009 上之宮玲奈
「この戦術は採択しにくいな」
上原中将は呟く。
「戦術と運用は確かに目を見張るものがある。 だがこのレベルの運用を、すべての士官が行うことは、相当に難しいと言わざるを得ない」
コーヒーと紅茶と緑茶と代用タバコの煙の臭いが充満する会議室の中で、玲奈はパイプ椅子にじっと座って会議の進行を眺めていた。
室内にいるのは13名。
上原中将を筆頭に、戦術士官と分析官、広報官と何人かの大佐が同席する中で、玲奈は参加者としての意見を述べるために参加させられていた。
今回の特別評価演習は望んで参加したものというよりは、パーティーでの一件に決着をつけるために根回しをして、決着をつけるためだけに実現させたものであり、すでに勝ちを得た以上は、そこですべて終わりであった。
玲奈の中では。
が、いくら根回しをしたといっても、軍隊という組織を動かしたということの大きさを、十分に理解していなかったと考えを改めなければならない。
ぶっちゃけて言えば、戦闘が終わった後の方が、軍隊は忙しいのである。
武器弾薬を、どれくらい使ったのか。
敵に対してとった戦術は有効であったのか。
戦術が有効なら、今後どのように生かしていくのか。
他の部隊が同じような運用を行うことは可能かどうか。
戦闘中にミスはなかったか、あったとしたら、それはどのような状況で発生し、繰り返し同じミスをしないためにはどのような処置を講じればよいか。
今回の特別評価演習の中で一番の問題になっているのは、どの戦術を採用するべきであったかという点にある。
前時代から日本軍は、同じ条件で部隊運用を行った際の戦闘においては、圧勝ないしは優勢勝ちするケースが比較的多い。
単に戦術の選択が上手であるだけでなく、兵士の士気と錬度が高いこととあわせて身についた貧乏性な性格がなせる業であるともいえる。
貧乏症であることについては理由もあるのだが、まずはマスコミや反戦団体などの声の大きさが一つにはあるだろう。
砲撃を一発外しただけで、官僚や市民団体などからねちねちと嫌みを言われるのは当たり前、成果を残せなければ非難の嵐で、そのうえ損害が大きければ新聞各紙がこぞってそのミスを面白おかしく騒ぎ立ててくるのだからある意味必然とも言えよう。
また予算自体も潤沢ではないことが一因にはなっている。
通常軍事予算というものは、平時でも国家予算の一割相当を消費するのだが、日本の場合は未だに一割以下、パーセントで言うなら0.44%相当でしかない。
ちなみに年間予算で一番多く使われているのは、前世期以前からずっと残っている、7割以上に相当する借金の返済と医療及び福祉にかかわる予算であったりする。
それほどまでに日本軍の台所事情は厳しいが、それゆえに一発の銃弾も無駄にしないよう訓練を重ねるので兵士自身の錬度はかなり高い。
国内での訓練中には一切の砲弾を使わずに、試射した砲弾のデータをサンプリングしたシミュレーションデータで砲撃の練習を行って、徹底的に弾薬の消費を抑えることを常日頃から行っている始末だ。
とはいえシュミレーション砲撃を繰り返していては、いざ実戦という時にデータと現実との齟齬が生じかねず、一定の品質で作られているとはいえ微妙な差異が生じるというのがデータと物質の違いである。
そのため合同演習や交流会といった名目で、定期的に他国との軍事演習が行われてその誤差修正が行われている。
ロシア軍との演習もその一環であるのだが、今回の特別評価演習については特に、円形陣の採用が問題視されている。
日本軍の基本戦術は、遮蔽物と連係プレーを利用した間接射撃を多用することだ。
自身は身を隠して、相手に有効打を与える戦術が、日本軍の基本であるが、円形陣による敵陣進撃は、損害が大きくなる傾向にあるため敬遠される。
被害は少なく、戦果は大きくが基本である以上、円形陣での戦闘は上原たちにとっても採用しがたい戦術である。
そのため、今回のような遮蔽物のない広い場所での戦闘については、小隊規模で偵察を行い、移動しながらの砲撃、回避行動をしつつ相手を誘導して2ないし3小隊で一部隊づつ撃破する等の戦法が理想であるとされている。
そうした前提があるため、今回の玲奈のとった陣形についての評価は低いものの、被害車両のステータスから敵戦車群の位置を逆算し、反撃を行う手法は分析官と同席した二名の大佐からは支持を受けている。
実際の運用においては円形陣との併用ではなく、探査プロープと高精度音響探査車両による音と砲撃煙の分析で、敵車両を探す方策にするという方向でまとまろうとしている。
「その方策がおそらくは妥当なところだろう。 今回の運用を検証してみたが、やはり被弾後の探査砲撃はリスクが大きい。」
上原中将が 手元の端末を見ながら言う。
「さらには今回、ゲスト参戦した二人のような砲撃を行えるように訓練を施すことが難しということが、一番のネックとなるからな」
上原の発言は、暗にゲストの能力が高いことを示唆している。
その能力の高さが単に、ゲスト自身のものであるのかそれ以外の要因によるのかについて、上原は言葉を飲み込んだまま総括を終えるように話をまとめていく。
今回の結果が、エンジェルが持つ能力ゆえの勝利だったのかという疑問を飲み込んだままに。
面白くありません。
総括を終え、玲奈はそのように思考する。
勝てば官軍、負ければ賊軍なんて言葉がある。
勝ったのであるからよいではないかと思考する一方で、それではいけないと戒めようとする自分もいる。
そしてあてがわれた一室でやっていることはといえば、いわゆる書類の作成なのだが、今回の評価演習における自身の評価をさらに向上させるべく、演習中に使用されたアキラの行動を今後の戦術に取り入れられるよう、具体案の作成を行っている最中である。
上原中将に指摘されたことでもあるが、敵の攻撃を受けてからの観測射撃は、被害の方が大きくなるリスクを孕んでいる。
履帯カバーや装甲の厚い部分にうまく被弾してくれたなら、今回と同じような対策も可能であるかもしれないが、現実には思い通りになるとは限らない。
当たり所が悪い場合の例としては、たとえば被弾した箇所が砲塔のある上部構造体と、履帯のある下部構造体との継ぎ目である旋回部分であった場合、その角度によっては中破あるいは大破の判定を取られてしまう。
または履帯をやられた場合でも、速度が出ていれば慣性の法則に従ってそのまま走ってしまい、上手に曲がることが出来ずに隣接車両へとぶつかって、二次被害が発生してしまう。
そうでなくともコンピューターが、行動不能と判定して車両を止めてしまう場合もある。
また、戦車には構造上どうしても、弱点となる部分が存在する。
車両の上面や底面に旋回部分、砲身やセンサーの類がそうだ。
競技戦争が普及している中で、車両自体が改良されてはいるものの、戦車というもの自体の構造は劇的に変わった訳ではない。
だからこそ戦略や効率の良い車両運用が重要視され、国防軍でも士官養成の時間の中で、車両運用と戦略・戦術の内容を中心とした教育が行われている。
その上で被害を少なくするように求められているのが現在の国防軍の実情で、それまでの先任士官たちはその実情に沿うべく努力を積み重ねてきた。
が、今回の特別評価演習で、上之宮玲奈はその前例を踏襲しなかった。
その結果戦闘には勝利したものの、彼女のとった戦術の問題点が明確になり、現在の国防軍の戦車運用には適応しにくいことが証明できたという点において、主にマイナス方面の評価を与えられることとなった。
会議の中でも指摘されたことであるが、円形陣での低速進撃、後の先とでもいえる被弾後の観測射撃は、確かに今回の戦闘で勝利を得られたが、次の戦闘でも有効に使える作戦であるかという答えには、全員が否定的な意見を述べた。
先にも述べたことではあるが、国防軍はとにかく予算がない。
戦車の運用に関しても、潤沢な予算が何処からか湧いて出るものではないので、いろいろなものをやりくりしながら日々を何とかしのいでいる。
そんな中で提示された円陣低速進撃案は、敵の標的になりながら進むことが前提になっているので、必ず被弾することがわかっている。
被弾することは敵の攻撃を食らうことであり、どこかが壊れることを意味する。
壊れた車両は修理しなければならない。
修理が無理なら廃棄するなりの方法も検討せねばならず、余計な労力と予算が必要になってくる。
実際の協議戦争にはペイント弾の使用されることが多いため、破損や故障の発生も少なくはあるのだが、上原をはじめとする上級佐官は、あらかじめ被弾が確実に発生する作戦の成立を嫌っており、そうした理由から今回の作戦の勝利は認めつつも、これからの戦術としては向いていないと判断した。
玲奈としては勝利したのであるから、自身の戦術を取り入れ、階級を一つでも上げてもらおうとの考えでいたが、その期待は裏切られる格好となった。
ならばとの考えから稟議書に起こして、自身の行為と結果とを評価してもらうべく、今回の評価演習についての問題点をどう改善するか書き起こしているのだが、これがなかなかうまくいかない。
問題点の二つが二つとも、アキラのチートすぎる能力に由来するからである。
攻撃を受けた後に反撃する。
被害をうけ、それでも戦闘に勝つ。
後の先といわれる戦い方は、その反撃速度が仕官の判断の早さに左右されやすく、また集中攻撃を受けた際の見切りと対処の難しさから、一対一ではともかく団体戦での運用がことのほか難しい戦術なのである。
今回は仕官三人ずつで、リモコン戦車大隊での対戦であったから、戦闘時の対処にそれほどのタイムラグを生じさせず、いうなればアキラのコントロールのみでほとんどの戦車の運用を済ませることが出来た。
というよりも部隊運用をアキラ一人に任せ、玲奈は指示を出すだけで、零亜にトリガーを預けて行動して勝利を獲得した。
しかしながら別のルール、大隊ではなくとも中隊以下、各戦車ごとに仕官が乗り込んでの対戦を行ったとき、そこに乗り込んだ人間の数だけ、指示と確認と連絡の数が増える。
作業の数が増えればその処理をこなすだけで、次の行動が遅れ、更に遅れたぶんを取り返そうと考えている時間が次の行動を遅らせる。
遅れた作業に対処する、遅れないように先を予測した指示を出し、どのような手段で対処していくかは、個人ごとの性格や能力によって差が出てくる。
そうなると、とても今回と同じようなスピードでの対処は出来無くなってしまう。
どんどん出てくる問題点について、どう対処して解決するか。
玲亜はそれらの問題点をどのように解決するかについていま頭を抱えている。
「いっそのこと、アキラを国防軍に入れてしまいましょうか・・・」
口にはしてみたが、その提案は却下しなければならない。
アキラは未成年であり、しかも性別が固定化されていないエンジェルである。
就職よりも先に、進学についての心配をしなければいけない身分である。
せめて性別がどちらかに固まればとも思うものの、未だに性別が決まらないのではどうにもならない。
イライラも募り、三杯目のコーヒーを口にして気分を落ち着けようとするものの、ささくれだった気持ちはなかなか治まってくれない。
改めて、今回の作戦での行動の振り返りと、見直しとを行うべく映像データを呼び出す。
呼び出したものの、文章は続かずマウスに置いた手も止まったままで、特別評価演習の動画のみが画面を占める。
3時間はある動画を、スキップサーチしながらではあるが、既に4回は見ていた。
土煙と撮影時の自軍・ロシア側双方の戦車に積まれていたカメラの角度の悪さからか、こちらが押されているようにも見えるが、実際には少しづつ、ロシア側戦車の数が減らされてる。
その動画の横で、作戦の際の各戦車の動きを示した赤と青の点が、マップの上をぐりぐりと動いている。
赤い色で、円形になって動いている国防軍。
青い色で、円を包囲するように動く四つの塊がロシア軍。
戦闘を離れてみることで、ようやく各自がどのように動いていたのかを知ることができたのだが、自軍に比べてロシア軍の動きの方に目が行ってしまいがちになる。
自分たちの動きは実際に指揮し、よく把握できているからではあるが、小隊ごとに上手に相手を取り囲むロシア軍の動きに興味が向いているからでもある。
ナボコフたちはそのセオリー通りに、国防軍への対策に小隊運用を基本とした戦術をとっている。
相手の裏をかいたという点で、玲奈はナボコフに勝利したのではあるが、上官である上原中将たちから、戦略を認めさせるという勝利を得ることはできなかった。
画面上のロシア側の戦車の数は、もうかなり減ってしまっている。
このしばらく後に国防軍の判定勝ちが決まるのだが、ステータスバーを戻してロシアの戦車が大きく四つの塊になったあたりまで映像を巻き戻す。
「・・・」
自分ならどうしたかを考え直し、目をつむって椅子の背もたれに体を預ける。
作戦中の指示は円形陣のままゆっくり移動して、ロシア軍の戦車を見つけたら攻撃する。
単純に言えばこれだけの指示で戦闘を行っていたのだが、アキラはその動きを最も効率よく運用していた。
途中で敵味方の戦車が障害にならないように動き、判定で動けなくなった戦車も障害物として利用する。
戦闘を行っていた最中には気づいていなかったが、いまさらながらに快適に作戦を遂行できていたことを思い返して玲奈の顔が険しくなる。
上原中将もこんな顔をしていたのかもしれないが、作戦中の戦車の動きが良すぎるのだ。
オンラインゲームのときから、アキラの動きは他を圧倒するものであったが、実際の戦車でも、これほどまでに運用できるとは思わなかったのは事実である。
あるいは戦車の運用であっても、オンラインゲームでも全く同じレベルで操作できるという証明にもなるのか。
「もしそうなら・・・」
再び目を開けてつぶやく。
「やっぱりなにかしらの方法で、保護なり隔離なりしないといけなくなってくるのかも・・・」
再びマウスに手を伸ばそうと姿勢を整えた時、外からドアがノックされた。
「アカネです。 お話があります」