真夜中の密会 弐
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「お前こそ、浮かない顔してんな?何だ、どっかの貴族様に嫌味でも言われたのか?それとも、久々に侍女頭さんの下でシゴかれたか?」
「それ、エルルさんの前でも言える?」
「絶対無理」
カラカラ笑う彼の横で、私は溜息を吐いた。
「いいえ、そういう訳じゃないわ。ただ……少し、悩んでいただけ」
「お前が悩み事ねぇ……どうせ、姫様関係のことだろ?」
「どうせとは何よ」
私の睨みに、ディダは“こりゃ失敬”と笑う。彼の反応に、自分が八つ当たりめいた反応をしてしまったことに気がついて、また溜息を吐いた。
「……まあ、でもそうね。貴方の言う通り、私の悩みはお嬢様のことよ」
「……姫様に、何かあったのか?」
急に、彼の声色が真剣なそれに変わった。
こういうところを見ると、やっぱりこの男にとってもお嬢様の存在が大きいのだと感じて安心する。
「貴方も、気づいているでしょう? お嬢様、王都にいればいるほど顔色が悪くなることを」
「そりゃ、な」
ディダは苦笑いをしつつ同意してきた。
「常に気を張っていなければならないから、そうなるのも仕方のないことかもしれない。けれども、お嬢様のその様子に気づいていながら何もできない自分が歯痒いのよ。貴方の言っていた、自分の及ばない大きな力というものをまざまざと突きつけられて。……私、自分の力というものを過信していたみたいね」
言葉を口にすればするほど、苦い想いが胸に広がって、つい自嘲してしまう。
「あー……まあ、その何だ。人にはさ、領分ってもんがあるんだよ」
「分かっているわよ。だから私には、どうしようもないってことは」
犯せない、領分。私にはどうしようもない、壁。それが分かっているからこそ、こんなに苦しいのだ。
「いや、分かってねえよ。例えば、俺の領分っつうのは、姫様の護衛。俺の身を盾にしてでも、姫様を守るっつうのが俺の役目であり、領分だ。……その領分だけならば、俺は誰にも負けない。誰にも、譲らねえ。例え、お前でもな」
分かっていない……そう、否定された時、私はどうしようもない怒りが心を占めてディダを睨んだ。
けれども続いた言葉に、反論しようとしていた口を閉ざす。
「なら、お前の領分は何だ?お前の役目は、姫様の側に常に在って、色んなことを助けることだろう?それは、俺にはできない。俺には、お前のように美味しい茶を煎れたり身支度の手伝いをすることもできなければ、姫様の予定を把握して管理することも、仕事の手伝いをすることもできねえからな」
「それは……そうかもしれないけれども」
「お前が努力をしているのは知ってる。師匠のところに行って護身術を学んでることも、セバスさんのところで姫様の業務の基礎を学んでいることも……お前が、自分の領分を広げようとしていることを。それは、姫様の役に立つんだから良い。けど、人一人でできる領分の広さには、限界っつうもんがある。良いじゃねえか……姫様はお前の役割をこなす奴を必要としていて、それをお前に任せているんだ。お前は、その求めに応えられるよう、与えられた領分内でできることを深めれば」
グイッと、ディダはグラスに残っていたお酒を一気に飲み干した。
「俺の言ってること、間違っているか?」
「……いいえ。いいえ……」
頭を、鈍器で殴られた気がした。
私は、過信していたんじゃない。驕っていた。
ライルとディダが護衛の力量を高めているように、メリダは料理の腕を上げているし、レーメは知識の幅を広げまたは深めようとしている。
セイもモネダも、与えられた役目を全うしようと努力していて。
皆にそれぞれ求められている役割があり、その分野で頑張っている。
「まあ、つまりなんだ。できないっつうことで立ち止まるんなら、自分のできること、できる方法で姫様を支えることを考えれば良いんじゃねえか?」
私もまた、グラスに残っていたお酒を飲み干した。
「……そうね。私は、お嬢様の御心が安らぐよう、私にできる方法で側に在るだけだわ」
それは、さっきまでの不貞腐れた想いからではない。
私にも、矜持がある。
ディダがお嬢様の護衛の役目を譲れないと言ったように、私にも、私の領分があるのだから。
「その顔の方が、お前らしいや」
そう言って、ディダはカラカラとまたいつもの調子で笑った。




