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008 総括

 本年度の合同軍事演習はつつがなく終わった。

 もっとも瑣末なトラブルもなかった訳ではない。

 どこかで携帯食料がなくなっただの、演習の最中にウォッカを飲んでいることが分かって演習に参加できなくなった伍長がいたとか、演習後の撮影会が長引きその後のプログラム進行が変更になったなど、そうしたごたごたが数件あったが、演習自体に大きな影響を及ぼすようなものはなかった。

 もっとも各人の心理のなかでトラブルが無かったかと言われれば、首を横に振るものもいないわけではない。


 そんな一人にアレクセイ・ナボコフがいる。


 特別評価演習が日本軍の判定勝ちとなったことについて、未だに納得できないでいる。

 自軍戦車が撃破されたこともそうであるが、ほぼ同一の条件のもとで行われた戦車戦で大差をつけて敗北を喫したことが、彼自身のプライドを傷つけていた。

 男女の力量差を見せつけると大見え切った勝負で、大差をつけて負けてしまった。

 何が悪かったのか、どこで間違えたのか、思い返してみるものの負けた悔しさと勝てなかった怒りと、自身のプライドを多くの仲間の前で折られた恥ずかしさとが混ざりあった感情が、彼の心をいたぶり続けている。

 何もかも放り出して、ベッドにでも引きこもっていたいところであるが、今回の評価試験の総括を済ませるまでは、それすらも許されない。

「開始から二十分くらいまでの間の、部隊展開についてはセオリー通りに行われており、その後の配置までにかかった時間は決して問題となるものではありません」

 情報分析官の解説が続けられる。

「敵側が探索に放ったプロープも、一機を開始からおよそ四十五分の時点で無力化しており、相手側の情報を遮断する行為をきちんとこなしております」

 分析官の発言が、自身の行為を肯定しているように感じられ、心の中で吹き荒れるブリザードが幾分か和らいだように思える。

「しかしながら戦況はこの後、徐々に敵軍のペースへと変わっていきます」

 再び彼の心の中のブリザードが激しさを増す。

「円形陣のまま移動する敵軍に対して、こちら側からの攻撃が行われています。 ですが、砲撃の直後にその一団は逆に攻撃を受けています」

 大型スクリーンにそれぞれの軍の移動経路と、攻撃時の状況が表示される。

 図の中では、円陣のままでいる敵軍にこちらの一部隊が、攻撃を仕掛ける様子が再生されている。

 指揮車両の中で見ていた図だ。

 アレクセイの意図としては、探査プロープからの情報が得られにくくなった敵軍に、少しずつダメージを与えて、防御に回っている車両の数を減らしていく算段だった。

「日本側の動きを見ますと、円陣の最外延部にあたる部隊が攻撃を受けた直後、付近にいる車両六台が一発づつ発砲。 我々に被害が出たのを確認した後に再攻撃を行うように発砲を行っています」

 スクリーン上では言葉通りに、発砲の様子が線で表示される。

 また日本側の攻撃で行動不能になった部隊が赤色で表示され、地図上にひと固まりで点滅する。

 日本側の大きな円に欠けた様子はない。

 日本軍を表す円は、先ほどまでよりも速度を落として進軍を再開する。

 ただし進む方向は、行動不能になったロシア側の部隊の残骸を迂回するような、セオリー通りの動きではなく残骸に近づくような進路を取り始める。

「ここからの彼らの行動は、我々の軍事常識からは逸脱する行為が多々見られる事を念頭に置いてご覧いただきたい」

 戦車の動きが止まる。

「通常このような行動不能になった車両へは、接近しないのが常識となっています。 これにはトラップの存在を警戒することと、車両の破損からの誘爆に巻き込まれないようにする目的がありますが、彼らはこのセオリーを無視しています」

 動きの止まった日本軍は、その位置から微動だにせずにいる。

 スクリーンの端にある時刻表示は開始から2時間を回ったところだ。

 それほどの時間を微動だにせずにいるような戦闘は、これまでに一度もなかった。

 実際にナボコフも、全く動かない国防軍に対して痺れを切らし、何度か部隊を差し向けているが、相手の円陣を攻略できずに無駄に損害を増やした。

 そのため、スクリーンには国防軍の円を囲むように、ロシア軍の残骸が順次増えていく。

「ここにいたってようやく相手側の意図が明らかになった訳であります」

 スクリーンに映し出される表示は、大きな丸い円を囲むように残骸が点在している。

「演習場は見通しの良い平原が使用されているため、遮蔽物がほとんどありません。 そのため本来であれば我々のような高速戦闘を行う軍は、一撃離脱戦法を採用することで有利に攻撃ができるはずでしたが、日本側は両軍の車両の残骸を利用することで、意図的に遮蔽物を作り出し、こちらの動きを鈍らせて攻撃の予測がしやすい環境を作り上げていたのであります」

 まだ動ける車両がスクリーン上の大きな円に向かっていく。

 四つに分かれたロシア軍の車両が、四方向から時計回りに動きつつ攻撃を行おうとするものの、残骸に道を阻まれたり、有効打を与えられそうなポイントへと車両を迂回させている間に砲撃を受けて、新たな残骸となっていく。

 合間合間に相手側へ数台の損害を与えたものの、それ以上の被害を出し、結果ナボコフは判定負けとなった。

「なんともまあ、狡猾なやり方ではあるが、彼女達らしからぬ戦術だな」

 一通りの説明を聞き終えたブロコビッチ中将が口を開く。

「通常なら日本軍の連中は、戦車隊をいくつかのグループに分けてから、それぞれが他のグループのフォローをするように動かすが、今回は全く違う」

 手元の端末を操作し、玲奈たちのプロフィールを表示させる。

「一人は例のお嬢ちゃんだ、坊主が因縁吹っ掛けた例のな。 だがここまで上手な運用ができたもんかな?」

 小首をかしげながら次のプロフィールを表示させる。

「コスプレの娘っこはどのポジションにいたのか解るか?」

 隣の武官に尋ねている様子がナボコフからよく見える。

「単に砲撃担当となっています」

 尋ねられた武官は簡潔に返事をする。

「となるとあとの一人がユニットを動かして回っとったというのかな? しかしプロフィールにはエンジェルとあるが、これが事実だとするとどうしたものか」


 エンジェルという単語に反応するナボコフ。

 プロフィールを確認していなかったわけではない。

 事前の確認時には問題ないとされていた内容ではあったが、自身が戦闘に負けた後ではその捉え方に違いが出てくる。

 この件を足がかりに今回の戦闘の無効訴えを起こすことも頭の中で思い浮かべた。

 だが、思い浮かべたのみで終わる。

 戦闘自体は終わっているうえ、その戦闘が始まる前にエンジェルの存在について異議申し立てをしなかったのだから何をいまさらとあしらわれるだけである。

 自身のうかつさをただただ呪う。

 もっと厳密に相手に対して言っておくべきであった。

 男と女の勝負であるなら中途半端なエンジェルを参加させるなと。


 エンジェルと呼ばれる病状がある。


 名称自体は俗称であり、正式には「先天性性未分化症後期分化型」という。

 賊に両性具有、フタナリとも呼ばれる男女両方の性器を持ち合わせるのではなく、どちらも持ち合わせていない、男でもなく女でもない存在。

 無性別人間として生まれてくるのがエンジェルの特徴である。

 通常彼らは一般人の第二次成長期に相当する十二から十八歳くらいの年齢になると、どちらかの性が表にあらわれてくる。

 遺伝子的には正常なXY染色体をもっていながら、XX染色体で構成される女にもなることができるそのメカニズムは明らかになっておらず、新たな先天性疾患として位置づけられている。

 もっとも治療法と呼べるものはなく、単に性別が決まらないというだけで、現在に至るまで大きな問題は起きていない。

 その症状を持つ者が成人するまでに、どちらかの性別へと肉体が変わるからである。

 ただ、その変化が起こるタイミングに個人差があるため、いくつかの分野では参加が制限されている職業や団体がある。

 男女で競技内容に差のある各種スポーツ。

 女性らしさ、あるいは男性らしさの求められるファッションモデルやミスコンへのエントリー。

 放射線障害による遺伝子疾患を引き起こしかねない、宇宙開発事業への就職などいくつかの分野で就業制限があり、ロシア、日本のみならず他の国々でもエンジェルについては就業制限が存在している。

 ただし軍隊におけるそれは、主に尉官クラスでの制限であって、左官クラスでは防衛大学在学中や、軍への入隊直前までに、性別が固定されていることが多いため、あまり問題にはなってこなかった。

 今回に限ってはその問題の隙間を突くようになっている。

 上之宮玲奈はそもそもエンジェルではないし、もとから軍籍にあり、入隊時にも女性であったため問題はない。

 高岡零亜もエンジェルではないが、目の良さを買われて夏目アキラとともにスカウト参戦となっている。

 スカウト参戦とは一時的な参加、将来性を見込んでのプレ参戦としての側面が強いため、特に例外規定が多い。

 通常なら問題のある未成年者の参加も認められている。

 それゆえに、エンジェルであるアキラは一五歳でありながら参加が可能になっていた。

 もっともエントリーにあたってはロシア軍からよりも、身内である日本軍の中からの異論や問題視する声が多かったが、そこは玲奈が自身の家柄とシミュレーション結果を背景にして黙らせた経緯がある。

 実際に戦闘で勝ったため、今回の参戦に異議を唱える声は小さくはなったが、未成年者に対しての心の影響を心配をするという形での抗議は文面に残ることになった。

 が、当事者たちはあまりそのことを気にしておらず、単に普段とは違う経験をしたくらいにしか思っていないようである。

 この件で一番割りを食ったのは、ナボコフの方であっただろう。

 女に負けたうえに子供にもいいようにあしらわれ、しかも一人は半端もの。

 これからついて回るであろう汚名のことを想像し、また新たに心の中にブリザードが吹き荒れるが、そんなナボコフの心情を無視して、総括は締めくくられようとしていた。

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