会談
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「……メリット?」
ヴァンは、意味が分からないと言いたげな表情で問い返してきた。
「ええ、メリットですわ。私が貴方に協力したとして、何かメリットはありますか?」
「メリット云々の前に、君は王国貴族としてこの国の危機を救おうという気概はないのか?」
「まあ……可笑しなことを。そもそも、私に冤罪をかけようとしなければ、このようなことにならなかったのではなくて?」
コロコロと、私は笑う。それはもう、心の底からの笑みだ。
「そもそも、国の混乱なんて今更な話だわ。次の王位を巡って貴族を含め上は真っ二つ……いえ、中立派も含めると三つ巴と言って良いのかしら? それが長らく続いた状態で国が保っていること自体が奇跡」
どう保たせているのかは知らないけれども、それを成している方々を私は本当に尊敬する。
こんな上が派閥争いなんて繰り広げてたら、民たちの生活はもっと荒んでいてもおかしくないと思うのだけど。
隣国がこれ幸いと攻め込んできても、不思議でないのだけど。
それらを全て封じ込めているのだとしたら、その手腕は本当に賞賛すべきものだと思う。
一つの領と国を比べるのも烏滸がましいことだけど、私が領の運営をするに当たって、そのトップは私一人。
反体勢力がないからこそ、今のところ強引にでも新たな施策を推し進めることができるし、指揮系統が私一人だから混乱もない。
それに対して、今この国を運営するとなると、何か行動を起こすにも敵対勢力からの妨害があるでしょうし、味方もいつ敵に寝返るか、そもそも味方なのかの疑いは常にあって。
そこを含めて、周りを上手く動かさないとならない。
そんな仕事以外のことで神経が磨り減りそうな、環境。
そして、一歩でも踏み外せば国家存亡の危機と言っても過言ではないほどの綱渡りにも等しい仕事内容。
ああ、お父様に胃薬渡してあげよう……そんなことを考えつつ、ヴァンを見つめる。
「その片棒を担いでいた貴方が、今更国の混乱を防ぎたいから、私と手を組みたい?……どの口が言ってるのでしょうか」
「僕は、国を危機に落とすようなことなどしてないよ」
「まあ、無自覚なの?……貴方、随分とエドワード様と仲良くしていたじゃない」
クスクス笑う。それが癇に障ったのか、顔を顰めていた。
「それは、同じ学園なのだから当然でしょ」
「当然じゃないから、私は言っているのよ。……あの学園は、この国の貴族社会の縮小図。共にいるのは、自然と親が同じ派閥の者同士。貴方が追っかけていたのがエドワード様かユーリ様かは知らないけれども……あそこまで常時共にいたら、誰でも思うでしょうね。“ヴァン様、引いてはヴァン様の後ろにいる教皇は、エドワード様を支持されているのだ”と」
それから言うと、私とベルンも本当に危なかったのよね。
本来は私が婚約者のため、ベルンがエド様と距離を置く筈だったというのに……まさかのベルンからエド様ないしユーリに近づいていく始末。
婚約破棄という貴族社会でとんでもないほどの瑕疵がついてでも、私を引き離しにかかったお父様の気持ちが今となっては、あの時以上によく分かる。
「貴方だって、この国の派閥争いを激化させた一人なのよ。今更国のためだと言われても、私は笑うしかないわ」
ヴァンは、一瞬目を瞑る。そして、次に目を開けた彼は悲痛そうな表情を浮かべた。
少し、言い過ぎたかしら?
「……自分の浅慮さは、よく分かった。だけど、だからこそ僕は責任を取らなければならない。これ以上の混乱を招かないように、やっぱり僕は僕のできることをしたいと思う」
「その第一歩が、私と貴方の手を組むことだと?」
迷いを見せつつ、彼は頷いた。
……前言撤回、全然言い過ぎでも何でもなかったわ。開き直った彼に、私は溜息を吐くのを通り越して、最早乾いた笑みしかでてこない。
「大きな変革を前に、組織が混乱をするのは当然のこと。それも旧体制のトップの者たちが罷免、捕縛までされる者が出ているのだから、仕方ないことでしょう」
パチン、と私は持っていた扇子を閉じた。
「そもそも、教会の腐敗は目に余るものがあったわ。貴族たちから集めたお金を、民たちに還元さず、自らの懐に収めていたわ」
「だけど、聖職者も生活があるんだ。それは……」
「仕方のないこと……と言うなら、即刻ここから出て行きなさい」
私の剣幕に、ヴァンは顔を引きつらせた。
「税金の中から少なくない額が、教会にはいっていた筈よ。……一体その金額を捻出するのに、どれだかの労力がかかることか」
納税者たちが、どれだけ大変な思いをして税を収めていることか。
それを管理し、適正な価格を振り分けるのにどれだけ大変な労力がかかることか。
領主代行として、税を軽々しく思う気持ちは見過ごせない。
「よしんばそれで足りないにしても、あんなに寄付金を募り、慈善パーティを開かせておいて、一体そのお金はどこにいっているのかしらね」
「それは……」
そんなこと、知らなかった……そう言いたそうな不満が顔に出ていた。
けれどもそれを言った瞬間、私に叩き出されると察したのか口を噤んだ。
まあ、『知らなかった』……その一言は、過去の私にも当てはまるのだけどね。
私は前世の記憶が蘇るまで、私の環境はどこか当たり前のものだと思って享受していたのだから。
今だとて、貴族としての責務を十全に果たしていると胸を張って言えるのか……それは、分からない。
分からないけれども、少なくともあの頃よりも周りが見えるようになったのは、事実。
「それに、教会はその力を随分と翳していたじゃない。先の破門騒動が良い例ね。王国としても、多少の混乱はあれど、教会が国に干渉してこないのなら王国にとってもプラスよ。……私と貴方が手を組んで表面上の平穏を得るよりも、ずっとね」




