ディーンの独白 弐
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それから間もなく、王宮を離れて離宮に移り住んだ。
エルリア妃は性懲りも無く命を狙って、刺客を差し向けてきた。
実戦に勝る修行の場はない。
おかげで、アンダーソン侯爵が舌をまくような成長速度で、武を納めることができた。
あまりにもしつこかったため、元締めを叩いたら、繋がりを得ることができたという副産物まで。
それはアンダーソン侯爵の地獄のしごき……もとい、愛情のこもった訓練おかげdsと、素直に感謝している。
その一方で、貪欲に知識を習得した。
そうして、箱庭の中で時を過ごした。
やがて世間で俺の存在が忘れられるようになった頃、外に積極的に出るようになった。
王宮に潜り込んで政務官の真似事をしたり、軍に潜り込んで兵士と共に訓練を受けたり。
各地を回って視察を行ったり、優秀な者を引き入れたり。
名を変えて学園に通ったり、商業ギルドに加入してみたり。
王太后も、その頃になれば俺が外に出ることを咎めることはなかった。
むしろ、好きにしろといわんばかりだった。
そして、あの日。
商業ギルドを通じてアルメリア公爵領の領官の下っ端の仕事を受け、潜入した。
そこで出会った、アルメリア公爵令嬢であるアイリス。
彼女と出会ったあの日から、俺の世界は色付いた。
殺伐として、薄っぺらい笑みを貼り付けた者だばかりいる中、彼女は少女のような笑顔を見せ、この世の不条理に怒り、そして己の力が足りないと涙を流す。
幼い者のような感情の豊かさを見せると思えば、歯を食いしばり、様々な気持ちを押し殺して政務に打ち込む。
自分にない新たな考えを披露し、理想を追い求めてただただ前を見て走り続ける。
その全てに、心惹かれた。
ドロドロに甘やかしてしまいたくなるし、他に心奪われるなと胸の中に閉じ込めてしまいたくなる。
その度に、自分を戒める。
忘れるな、俺にはあの王と同じ血が流れているのだと。
きっと、アイリスは母のようにならない。
彼女の生家は、国内屈指の貴族であるアルメリア公爵家。
おまけに、彼女自身それ相応の教育を受けている。
彼女は一度婚約破棄を受けているが、それも第一王子との婚約となれば、そんな醜聞は吹き飛ぶ。
逆に言えば、それだけのインパクト・男の地位がなければ醜聞は付いて回る。
彼女が結婚を望んだとき、選択肢としては他国に嫁ぐか第一王子婚約か。
そんな訳でルディの言った通りアルメリア公爵家としても、勿論俺としても、互いに利のある婚約となるだろう。
けれども、誰が好き好んで愛する者に修羅の道を共に歩いてくれといえようか。
エルリア妃との決着がつく前に彼女を強引に迎え入れたとして、間違いなく彼女は狙われるだろう。
王太后の計らいによって建国記念パーティに参加し、名声を回復しただけで邪魔者扱いし、実際に手の内の者を差し向けたぐらいなのだから。
……何より、一度手に入れてしまえば最後、俺は王と同じようになるかもしれない。
彼女の翼をもいで、王宮という鳥籠に押し込めて。
俺だけを、見ろと。
縛り付けて窮屈な思いをさせて。
そうしてしまえば、俺の愛する自由な彼女はいなくなる。
我ながら、矛盾していると思うが。
いずれ、俺は王族として表舞台に立つ。
そしてそのときは遠くない。
その時が、きっと最後だ。
だから、 もう少しだけ。
もう少しだけ、我を通させてくれ。
遠くない先、装置になりきってみせるから。
そのときまで、人でいさせてくれ。
人らしい気持ちを教えてくれた彼女から離れる、その時まで。