044 到着
ハンターズの世界は、厳しい世界だという人がいる。
ハンターズのゲームシステムは、野蛮であるという人がいる。
ハンターズの思想は、賞賛すべきものであるという人がいる。
人の意見は様々であり、どんな発言をするのもその人に自由である。
ヒョードル自身には、そういった感覚はない。
ただ楽しいゲームであり、体を動かし、他者ともコミュニケーションのとれる流行りのゲームであると捉えている。
そんなゲームのコンセプトがどんなものであれ、使えるものは使うべきだ。
だからこそ、他のプレイヤーから装備やアイテムを奪う、追いはぎコマンドだって躊躇なく使う。
いやさ、使わなければ今のこの状況から好転できない。
つい今しがた、追いはぎコマンドで入手したばかりの火薬瓶を選択し、ストームワイバーンに向かう。
ルイに向かっているストームワイバーンは、こちらに背中を向けており、狙いをつけることは簡単だった。
とはいうものの、奪った火薬瓶は、強ニトロ爆弾に比べればその威力は数段落ちる。
コモンアイテムなのだから仕方ないと言えばそうなのだろう。
だが、コモンアイテムだけに使い勝手はいい。
他のアイテムと組み合わせて使うにも相性がよく、例えば罠などの着火装置にも使われる。
しかし今こんな広い砂漠で、火薬を使った罠など設置する意味もなければ、作り上げる余裕もないヒョードルは別の用途に使う。
「火薬瓶と油壷を投げる。 油の被害にあわないよう、全員ヤツから距離をとる!」
言うなりヒョードルがストームワイバーンに狙いをつけて、油壷、火薬瓶の順で投げつける。
二つのアイテムはうまく背中に当たり、炎と黒煙が立ち上がる。
「リギャァァァァァァ!!」
炎のダメージに体をよじるが、距離を取っていた三人には接触ダメージも炎のダメージも当たらない。
その隙に先ほどから集中攻撃を受けていたルイがHP回復を行う。
ビクトリアもアイテムと、次の魔法の準備をしている。
炎が上がっているうちにもう一度油壷を投げつけ、追加ダメージを与える。
追い打ちでルイが強ニトロ爆弾を投げて、ストームワイバーンのHPが残り四分の一になる。
ビクトリアの援護魔法がかかり、防御力アップの水色のアイコンが着く。
まだ背中に炎の上がっているストームワイバーンに向かって、剣を構えて突撃。
Xボタンを押しながら攻撃。
ダメージを与えるが、HPバーは大きく減らない。
だが今のように、炎で苦しんでいる間は空に戻らず、砂の上で暴れまわっているため、このタイミングでできる限り相手のHPを削っておかなければならない。
繰り返し繰り返し剣を振るって、ようやくHPバーが残り一割ほどになる。
「ヒョードル、そろそろ気を付けて!」
ビクトリアが注意を促す。
羽がぼろぼろになり飛べなくなったストームワイバーンが、肉弾攻撃に切り替えて攻撃をかけてくる。
大顎と尻尾を振り回してくるが、空を飛べなくなった分、攻撃の範囲が左右のみに限定されて対策と防御がしやすくなり、バックステップとしゃがみ避けでかわしていく。
大剣を振るい、時に火薬瓶で攻撃を続けていき、何度目かの攻撃でようやくその巨体が倒れる。
「ヒュァァァァァァァア・・・・・・」
長く細い鳴き声を上げて、ストームワイバーンが倒されたことが、ウインドウで表示される。
「やったわねぇ。 これでドロップアイテムとカードが手に入るわ」
いそいそと近づき、ストームワイバーンのそばで「追いはぎ」を行う。
ヒョードル自身は自身の武器とアイテムの残量をチェックする。
「ねぇ、ちょっと。 こっちのアイテム重量がいっぱいになっちゃったから、そっちのバッグに移していい?」
ビクトリアが声をかけてくる。
どうやらドロップアイテムのみならず、ストームワイバーンの肉も相当詰め込んでいるようだ。
「少しくらいなら手伝うが、できるだけ早くに終わらせる。 戦闘のせいでだいぶ時間をくってしまってもいる」
時計とセンサーを確認する。
時間は問題ないレベルだが、距離がネックになる。
戦闘しながら街に近づくように走っていたとはいえ、あと三十分ほどの距離がある。
問題があるかないかで言うなら、微妙なレベルだ。
「まぁアイテムもいっぱいだし、あとは街まで走るだけだから問題はないよね」
「何事もなければ、という注釈も忘れずにいてもらえると助かる」
再度センサーを確認しつつ、街の位置と方角を改める。
「・・・急がないとひどいことになりそうである」
「え?」
ビクトリアが疑問の声を上げるとともに、ヒョードルが走り出す。
その駆け出した跡から砂柱が立ち上がる。
「ちょっとなになに!」
言いつつビクトリアも街に向かって、後ろを振り返らずに走り出す。
「あんたなに知ってたのこの状況!」
「知っていたわけではなく、このマップの製作者の意図を考えて行動している! こんな広い砂漠で大物のモンスターを倒して、それで終わる。 そんなことを、デスマップの製作者として名の上がっているTOMOという人物が、承諾する?」
「言われてみればそのとおりね。 大物モンスターと戦い、一通り弱らせてかろうじて勝った後で、さらに追加のモンスターが襲ってくる・・・」
「今後ろからきているのは、デザートクラブかドワームの類だろうと思われる。 センサーに反応が出てはいたが、画面上に姿が見えていなかったから、地中をたどってくるモンスターだと推測できる」
「だからあなた、さっさと走り出したのね!」
「それよりも、アイテムを整理することを進める。 このままだと追いかけっこを続けるだけだが、先ほどのストームワイバーンの肉をいくつか放り投げれば、奴らの足止めに使える」
「ああ、もうせっかくとったアイテムなのに!」
文句を言いつつヒョードルの言うことにしたがって、ストームワイバーンの肉を放り投げる。
後ろから砂柱の立ち上がる音がして、その後止まる。
足止めに成功したようで、センサー上のモンスターの群れが一か所に集まり、そのままそこに留まる。
「やったわ! 成功よ!」
喜びの声が上がるが、ヒョードルは気を抜かない。
「このまま警戒しつつ、街まで走る。 疲れてはいるだろうが、ここがデスマップである以上、さらに追加のモンスターがいたり、あるいは街の手前に難敵がいることもあり得る」
「・・・っ。 だからあんた、さっきの戦闘で強ニトロ爆弾の出し惜しみしたのね!」
「一度くらいならともかく、街の手前まで来て再度ストームワイバーンの襲われるなどといった事態は、さすがに嬉しくは無いのでとにかく避けさせてもらうようにする!」
掛け合い漫才のようなやり取りをしつつ、一行は時々ストームワイバーンの肉を放り投げつつ、街へと走り続けた。
二度ほどモンスターに襲われつつ、ようやく街へとたどり着く。
途中の戯言が実現しそうになりかけ、ストームワイバーンの姿が見えたときには肝を冷やしたが、さすがに城壁で囲われた街の中まではモンスターも襲ってこない。
それまで走り通しであったこともあり、一行は門に近いところで息を整える。
「まずはこの街のセーブポイントでセーブをする。 それからリアルでの休憩を挟んで、目的のギルドホールに向かうことを提案するがどうする?」
「賛成ね。 セーブしたら飲み物を取ってくるわ」
「ならばそろそろ移動して、セーブをしに行くことにする。 息も整ったであろうから、もう一息である」
ベアリングボードの上を歩き出す。
画面上に映る街並みは中東の日干し煉瓦でできた民家と、木も混ざった建築物とが混在している。
ところどころに塔のようなものが立っていて、その用途について悩みもするが、進入禁止のオブジェクトなためただの飾りなのだと割り切る。
実際に存在したのなら、その用途は見張り櫓か何かなのだろう。
そう考えを巡らせつつ、街の中にあるセーブポイントにたどり着く。
イスラムのモスクを思わせる、球形のドーム状の屋根を持つ建物が、この街のセーブポイントだ。
三人は順に中に入り、受付のあるカウンターへと進む。
NPCの受付嬢に話しかけてセーブの確認を行う。
全員がセーブを終えて、各人はようやく人心地着くことができた。