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ターニャの仕事

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「ターニャさん、宜しいですか」


茶器類を一旦下げようと、廊下を歩いている時だった。

つい先ほど来たばかりのディーンに呼び止められる。


「何でしょうか?」


問いかけると、ディーンはさり気なく周りの気配を探っていたようだった。


そうして私以外に誰もいないというのを確認したあと、口を開く。


「ドルッセン・カタベリアをご存知ですよね」


ディーンのその言葉に、自然と目つきが鋭くなったのを自覚した。


「ええ、勿論です。彼が、何か?」


「領及びお嬢様の周りをうろうろしているようです。何を探っているのかまでは定かではありませんが」


「それを、どこで?」


「王都で小耳に挟みました。既にご存知の通り、私はアンダーソン侯爵と関わりがあるので」


「なるほど」


師匠(ガゼル将軍)の伝であれば、中々に信憑性がある。


なにせ、師匠は軍部・騎士団双方と深く繋がっているのだから。


とはいえ鵜呑みにするわけにもいかないから、現時点で最優先事項として私が直接確かめようと思うぐらいには……だが。


「分かりました。ですが、何故その情報を私に?


それが、重要にして一番の疑問だった。

私は、あくまでただの侍女。

お嬢様の目となり耳となっていることを知るのは、限られた人だけだ。


「今回の情報は、至急確認いただきたい。だからこそ貴女に一番に伝えるべきだと思いましたが、違いますか?」


「ですから、何故私だと?」


再度の問いかけに、ディーンは困ったように笑う。


「貴女の動きを見ていれば、分かります。貴女のそれは、武を修めた者のだ」


「それは……」


「私とてアンダーソン侯爵に師事していましたから、それぐらい分かります。それに貴女の性格を考慮すると、お嬢様のためにその力を存分に使っているのではないかと」


「……それなら、護衛の方が相応しいのではないでしょうか」


「おや、護衛ではないのですか。私は貴女の働きがどういった類のものかまでは言及していませんが」


やられた。

確かに、目の前の男は私が何をしているかまでは言及していなかったのに。

墓穴を掘るとは、正にこのことだ。

……そんな私の内心が伝わったかのように、ディーンは笑みを引っ込める。


「言葉が過ぎました。……重ねて言いますが、貴女の動きを見れば、貴女がどんな類の武を修めたのかも見当がつきます。ふとした時の視線の動かし方、足の運び……そういったもので。そこから考えると、護衛というよりかはお嬢様の目となり耳となっていると考える方が納得できる。そう予想したまでです」


「………左様ですか」


私の力不足なのか、それとも目の前の男が鋭過ぎるのか。


「貴方は、一体どのような道を歩まれて来たのでしょうね」


いずれにせよ、真っ当じゃない。


私の力不足だとしても、ただ武を囓っただけの男に気づかれるまでではない。

それこそ、師匠のように天性の才を持って武を何十年かけて磨き上げた者か。

それとも、私のような類のものと対峙したことがあるか。

それならば、動きを見られただけで看破されるのも頷ける。


普通に考えれば、目の前の男は後者。

だからこその、問い。


一体……商業ギルドに所属する商家の息子が、そのような手合いのものたちとどうすれば渡り合わなければならないような場面となるのか。


私の問いかけに、目の前の男は笑った。


その瞳に、陰りを見せつつ。


「……まあ、良いでしょう。貴方は、お嬢様に知らせておいてください」


これ以上、この男自身に問いかけても仕方ない。

会話の中で尻尾を掴ませるほど柔ではないのだから。

私の返答に、男は少しだけ意外そうに目を丸めた。


「てっきり、貴女自身が確認してからお伝えするものかと」


「勿論それもします。ですが早めにその情報はお嬢様のお耳に入れた方が良いと判断したまでです。……そんなに、意外でしたか?」


「ええ。貴女のことですから不確定な情報でお嬢様の御心を煩わせるなんて、と仰りそうですから」


「……否定はできません」


確かに、以前に私ならそうしていたかもしれない。

否、十中八九そうしていた。

……けれども。


「お嬢様は自身の両の足で立たれ、力強く前進されています。仕えている身で、大した理由もなく立ち塞がる訳にはまいりません」


お嬢様と教会で話していた、あの時。

正直、鳥肌がたった。

お嬢様の覚悟を、この目で見た気すらした。


同時に、ディタとの会話を思い出した。

あの、真夜中の密会でのそれを。

私の役割は、お嬢様を真綿で包むことではない。

……付き従い手足となり、時に目や耳となること。

御身を守りたいと道を塞ぐのは兎も角、誤っても目や耳を塞いではならない。

それは領分を越えた行いだ。

それに……。


「貴方は、お嬢様を陥れようとする者ではないでしょう?」


私の問いに一瞬ポカンとして……けれども、男は笑った。


「ターニャさんにそう言っていただけるなんて、光栄です」


そう、言いながら。


「分かりました。ターニャさん、早急に確認と、新たな情報を宜しくお願いします」


「言われずとも」


男は踵を返し、私は私で仕事にむかうべく足を進めた。



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