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006 アレクセイ・ナボコフ

「依然、有効命中弾なし!」


 中央指揮車両内にはいやな空気が満ちている。

 ここで言ういやな空気とは、戦車の中が汗や体臭によって臭くなっているとか、ディーゼル燃料の油臭い臭気が漂っているなどという化学反応的なもののことを言っているのではなく、各人が国防軍側に未だ有効打を与えられていない状況の積み重ねが、苛立たしく思っている状態がそのように表現されていることである。

 相手にこちら側の情報を得られないようにするため、偵察機やその関連施設や機材を潰すことは軍事上の常識であり、そのための設備や部隊も存在している。

 昔も今もそうして相手より多くの情報を獲得し、なおかつ維持することは、自軍を優位な環境に置いて相手を責めることができるため、時代が変わろうがその意義は重要視されている。

 実際の現場においても、敵の斥候や見張りを真っ先に狙い、味方の行動を有利にすることは軍人にとっての常識である。

 ゆえにナボコフは、攻撃行動を起こすに先立って真っ先に、プロープを迎撃した。

 できることならばすべてのプロープを潰したいところであるが、他のプロープの位置が把握できない以上、一つでも潰しておくことはこちらの行動の助けになるはずであると判断して撃墜、プロープの飛んできた方向から彼女らの侵攻するであろうルートの予測を立てて迎撃準備を進めた。

 ナボコフの予想通り、相手はそのルート上に姿を現す。

 もっとも1ないし2部隊くらいの戦車が姿を現すものと思っていたところに、すべての戦車がやってきたことに面喰った。

 しかしながらすべての車両がやってくるのであるならば、むしろチャンスであると思考を切り替えて指示を出す。

 こちらのプロープに映し出された映像をもとに、表示された敵車両の位置と自軍戦車の位置から有効打を与えられるポイントを計算させ、迎撃準備を整えて、1班の戦車隊に迎撃コマンドを与える。

 それで相手の戦車隊の何割かに損害を与えることができる。

 事実、そのようにして、敵戦車のうちの2両を行動不能にできた。

 だがその2両を撃ったあと、こちらの戦車隊は逆撃に晒され、1両が小破判定を受け、3両は大破と判断された。

 そして残った一両も、こちらから退避コマンドを入力中に、移動する暇もなく叩きのめされ行動不能に陥れられる。

 敵戦車50両すべてが砲撃したわけではないものの、10~20もの砲弾が一か所に降り注げば、どんな戦車だろうと一撃で沈黙する。


 屈辱であった。


 冬眠から覚めて、ほら穴から出たばかりのクマのようにのろのろと進軍する日本側の車両を見つけ、車両の構成を見ながら有効射撃を与えられる位置から、有利なポジションで一撃を加えたはずだった。

 反撃は当然あると考えていたし、それでも相手の攻撃の初弾は、当たっても軽微なものと考えていた。

 ところが実際には、初弾のほぼすべてがこちらの車両に有効打を与え、行動不能に陥れられた。

 しかも小破判定をされた最後の一両については、データを見る限りではきちんと観測射撃を行われた上で撃破されているようであった。

 プロープは潰していた。

 しかしながら、相手は観測射撃を行って砲撃を行った可能性が高い。

 どこから初弾の着弾点を見ていた?

 最初に潰したはずのプロープが、まだ生きていたのか?

 あるいは別のプロープを使って観測射撃を行っていたのか?

 全部で12の編成で動かしていたうちの一班を潰され、残りの11班でどのように攻略していくか。

 むやみに攻撃を加えて、同じように戦車を潰されてはたまらない。

 しかしながら、相手の陣形をどう攻略するか。

「同士ナボコフ、どのように攻める?」

 情報処理を行っているヒョードルが語りかけてきているが、それどころではない。

 マトリョーシカのごとく何重にも重なって、剥いでも剥いでも中心にたどり着きそうもない相手の戦車隊をどう攻略すればよいのか、いくら思考を巡らせても有効な解答が導き出せない。

 中心にたどり着くまでに、どれほどの損害を覚悟しなければならないのか。

 損害を無視した攻撃を続け、はたして成果を得られるのか。

 最初抱いていた、獲物がのろのろとやってきたなどという甘い感想を抱いていた自分が恨めしい。

 こちらの車両が圧倒的多数であれば、数に任せた攻撃を仕掛けているところであるが、編成は異なっていても車両の数が同じであれば、すでに4両失った我々が、一手先んじられている状態である。

 相手を包囲するように展開しているその他の車両を、呼び戻して再編し直すべきであろうか。

 ・・・。

 一度思考を止める。

 考えを放棄したつもりはないが、よい案が浮かばない。

「ミッチェ、ヒョードル、このまま包囲体勢で攻撃することは妥当か?」

 沈黙を続けられなくなり、二人に声をかける。

「妥当でもあり、妥当ではないとも言える」

 ヒョードルが答える。

「相手は塊になっている。 包囲体勢のまま攻撃を仕掛ければ足止めはできる。 だが我々はその状態から動けなくなる」

 紙に書かれた地図を見ながらヒョードルは続ける。

「我々の乗っているこの車両は、各部隊から切り離している。 だから地図のほぼ端にいて動かなければ、まず位置を知られないでいられる」

 地図上に示されている図では、中央付近に日本側の車両があり、それを囲むようにこちらの戦車隊が分散して配置されている。

 その地図の端、演習場の範囲の淵にアレクセイ達の車両はある。

 中央指揮車両を撃破されれば、その時点で戦闘終了となるため、距離を置いたりどこかに隠れながら指揮を執るのは当たり前の行為である。

「だが分散して戦車を配置しているため包囲網の壁は薄く、火力も弱くなる。 遠からず包囲網は突破される。 その前に敵の中央を打てれば勝てる」

 テーブルの上に広げた地図の上で、ミッチェが丁寧に戦車の駒を並べ直していく。

 地図の中央に集まった青と赤の駒は、青い色の集団を、赤い駒が囲むように配置されている。

 手作業で並べられているため、並び方に誤差はあるだろうが、素人目に見ても青い塊が大きく、周りを囲む赤い輪は薄いリングになっているのがよくわかる。

「プロープの観測結果から、相手の中央に位置している指揮車両を打てれば我々の勝利である。 だが実行するにはこの包囲網の層の薄さに問題がある」

 ヒョードルはまだ説明を続ける。

「上手に相手の指揮車両を打てれば、我々は勝てる。 しかし、相手も考えている。 塊になっている利点を生かした戦法をとってくる。 各個撃破か、順番に集中砲火を浴びせて撃破してくる」

 地図上に並べられた駒を指で弄びながら、続けられた説明は、わかりやすいものであった。

 だがそれだけに、これから取るべき戦法が限定されていくことも容易に理解できた。

 すなわち、当初の作戦通りに包囲網を維持したまま外側から徐々に切り崩していくか。

 薄くなってしまう包囲網が個別に撃破されてしまわないように、相手と同じく戦車隊を一つの塊にして、正面からの殴り合いをするのか。

 あるいはまったく違う戦法を新たに考案し、相手に挑むのか。

 どのような手段で攻めるにしろ、有利な形で決着をつけることは、難しいと言わざるを得ない。

 楽に片づけることは無理のようだ。

 ならば、それなりにこちらも無理をしなければならない。

「残った戦車隊を、大きく四つの班に編成し直す」

 言いながら、地図の上の駒を振り分けた。

 右手と左手で大きく振り分け、相手の塊を四方から囲むように配置する。

「包囲網の体制から少し配置を変えて、四方からの攻撃を行うように改める。それぞれは中隊として扱い、時計回りに攻撃を仕掛けるようにして相手の戦力を削ってゆき、中心部の指令車両を打つ」

 やることは決まった。

 次は実行に移す時だ。

 各戦車隊に移動支持の変更を促すコマンドを入力する。

 一台づつ支持を入れるのが大変であるが、三人で分担して入力を行う。


 現時点では部隊を四つに再編したのち、相手の包囲網を外側から少しづつ削っていくことに決定した。

 敵の中央を打つために、どれほど根気よく攻め続けられるかだ問題になるが、やるしかない。

 

 ミッチェは結局一度も口を開かなかった。

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