帰還
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「やっと、帰れたわ……」
私は万感の思いを込めて、そう呟いた。
……本当に、長かった。
シーズンと比べれば、今回の私の王都の滞在期間はそう長くない。
それでもそう感じるのは……恐らく、あまりにも濃い日々だったからだろう。
前回帰って来た時もほっとしたものだったけれども、今回はそれ以上。
屋敷に到着すると、使用人が総出で迎え入れてくれた。
「「「おかえりなさいませ」」」
そう言った皆の表情が、泣き笑いのようなそれで、思わず私の瞳にもうっすら涙が浮かんだ。
本当、皆に心配をかけてしまったわね。
「ご無事でのお戻り……セバスめは、大変嬉しく思います。本日はどうぞ、ごゆるりとお休みくださいませ」
「ありがとう、セバス」
いつもなら書斎に直行だけれども、今日は自室にむかう。
皆の言う通り、ゆっくり休むことにしたからだ。
のんびりとターニャが淹れてくれたお茶を、ゆっくり飲む。
ふと、風がふわりと吹いてカーテンが揺れた。それに誘われて、私は立ち上がって窓辺に寄る。
そして、窓から領を眺めた。
美しい、領地。緑が溢れ、少し遠くに見える街並み。私は……この光景が、好きだ。
歴代当主が、守り育んできたそれを眺めると、私は自身に流れる血に誇りすら感じる。
ぼんやりと眺めつつ、ホッと息をついた。今回の騒動を、何とか終息させることができて本当に良かった……と。
私はまだこの地を預かることができるのだから。
「あ……そうだ。ターニャ、ライルかディダを呼んできて」
「畏まりました。どちらかへ………?」
「ええ。でも、敷地内だから安心して」
「左様でございますか。少々、お待ちくださいませ」
ターニャは部屋から出て、けれどもすぐに戻ってきた。
「ちょうど、ディダがおりましたので」
「ありがとう、ターニャ。……ディダ。少し、私の散歩に付き合ってくれない?」
「良いですよ。因みに、どこまで?」
「お祖父様のところまで、よ」
「ああ……あそこ、か。了解。姫様の行く道につき従うのが俺の役目だ」
「ありがとう。ターニャ、花束の準備をお願い。……一緒に行きましょう?」
「勿論です。すぐに準備をして参りますので、お待ちください」
そして、ターニャとディダと共に敷地内の奥……歩いて15分ほどの鬱蒼と木々が並ぶ場所まで歩いた。
ここで、歴代当主が眠りについている。何故か墓地ではなく、ここに。
その理由は、私にも分からない。けれども、アルメニア公爵領の……それも沢山の思い出が詰まった屋敷を眺めながら眠れることは、羨ましいことだと思う。
私はその中でも1番新しい墓石の前にむかった。
「……お祖父様」
私はターニャから花束を受け取って、そこに置く。
私が学園に入学する前に亡くなった、お祖父様。魔王顔のお父様とは似ても似つかぬ優しい顔つきの方だった。お祖母様の温和な方だったから、お父様は一体どなたに似たのか、甚だ疑問だ。
閑話休題。
領主代行となって、お祖父様のことが妙に思い出されて、度々ここに足を運んでいた。
誰よりも領地を愛した方だったと、思う。
私の記憶の中で、窓辺で私が領地を眺めていた時と同じように、幼い私とベルンを連れ出して領地を一望しながら誇らしげに領のことを語った方。
狸たちが蔓延るあの王宮で、よくぞ宰相を勤め上げたと思うほど柔和な方だった……というのが領主代行になりたてだった頃私は思っていた。
けれども、今は違う。
領政に携わる中でお祖父様の痕跡を見つける度に感嘆して……そして、自らを嘲笑った。
人の一面を見て、その人は“こういう人だ”と判断した愚かな自分を。
よくよく考えれば分かることではないか。お祖父様が私に見せる顔と仕事の時の顔が違うことは。しかもお祖父様とお会いできていたのは、幼い頃の自分。その印象で、お祖父様のそれを決めつけていたなんて。
私が領政の改革ができているのは、その地盤をお祖父様が作ってくれていたからだ。
それを悟ったのは、インフラの整備に着手していたからだ。あちらこちらに、お祖父様の痕跡がそこにはあった。
その指示は確かで、特に災害への対策については何年何十年先を見据えて仕事をしていたのかと私は舌を巻く。
……私が先へ先へと発展ばかりを考えていて、足元が疎かになっていたのも否めないが。
それを宰相の仕事をこなしながら行っていたのだから……本当にこの領地を愛していたのだと、感動すらした。
「ただいま、帰りました」
そう呟きつつ、手を合わせる。
領地を騒がせてしまった、謝罪。家に迷惑をかけてしまった、謝罪。そして、今後も見守っていてくださいという願い。
応えがないと分かりつつも、心の中で長々とそれらを語りかけた。
「………良し」
私は立ち上がると、振り返る。ターニャとディダが、微笑みを浮かべながら佇んでいた。
「帰りましょう」
幾分心がスッキリしつつ、私はその場を後にした。