007 勝利
「蹴散らせ、いざ行け~~♪ファイヤー!」
能天気な歌声が、狭い空間の中で響き渡る。
歌っているのはもちろん零亜。
曲は「とらいおん!」オープニングテーマ、「絶望を踏みにじれ!」。
敵を殺せ蹂躙せよ、気を抜いたらゾンビよろしく復活して反撃してくるからとにかく敵をぶちのめせ、といった内容の歌詞が唄われている。
軍人が唄うにはいささか問題ではないかとも考えられるが、零亜自身はそうした感覚について疎いのか、あるいはこの車両の中には三人しか乗っていない気安さからか、そのまま第二パートまで歌い始めた。
玲奈はそんな零亜の行動に慣れたとは言い切れないまでも、受け流すように努め始めたようで、モニターを凝視してじっと動かずにいる。
アキラはといえば、モニター内にいくつものウインドウを広げて、プロープから届く映像や演習場の地図、車両のステータスを見比べて続けざまに指示を出している。
国防軍の戦車隊は先ほどから位置を大きく変えていない。
先ほど攻撃してきたロシア側の車両に近づいたくらいで、以後は動きを止めている。
時々斥候に使っているのか1両ないしは2両の敵戦車が近づいてくることがあったが、零亜の砲撃は確実にロシア側の車両を捕え、その数を削っていっている。
アキラ自身も、もちろん勝つための操作を行っていた。
モニターを見ながら、自軍の車両の性能と配置を再確認し、一度全車両の動きを停止させたのがその一環である。
この時代の戦争はスポーツの延長線上にあるような性格のものとなっており、凄惨な殺し合いにまで発展することは少ない。
だからこそ、現在の戦闘はより頭の回転を速くして、いかに相手を攻略するかが求められるようになっている。
そのため各国は士官の養成を重点的に行い、更にはアキラのようにゲームを通して軍にスカウトされるものもあらわれる。
もっともその弊害がないでもない。
ゲームに慣れた、あるいはスカウトされてきた士官が陥る問題として、ゲームと同じ感覚で部隊を動かすという行為がある。
その結果というわけでもないが実践において、戦車運用をことごとく失敗する事例が相次いだ。
これは日本のみならず、西ユーロ共和国、ヨーク帝国も頭を痛めている問題であるが、実戦を知らない世代が戦車の指揮を執るうえでの問題点を解消するため、一定期間の訓練期間を設けたり、専任のサポート士官を同行させることである程度は解消できるようになった。
が、それでも一度ついた癖はなかなか治るものではない。
特に多くみられる問題点として、新任士官が操作を誤ることで発生する、自軍戦車同士の衝突事故は、未だに各国が頭を抱える問題である。
そのような事故が起きている原因が何かといえば、指揮を行うゲーマー上がりの士官が、ゲーム感覚のまま戦車を動かして速度を見誤る、あるいは撃破された戦車が戦場から消えないことに文句を言うからであった。
そのようなことはたたき上げの兵士からすれば、ただの笑い話でしかないようなことであったが、実際に被害が発生しているのだから冗談では済まされない。
戦車が被弾して動かなくなれば、ただの鉄くずになり果てるのはごくごく当たり前のことであるのだが、ゲーマー上がりの士官にとって被弾した戦車は、一定時間がたったあと戦場から消えてしまうのが常識なのである。
ゆえに、いつまでも戦場に横たわっている戦車に乗り上げたり、衝突するなどして無駄に損害を増やす傾向が見られた。
戦術士官を間において指示を出したり、訓練期間を十分に取ることでこうした弊害はある程度解消できるものの、この癖を矯正することはなかなか容易にできることではなかった。
その問題点の解消を、日本では衝突回避プログラムを組み込むことで、一応の成果を得ることができた。
要は個々の戦車が持っているセンサーに、GPSと連動させた相手との距離を測るシステムを付け加え、一定の距離にある物体に近づかないようにあらかじめ設定されてあるのだが、アキラはそのシステムを積極的に利用する作戦をとっている。
ゆえに、
「敵の砲撃きたよー。 またしても損害なしー」
零亜の間延びした緊迫感のない声が指揮車両の中でこだまする。
画面上のステータスには一切の変化が見られない。
現在自軍の戦車に向けて、ロシア側からの砲撃が一定間隔で届いているのだが、いまだに有効打と判定されていないのは、直前で弾が障害物にあたっているからである。
この場合の障害物とはロシア側と日本側、それぞれの行動不能になった戦車を指す。
そしてアキラはセンサーと障害回避プログラムが反応しないぎりぎりの位置まで戦車を残骸に近づけ、敵の砲撃を避ける盾として活用しているのである。
演習場には他にいくらかの樹木があり、それらを障害物として使えない訳ではなかったが、姿を隠すために使うにしても、戦車隊のすべてを隠せるというものではない。
それはアキラ達にしてもロシア軍にしても同じであり、だからこそ玲奈はひと固まりになって軍を動かし、アレクセイは高速機動を行って相手を捕えようと動いた。
そこをアキラはその両軍の運用の差を利用した。
戦車の残骸を盾として使えるように、戦車隊を動かしたのである。
相手の戦車兵がどのように動くかについての不安はあった。
実際に接敵し最初の砲撃を受けるまでは、相手の戦車隊がどこにいるかはまったくつかめていなかったからだ。
だが相手からの攻撃を受けたことが、位置を知るきっかけとなった。
自軍の戦車だけのものではないが、近年の競技戦争では有効打撃の有無を損傷部位によって判断するためのセンサーが車両の各所に備え付けられ、戦車の運用の指針にするために戦闘中でもモニターすることができるようになっている。
戦車に当たれば即大破、という判定が出ることは数年前まではよくあったが、センサーの感度向上と戦車のブロックごとの被弾判定ルールが採用されたことによって、一発当たったくらいでは行動不能と判断されることはなくなってきている。
もっとも有効な砲撃については被弾即行動不能にはなるのだが、砲塔部分のみの被弾があっても履帯が無事なら走行ができるし、履帯のみが被弾したなら砲塔だけ動かすことも可能といえば可能なのである。
アキラはその被弾した戦車の損傷部位から、ロシア軍の戦車がいる方向を割り出したのである。
おおざっぱに言うならひと固まりの輪になっている戦車隊の、右翼側に被害が集中していたことから相手の位置がその延長上にあると考え、更に被害を受けた戦車のどの部位に攻撃が集中していたかを分析し、ロシア軍の位置がどこにあるのかを割り出したのである。
初弾の砲撃で有効打のあったことがモニターに表示されると、アキラは間をおかずに第二射を行った。
観測射撃の応用である。
その応用を何度も繰り返すことで、国防軍はダメージを受けながらもロシア側の戦車の数を減らすことに成功している。
そのため現在のところの戦況は、大きく戦場を動いてはいないものの、国防軍有利に進んでいる。
これまでの被害は国防軍6両が行動不能であり、ロシア軍は14両が行動不能になっている。
すでに四分の一以上の車両が失われ、残る車両にも少なからずダメージを受けているロシア軍であるが、いまだ中央指揮車両の姿が見当たらずにいる。
将棋で言うところの玉将が健在である以上、玲奈たちはまだ戦闘を継続しなくてはならない。
すでに戦力に差が開きつつある状況の中で、戦闘を継続していくにはロシア軍の側は不利である。
今回の評価演習では、指揮車両を撃破することが勝利条件の一つに設定されている。
かくれんぼというわけでもないが、どこかにいるであろうナボコフの指揮車両を見つけ出さないことには、戦闘は終わらないのである。
だが戦闘の終了条件にはさらに、戦車の一定数が行動不能になった場合についても同様に勝敗が決したと判断される。
が、今現在両軍ともにその規定損害数には達していない。
あるいはもう数台、戦闘不能になる車両が出ればナボコフの負けが確定するのであるが、今はギリギリ踏みとどまっている状態である。
ここまで来てはもう、ナボコフ自身も負けを認めざるを得ないと、心が折れ始めている。
先ほど四つに分けた中隊も、十分に機能しているとは言い難い。
配置についたあと、時計回りに攻撃を始めて彼らに損害を与えたは良いが、すぐに対応されてしまい、無残な返り討ちを食らうこととなった。
ナボコフとしては移動しながらの攻撃で、日本軍の外側の車両に損害を与え、彼ら自身の被弾車両で身動きをとれなくさせてから、少しづつ相手の戦力を削る算段であったのだが、思ったようにはいかなかった。
ミッチェはナボコフの指示通り、一定の距離を保ちながら砲撃を行うようコマンド入力を続けている。
ミスはしていない。
砲弾の有効射程範囲の中で、きちんと狙いを付けた上で砲弾の運動エネルギーが最も効果を上げる範囲をコンピューターに計算させて砲撃を行った。
にもかかわらず今もまた、一台のTu22が走行不能判定となる逆撃を受けて足止めを食らい、その車両をよけるため新たなコマンドを入力している際に、二撃三撃目の砲弾を浴びせられて、後続車両が中破判定を受ける。
この繰り返しが続き、ロシア軍の車両はまた数を減らす。
さらに30分が経過した頃、ロシア側に合計20両の大破判定、8両に中破判定が出て、特別評価試験演習は終了した。
日本側は7両が大破、2両が中破したのみであり、判定により日本側の勝利となった。
「まことクンに、この勝利をプレゼント♪」
零亜が壇上でポーズを決める。
「レフティアたーーん!!」
「ラティスちんこっち向いてー!」
「てめーは丘に逝けー!」
「ZIPでくれ!」
「ハラショー!!!」
「Uraaaaaaaaa!!」
「押すな馬鹿」
「レッドだYoー!」
馬鹿騒ぎが始まり、上原中将は頭を抱えた。
勝利したことは喜ばしいことだが、だからといってこんな馬鹿騒ぎになるほどのことではない。
ないはずである。
が、どうにも今の状態から彼らをおとなしくさせるのは、どう考えても困難なようだ。
隣にいるブロコビッチ中将に助力を願おうと様子をうかがうが、集団の勢いと一緒になってハラショーと叫んでいる。
この流れを止めるにあたって、味方はいないと打ちひしがれる上原であった。