真夜中の密会
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ノック音がして、私は扉を開ける。
そこには、何故だかディダがいた。
「こんな時間に、何か用ですか?」
「……と、悪い。寝るところだったのか」
「ええ。今日はお嬢様も早くに就寝されましたし、私の仕事も早く終わったものですから」
「なるほど、な。……というか、そんな姿なのに扉を開けるなよ。もう少し、女なら警戒心を持て」
「あら、公爵家の館でそのような心配は無用かと。……それに私も多少は心得がありますから、いざとなれば実力行使致します」
にっこりと笑ってそう言えば、ディダは一瞬苦笑いを浮かべる。
けれどもやがて、真剣なそれになった。
「……その実力行使が通じない相手なら、どうする?俺は簡単にはやられないぞ?」
「そうですね……屋敷に限って言えば貴方とライルだけは、難しいですね。他侵入者で、私も手こずるような相手ならば色恋ではなく、それは命を狙ってくるような輩でしょうし。まあ……二人は一応信頼しておりますので」
じっと、視線がぶつかり合う。夜更けの今、互いが口を閉ざせば物音一つしない静かな空間で、その沈黙がとても重く感じた。
「……参った。そう言われちゃ、何もできねえな」
けれども、ディダがそう言って笑ったことで、それもあっという間に吹き飛ぶ。
「で?要件はなんだったのです?」
「いや、ライルと飲もうと思ってたんだけどよ。ライルが寝ちまったから、お前はどうかなって」
「全く……貴方こそ、こんな時間に誘うなんて。一応私は女で、変な噂をたてられても知りませんよ」
「構わないさ」
そう言って笑う、目の前の男の真意は読めない。
「ま……確かにもう遅い時間、か。明日も早いんだろう?悪かったな」
「待ちなさい」
立ち去ろうとした彼に、声をかける。
「私も、目が覚めてしまいましたし。……せっかくだから、飲みましょう。着替えるので、少し待ってください」
「おう」
そうして私は着替えて、再び部屋を出た。
今から店に行く……というのも微妙な時間帯だったため、結局私たちは使用人用の歓談室で飲むことにした。
この歓談室は使用人達全員の共有の部屋で、読んで字の如く歓談して交流を持つための部屋だ。
アルメリア公爵家はその家格に相応しい大きな屋敷を王都に持つのだか、その半分ぐらいは使用人たちの為のスペースだ。
これだけの大きな屋敷を維持し、また皆様が快適に暮らせる為には、それだけの使用人が必要ということの現れであるし、また、代々使用人を遇するこの家の方々らしい造りでもあると思う。
「何飲む?一応、これ持ってきたけど」
「……これ、マカラマ産のじゃないですか。一体、どうしたのです?」
「師匠から、ふんだくった」
悪びれもせず言ったディダに、私は思わず溜息を吐いた。
「全く、貴方という人は……」
「良いじゃないか。……師匠も、今回のことは俺とライルに悪いと思っていたみたいだから。これでチャラだ、と言ったら苦笑いしていたよ」
そう言ったディダもまた、苦笑いを浮かべている。
この男らしい気の使い方だな……と、そう思いつつ、私は無言で差し出された瓶を受け取った。
「……貴方がたの労働の対価を、私も飲んで宜しいのかしら?」
「ライルはいらないって言ってたし。何より労働、とまではいかないさ」
良く言う……と内心呟きながら、私はグラスを二つ取り出して、注ぎ始める。
二人が毎日のように、お師匠様に駆り出されていたよことは勿論知っている。そこで教官のようにお師匠様の補佐として訓練を施していたことも。
そしてその間も、お嬢様の護衛としての勤務はされていて、しかも空いた時間には領地から共に来た面々に通常通り訓練を施していたことも。
ここ最近、彼らを見かけなかったのはそれだけ仕事を彼らもまた、していたのだ。
お嬢様や旦那様が家の仕事をしなくても良いと、仰っていても。
ライルは頑なに固辞し、そして目の前の男は飄々と『師匠のところでは、遊んでいるだけだから』と嘯いて。
注ぎ終えたグラスを、私たちはそれぞれ手に持った。
「乾杯」
チンと、涼やかなグラスを合わせる音。
私たちはそれぞれ、それを口に運んだ。
甘やかで、けれども深みのある味が口一杯に広がる。
「あー……やっぱり、美味いな。マカラマ産」
「……本当に。随分良いのを貰ってきたわね」
「師匠にあるところのお酒は、全部良いものだろ。何せ、あれだけ飲むのに随分飲む酒にはうるさいから。いや、飲兵衛だからこそ……か」
笑ってそう言いつつ、ディダはグイッと残ったそれを一気にあおった。
「やっと、帰れるな」
ふと、そんなことを呟く。
「ああ、だからもう……お師匠様のところに通うのも終わったのね」
「まあ、な。支度もあるし」
「……貴方も、早く領地に帰りたい?」
「貴方“も”?」
「いえ、深い意味はないわ。それで、その答えは?」
「んー……俺の帰るところっつうか、いるところって結局姫様のところなんだよな。だから、領地に帰るっつうのもおかしな表現だ」
「確かに、そうね」
この男もまた、私のようにお嬢様にその身を捧げた一人。普段あまりにも飄々としているので、ついその忠誠心を疑うことも多々あるが。
「けど、まあ……領地に戻りてえな。姫様と一緒に、早く。ここには、色んな柵があり過ぎる。領地でのように、姫様の下にずっといることは叶わないし……何より、俺たちの持つ力じゃ及ばないような力を持つ奴らが、たくさんいるからなあ」
「貴方たちよりも、強い人なんてそうそういないと思うけれども?」
トボけてそう言えば、ディダも笑った。分かっているだろう?とでも言いだけな目をして。
「冗談よ。……そうね、王都にいると自分の力がいかに小さなものか実感するわ。私たちでは持ち得ない力……権力という名の大きな力の前では、いくら修行を積もうが太刀打ちできないのだもの」
「それなんだよな。だから、早く戻りたい。姫様の身を守る者として」
「そう、ね……」




