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045 接触

 砂漠の中にある街、バルメッド。

 ゲーム中、多くのプレイヤーが砂漠エリアで拠点にしている街で、ヒョードルたちが来るように指定されたギルドホールは、何の変哲もない共通ユニットの一角にある。

 規模からいえばそこそこの部類であるだろう。

 ヒョードルたちの使っていたギルドホールは、プライベートルームかパーティールームといって差し支えない規模の大きさであるが、指定されたギルドホールは家屋ないしはコンビニエンスストア店舗くらいの大きさがあった。

 ギルドホールの大きさは、そこの購入に充てた金額と維持費とが大きく反映される要素の一つであるため、所属ギルドがどれくらいの規模であるかの目安にも使われる。

「おっきいわね。 とは言っても想像していたよりは小さいみたいね。 テロリストなりに、もう少し大きなギルドホールを構えているのかとも思ったけれども」

 ギルドホールを見上げながらビクトリアが呟く。

 テロリストとはいえ世界各地で行動しているのだから、それなりに資金もあるはずだ。

 ゲームの中で自分たちを招いたことからも、全員が狂信的な思想に取りつかれているわけではないのだろうし、時には息抜きもするのだろう。

 またはゲームの中の環境を利用して、情報交換をするようなことだってあるはずだ。

 ビクトリアたち旧貴族会も同じようなことをしている。

 もちろん現実にはサインや各種の認証が必要な書類やデータがあるため、すべての情報のやり取りや確認をゲーム内回線で補えるわけではないが、それでも擬似的とはいえ直接に近い形で会話などができる環境があれば、それを利用する人たちは絶対数いる。

 テロリストのルシフェルの拠点に招かれているのだから、旧貴族会が使っているギルドホールよりは、大きなもの、それこそアパートメントくらいの大きさのものを想像していた。

 ところが来てみた先にあったのは中堅より下の、初級者よりは経験とお金のあるギルドと同じ規模の建物だったのだから、ついそのような感想になったのだろう。

 ヒョードル自身もギルドホールが思っていたよりも小さかったため、本当にここが指定された場所なのか何度も確認をしてしまった。

 これ以上無いくらい重ねて確認したうえで、目的地が目の前にきちんと存在している以上は、ここ以外に足を運ばなければならない理由は無い。

 いつまでも建物の外でうろうろしていても、なんら情報が得られる訳でもないので、中へと足を運ぶ。

 空調があるわけでもないが、扉を一枚くぐっただけで空気が変わったような感覚になる。

 何人かが入り口近くでたむろしているが、目当てのプーカの名前は見つからない。

「部屋の奥とか?」

 ビクトリアに促されて、奥へ行く。

 勝手の違う他所のギルドホールは、どうも間取りが分かりにくい。

 うろうろしていると、画面上にメッセージが飛んできた。


『奥にある、矢印の出ている扉まで来てください』


 ご丁寧にガイドアイコンまで出ている。

「親切ね」

 確かに。

 しかしながら建物の中に入って、少し経ったタイミングでこのようなガイドを表示してきた。

 今までのことがあるため、親切心だけでこのような行為を取っているのか、ヒョードルには判別しにくい。

 タイミングが良すぎると感じてしまう。

 ガイドアイコンを表示するタイミングも、あらかじめヒョードルたちが来たらガイドが出るようにしていたか、ネットで行動を見張ってそのうえで直接メッセージを送ってきたかだ。

 ここはアウェイであり、どれだけ警戒してもこちら側が有利にはなりにくい。

 出来る範囲で、深入りしすぎない程度の情報収集ができれば、まずは合格点と言えるのではないだろうか。

 これが軍の仕事のうちで、給与に反映されればなおうれしい限りなのだが。

 ともあれ足を運んだ先にある、矢印付の扉の前に立つ。

 矢印のあった先にあるのは、絨毯と見まがうような、大きな模様入りの布だった。

 別にゲーム中なのだから、どんなものを遮蔽物に使ったって構わない。

 デザインを無視すれば、海や空の模様を描いた板だって、遮蔽物に使える。

 ところがこのギルドホールの、案内された先の扉は、どこにでもあるような木の質感にこだわったドアではなく、イスラムの古い生活様式にあるような刺繍布で遮る間仕切りのようにしてあった。

 確かに内部デザインについては追加で購入するオプションを使えば、様々なものに変えられるが、わざわざこのような扉を設置した環境に遭遇したことろは、これが初めての経験だ。

 しかもこの布扉は既存のものに、手を加えた跡があった。

「わざわざルシフェルの名前とマークを入れるとは、念の行ったことである」

 誰かが暇にあかせてペイントツールで描きこんだのかもしれないが、確かにこのリンゴを咥えた蝙蝠の翼をもつ蛇の絵を見れば、ルシフェルの関係場所だとわかる。

 だとすればここが、ゲーム中で連絡のやり取りをする、本部のような場所なのだろうか?

 可能性はいくらでも考えられる。

 だがまずは、中に入るとしよう。

 プーカと会話することで、もっと多くの情報が手に入るだろうから。


「では順に話をしていきましょうか」

 プーカとの面会で、特段にトラブルが発生するなどということは無かった。

 布扉をくぐった先に、一人の浅黒い肌を持つキャラクターが一体、壁のそばに立って待っており、すぐに反応して近づいてくる。

 近くまでよって、頭の上にキャラクターネームのPoocaの文字が出ているのを確認して話しかけると、一つ頷いた後でテーブルのそばに立つよう促された。

「あらかじめ言っておきますが、こちらから提示できる情報のすべてが、あなた方の期待するような内容と異なっていたとしても、我々はなんら責任は取りませんし、保証も致しませんのであしからず」

「構わないわよ。 裏付けくらいこちらで取るし、そもそもどこまで信用していいかも未知数だしね」

「お互いに納得ができたようで。 さっそくですがメールでいただいた内容について、ご返答いたしましょう」

 自己紹介もそこそこに話が始まる。

 互いのステータス画面を確認すれば名前は解るし、ネットを通してこちらの動向をつかんでいるなら、今更誰がこのギルドホールに来るかくらい事前に把握しているだろう。

 それに、ここにたどり着くまでに、都合三時間近くたっている。

 向こうもいろいろ準備できているだろうから、いまは向こうの流れに乗っておくしかない。

「では改めまして、あなた方からのメールについて返答しましょう」

 プーカが切り出す。

「まず私たちから提示した三つの選択肢以外からの要求について、返答いたしましょう」

「・・・。」

「結論から言いますと、協力はできない。 これが私どもの出した答えです。 こんなところにまでご足労いただいておきながら申し訳ありませんが、かといってすべてに対して協力できないわけではないことを、付け加えておきましょう」

「もったいぶった言い方をする。 つまりこちらの要求に対しては、一部しか飲むことができないと、そちらの言い分はそういうことになる」

「間違っていませんね。 ですが、あなた方にも覚悟と協力をしていただけなければ、このやり取りも成立しなくなる。 これは絶対条件でもあります」

「だけどもいいかしら? そもそも私たちがあなたたちのことをどこかに漏らせば、それだけで取引以前に、テロリストとしての活動も出来なくなるんじゃないの?」

「そうした気遣いはありがたく受け止めます。 ですがそのような行動に出ますと、あなた自身が商機を失うこととなりますが、その点の配慮はいかがでしょう? 私どもは、それこそあなた方の言うテロ活動を継続させるためなら、このゲームの中のアジトなんて三十秒後には放棄できるし、痕跡すら消すことだってできるのですから」

 ゲームのアバター越しにであるが、やり込められて悔しがっているような、そんな雰囲気がビクトリアから感じられた。

 だがそんな雰囲気を和らげるように、プーカは新たな言葉を発する。

「ですがあなた方が、こちらに対して無茶な要求をしないことと、こちらからの要求に誠意をもって答えていただけるのであれば、我々ルシフェルはよい商売相手にも、良き友人になることだってできるということを、ここで明言させていただきます」

 と言ってプーカは胸元に右手を当てながら、こちらに向かってお辞儀をする。

 嫌味もなくきっちりとしたお辞儀に言葉を返せなくなったヒョードルとビクトリアだが、そのようなことは意に介さないといった風情でプーカが改めて語りだす。

「さて、何度も話が行ったり来たりしていて恐縮ですが、こちらに提示されました、『ルシフェルという組織のその根底にある思想と、その思想からの行動で今後どのように、ロシア軍やその他のあらゆるところにかかわっていくのか、その内情を知りたい』という問いに、答えさせていただきましょう。 長い話になりますので、いったんチャットモードに切り替えてからイスなどをご用意されることをお勧めいたします」

 どうやらこのまましばらく、回線をつないだままにしなければならないらしい。


「さて、チャットモードに切り替えていただきましたところで、話せる範囲から語ってまいりましょう」

 傍らにウォッカの瓶を手繰り寄せて、ヒョードルはプーカの話に耳を傾ける。

 画面上のビクトリアも椅子に座ったような姿勢を見せているので、似たような行動をとっているのだろう。

 向こうが提示してきた三つの選択肢、1、ルシフェルの正体 2、友人の動向について 3、電子網の監視の仕方。

 それらの選択肢と別の回答を求め、それに対して返事をもらえたことが良いことだったのか、今の時点では判断が付きにくい。

「まず、幾人かには公にしていますし、話してはいても信じてもらえていない内容ですが、改めてお伝えいたしますと、私たちルシフェルの目的は、神なる存在に抗うことです」

 この話はすでに、ミッチェの報告を通して知っている。

 国内の政情安定と合わせて神という存在に対して備えるために、各国からエンジェルをスカウトしていると。

 ただどうやら、最近の調べではエンジェル以外の人材についても、勧誘やスカウトという形で呼び込んでいるらしい。

 中には元軍人や犯罪者なども含まれている事から、まっとうなことをしでかさないと見られているため、ルシフェルおよびババルスタンという国に対しての警戒レベルは上から三番目のランクから落ちていない。

「さらにより具体的に言いますと、私たちババルスタンおよびルシフェルは、そう遠くない将来にヨーク帝国と一戦交えることとなります」

 ガタと音を立てて、ヒョードルとビクトリアがイスから立ち上がる。

 軍事的にも経済的にもとんでもない情報が出たものである。

「その情報は確かなの?」

 ビクトリアが訪ねる。

「当然でしょう。 連合国会議での振る舞いを見てもそうですし、何よりヨークは我々と違って神の使徒となることを自ら選んだ国家です。 敵対しない方がおかしいでしょう」

「だがなぜその話をここでする? 我々でなく、よりふさわしい話し相手がそれこそ様々なところにいると思えるが、何を考えている?」

「何も考えていませんし、思い付きで話をしていますよ。 いえ、少しは考えていますが、交渉ごとに長けた仲間は別のところで仕事していますからね。 上から指示されたこと以外について、どう言ったものか持て余しているところです」

 ふざけたように思える返答だが、彼なりに言葉は選んでいるのだろう。

 投げやりにも疲れているようにも見える態度で、プーカは話を続ける。

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