会談 弐
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ヴァンは、唇を噛み締めながら俯いた。
「……というわけで、私は貴方と取り引きをすることはないわね。失礼させてもらうわ」
「……待ってくれ!」
追いすがるように、席を立った私に近づいた。
けれども、側に控えていたターニャ、ライルそしてディダが私と彼の間に立ち塞がる。
「まだ、何か?」
「僕は、僕は………!」
喚き散らす彼を、私は観察するようにじっと見た。
「どうすれば良いんだ!僕を、助けてくれ……!」
助けて、くれ……ねえ。彼の言葉に、思わずクスリ笑ってしまった。
「何故、私が貴方を助けなければならないの?」
「それは……」
「私は、『心優しい』ユーリ様を虐げた『悪女』なのでしょう? 貴方も、私をエドワード様と共に弾劾したじゃない。そんな私が、何の利もなく貴方を助けるとでも?」
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
彼の助けを求める言葉を聞いて、けれども何とも思わなかった。
同情は勿論のこと、あの時と立場が逆転したことに満足することもなく。
ただただ、無。……本当に、私の中で如何に彼がどうでも良い人物だったのかが分かる。
「父が、教皇の立場を追われて。けれども、ユーリは変わらず接してくれると思ってたんだ……!なのに、急に他人行儀になって。僕のこと、いない存在かのように扱うんだ」
要するに、ユーリは彼のその後ろにある教会の力を欲していたということか。
彼の言葉を聞いて、逆にユーリに感心した。
そこまで簡単にバッサリと切り捨てるなんて、いっそ清々しいわね。
「周りの皆も、手の平を返したように僕を冷遇するんだ。僕は……」
「それが、何だと言うの?」
私は、至極あっさりとそう答える。
「愛した人が、他人行儀になった?全ての人が、手の平を返して冷遇する?貴方がそんな状況に陥っても、私は何とも思わないわ。貴方だって、私が学園を追われても何とも思わなかったでしょう?」
私の皮肉に、彼は顔を歪めた。
「……ああ、君の言う通りだ。そうだ、僕は君を追い落とした側だ。その僕が、ここに来ているなんて自分でも馬鹿だとしか思えないよ」
「あら、分かってくださっているなら結構。さっさとお引取りを」
「それでも、僕は諦め切れなかったんだ。僕を見捨てた奴らを見返したい、何もできないまま終わりたくないんだ!」
「まあ……」
彼の叫びに、私は笑った。それは、彼のことを馬鹿にして……ではない。
あんなにふんわりとした緩やかな雰囲気を持っていた彼が、変われば変わるものだなと。
顔を歪めながら必死に叫び、可能性がないと分かりながらも追い縋る今の彼からは、あの学園の頃の彼の姿は全くもって想像つかない。
「ああ、そうだ。本音を言えば、国のことなんてどうでも良い。僕は、僕を見捨てた人たちを見返したいからこそ、君のところに来たんだ……!」
「見返して、どうするの?愛を乞う?側近において欲しいと願うの?」
「……見捨てられた時点で、彼らのことなんてどうでも良い。ただ、僕は僕の為だけにそうしたいんた……!」
……なんて、利己的な考え。
けれども呆れることができないのは、私にもその考えが分かるからなのよね。現在進行形で、彼らを見返してやりたいという気持ちは確かに私の中である訳だし。
そして同時に……何て危うい。
私と彼の決定的な違いは、私の場合それが目的にはなり得なかった。それに囚われなかったのは、領民の皆のおかげ。
けれども、今の彼を見る限り……彼はそれだけが目的であり、それだけを求めている。
そのために、何が起きても辞さないとでもいうかのような剣呑な雰囲気すら、あった。
私は、もう一度彼の対面の席に座る。
「だから、私と手を組みたい……と」
彼は私の言葉に頷いた。
なるほどね……私もまた、彼らを見返してやりたいという願いを持っていると当たりをつけたからこそ、来たということか。
……けれども、残念。
「私が後押しをしたところで、既に貴方が教皇につくことは不可能だわ。それだけ、今回の組織改革は進んでいるのだから」
ラフシモンズ司祭とは、今でもやり取りをしている。彼の報告を見る限り、ヴァンが教皇につくのは不可能だ。
そもそも今回、上層部の面々はほぼ更迭ないし捕縛。教皇の世襲制からの脱却も案にあり、それはほぼ可決される見通しだ。
代わりに、枢機卿からの多数決による教皇の選出が採用される見通しだ。
「私としても貴方を推すよりも、現在辣腕を振るっているラフシモンズ司祭を支援したいわ。貴方には教会の地盤もなければ、経験も何も無さ過ぎるのだもの。このままでいけば、貴方はダリル教に残ることも難しいわね」
何せ、現在ヴァンは宙ぶらりんな立ち位置。今回の一件がなければ、次期教皇としてダリル教本部に入り経験を積んで……というところであったろうが、今はそもそも世襲制すら否定されている。
それに旧体制からの脱却を目指すダリル教にとって、彼の存在は邪魔以外の何物でもないだろう。
このままでは、ダリル教に在籍できるかどうかすら怪しい。
「……ただ、貴方を知り合いの教会に置いて貰えるよう取り計らうことは可能だわ。勿論、聖職者としてね」
以前領都の神官兼責任者に就いてくださった方には、私個人の繋がりができている。
彼になら、お願いすることは可能だ。
「一介の聖職者よ? 教皇どころか、本部に入れるかどうかも分からない。けれどもその方は周りの評判よりも、自身の目で見たものを信じる方。貴方が自身で実力を積み、示せば重用してくれる可能性もまた、あるかもしれないわね」
……さて、どうする?
その問いかけに、彼は迷いを見せなかった。