妹来襲
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王都を出る前にと、私は街に出た。
本当は時間があんまりないのだけれども、せっかく王都に来たのだから休みがてらショッピング……という訳だ。
領地に残っている皆に、お土産でも買って帰ろうかと。
「……皆、何が喜ぶかしらね」
レーメとモネダには、何か王都ならではのお菓子かしら。
頭を使う作業だから、糖分は必要よね。
でも、メリダとセイには、お菓子をあげると何だか仕事に結びつけてしまいそうな気がするし……。
「お嬢様のお選びになったものならば、何でも喜ぶかと」
ターニャの言葉に、私は苦笑いを浮かべる。
「それが一番困るわ。せっかくあげるのだから、使い勝手の良いものだとか……その人が欲しているものが良いじゃない?」
街を歩くということで、いつものごとく少し変装をして歩いていた。
幾つかの店をまわり、候補を絞る。
でも、何か決め手に欠けるのよね……。
そんな感じで、悩みつつ歩いていた時だった。
あれ?……見覚えのある人がいる……。
「……ディーン」
まさかの、ディーンがいた。しかも、その隣には女性の姿が。
何で、ここにディーンかいるの?……というか、その隣の女性は誰?
そんな疑問が頭の中を駆け巡って、言いようのないモヤモヤが心を占める。
やだ……ディーンがどこにいたって誰といたって、別に良いじゃない。
今は契約中じゃないのだもの……どこにいようが誰といようが、自由じゃない。
そのモヤモヤを振り払おうと、自分に言い聞かせるが……中々、それは頑固に私の心に居座る。
まるで、子供みたい。
思ってもみなかった自分の独占欲に、自分で自分を嘲笑う。
ディーンが私に気付いたらしく、一瞬驚いたように目を見開いた。
その反応がまた、私をイライラさせる。
……さっさと家に帰ろう。とはいえ、ここで方向転換したら不自然だし、まだお土産が買えていない。
「……お嬢様、お久しぶりです」
「ディーン、久しぶりね。まさか、王都で会うなんて、ね。……そちらの方は?」
「初めまして。私の名前はレティと申します。兄がいつもお世話になっております」
「……兄?」
よくよく見れば、確かになるほど…ディーンとよく似た顔立ちである。
違いといえば、ディーンの瞳の色がエメラルドグリーンなのに対して、レティはペリドットのような明るい緑色という違いぐらいかしら。
「はい、そうです。私は家族が過保護なので一人では外に出れませんし、兄がそちらにお邪魔している時は、私が仕事を引き継いでいるものですから、ご挨拶できずに申し訳ありませんでした」
というか……私、間接的に彼女にもお世話になっているということよね。
ここは、しっかりお礼を伝えなければ。
「いえいえ。……よろしければ、是非ゆっくりお話をさせてください。兄がお嬢様のところでちゃんと働いているのか、聞きたいですし」
ニコリと、レティは花が綻ぶように笑った。
「お嬢様、妹の言葉は聞き流してください。お嬢様は忙しい身です、妹に時間を割いてしまっては……」
「まあ、お兄様。何か聞かれては、まずいことでも?」
「レティ……お前というやつは……」
その横で、ディーンは珍しく困ったような焦っているような様子を見せている。
こんなディーンを見るのは初めてだ。
「まあ……」
思わず、笑ってしまう。
私の笑みに、レティは共にクスクスと笑っていた。
「よろしくてよ。ここでは何ですから、どこかお店に行きましょうか」
という訳で、とあるレストランに来た。ここはアルメリア公爵家が懇意にしているところなので、バッチリ個室を準備。
街中のカフェとかで、私のことを話す訳にもいかないし。せっかく、変装をしているのだから、ね。
「改めて、初めまして。私の名前は、アイリス。アイリス・ラーナ・アルメニアです」
「初めまして、レティと申します。いつも兄がお世話になっています」
「こちらこそ、ディーンにはお世話になっているわ。私のお手伝いのせいで、貴女にしわ寄せがいってしまっているとか……本当に申し訳ないわね」
「いえ……仕事は好きですし。何より私はお嬢様のことを尊敬していますので、申し訳なく思う必要はありません」
「まあ……」
何故、この子はこんなにもキラキラと目を輝かせているのかしら。
そもそも初対面なのだから尊敬も何もないだろう。
「お嬢様がアルメニア公爵家の領地を監督してから早数年。アルメニア公爵家の経済的発展は目覚ましいものだと、聞き及んでいます。また、住み易いとのことで移住される方も多いとか。その手腕は、尊敬に値しますし、何より同じ女性として第一線で活躍されている方の話を聞くのは、何よりも嬉しいものです」
こちらの内心を読んだかのような、言葉。
可愛らしい子だけど、流石はディーンの妹……というところかしら。
「ありがとう。……そういえば、貴女も仕事をされているのでしょう?どういったことをされているのかしら」
「私は、主に書類の作成や収集された情報の整理、それから主だったところへの交渉の根回し……というところでしょうか。ですから、引き継ぐといっても、あくまで兄の仕事の裏方だけ手伝っているという現状です」
「裏方だけ、なんて。書類の作成も得た情報に基づいて交渉の根回しも、どれも根気が必要なもの。私も領主代行といっても、書類の作成や整理が仕事の多くを占めているから、あまり変わらないと思うけど?」
「いえ……お嬢様の場合、責任を持って幾つもの判断を下されています。ですから、私のそれとは全く違うと思います。ですが、そう言っていただけて、とても嬉しいです」
それから私は、レティとの会話を楽しんだ……のだが。
「ええ!?アイリス様もですか!」
「ええ、度々。やっぱり書類に何時間も向き合ってると、終わった途端頭が重くって」
「そうなんですよねー……。特に、夜にすると、朝が酷いんですよね」
「そうそう、よく分かるわ」
何故かその内容は、健康の悩みだとか、ストレス解消法だとか。
とても、十代の私たちが集まって熱心に会話を繰り広げる内容ではない……と思う。
ほら、やっぱり恋話だとか、話題の甘味屋さんだとか……女の子同士の会話って、そういうのをイメージするじゃない?
まあ、レティも仕事を引き継いでいるのは伊達ではなく、その悩みだとか話は、とても私も共感できるものだったから、ついつい盛り上がってしまったのだけど。
最早一緒に来たディーンを置き去りにして私とレティで話を進めてしまっていた。
ふと会話が途切れたところで、それまで笑顔だったレティの表情が一変、真剣なそれを浮かべる。
「アイリス様。補佐する立場の私から言わせていただきますと……アイリス様は、他の人の二倍・三倍と仕事をしていそうですね。兄で言う私のように、どなたかに仕事を割り振られて少し仕事を減らされた方が良いのでは?」
「これでも随分減らした方なのよ。……商会にも頼りになる補佐がいるし、領政に関しては家令とそれから貴女のお兄様がいてくれるし」
「まあ……兄は役に立っているのでしょうか?」
「勿論よ。貴女のお兄様は、細かいところまでよく気が利いて……それに仕事は正確。ディーンがいなければ、私はどこがで倒れてしまっていたかもしれないわね」
うん。本当に、ディーンは私の大切な右腕だ。
上手く言い表せないけれども……多分、セバスやセイ、ターニャやレーメなどは私の指示をいかに上手くこなすか、それに重きを置いている。
それは立場上しょうがないことだし、むしろ求められていることでもある。
けれども、ディーンにその縛りはない。だからこそ、ディーンは私に意見をする。
私が突発的に思いついたアイディアだとか、構想を練っているアイディアを纏め、そこからそれより効率的なものにしてくれたり実現可能なレベルまで落とし込んでくれて、それを元に私がまた意見を出す。
結果的に私一人で思い悩むよりも早く実効できたり、良いものができたり。
本当の意味で、ディーンは私の右腕……ううん、私の相棒だ。
「ええ、そうですか?……確かに、兄は細かなところをよく気がつきますけど。おかげで、私は仕事上気が抜けません」
レティの言葉に、私は思わず笑った。
「まあ……」
「レティ。そういうことは、本人のいないところで話せ」
ここに来て、初めてディーンが口を開く。
「まあ、お兄様。私は次、いつアイリス様と会えるか分からないのよ。だから、話したいと思ったことは、この場で話さないと」
「……そういえば、レティはあまり外に出られないのだものね」
「ええ。家族が過保護でして。……それに、お兄様はあちらこちらと仕事で飛び回っていることが殆どなのですが、その間、私まで離れてしまえば書類等が滞って下の者達が困ってしまいますから」
「そう……。レティは普段、王都にいるのかしら?」
「はい」
「私も、またきっと王都に来ることがあると思うわ。だから、その時に会いましょう」
人物紹介
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