んだ。


……幸せ、だと。


心の底から、そう思った。


前世の時も、私は仕事に日の殆どを捧げていた。


けれども、それで得たものは何だっただろうか。


時間に追われて、人との関係も薄くなって。

使うヒマがないと、お金が貯まって。

いつしかゲームという仮想の中でしか、心が動かなくなってしまって。


孤独の中の自由だった。

独りの世界はとても、楽で。でも、虚しくて。


今も、仕事に日々の殆どを捧げているのは同じ。

なのに……こんなにも、幸せ。

誰かの笑顔が、誰かの言葉が、心を震わせる。

それは、立場が変わったから……という訳ではないと思う。


私が、変わったのだ。

まあ、自我が融合したのだからそれもそうだけど。


でも、一番大きいのは色んな経験をしたからだろう。

無我夢中だった。

そうして歩いた先が、これならば……私は、生まれ変わってチャンスを得たことを神様に感謝したい。


ふと、ディーンを見上げた。

ディーンは、私の視線に気づいて微笑む。

私も、自然と笑顔になった。


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