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004 作戦

 玲奈たちの戦車大隊はじわじわと進んでゆく。

「索敵範囲内、反応なし」

 アキラの一言にも美春はなんの反応も返さない。

 戦闘開始からすでに30分が経過している。

 ロシア軍の運用パターンは高速機動にあり、その流れからすれば、戦闘開始後15分頃には双方の一部隊なりが斥候として遭遇戦を行っていてもおかしくはなかった。

 だが現在までロシア軍の戦車はたったの一両も索敵範囲内に引っかからずにいる。

「いっぺん作戦変えるかなー?」

 零亜がマウスから手を放し、伸びをしながら玲奈に向って言い放つ。

「こっちの動きが読まれてるっていうか対策とられてるっぽいしー。 だとしたら待ち伏せされててもおかしくないよねぇー」

 モニターに映る各車両の位置図と、これまでの索敵で得られた地形データを見ながら、それでも玲奈は動こうとしない。

 零亜の指摘はもっともであり、相手が防御力の高い戦車にどう対応するか考えたならば、できるだけ相手の兵力を分散させて、孤立した部隊の一点に火力を集中してせん滅していく各個撃破が有効な対処法である。

 そうした対応を取られることを懸念した玲奈は、部隊を分散させずに全部隊をひと固まりにして移動させていた。

 50両を超える集団がぞろぞろと、団子状になって移動する様子はその土煙の量もあいまって壮観ではあるが、あいにくその様子をリアルタイムで見れているのは評価試験の様子をカメラを通して見ている両軍兵士のみである。

 その動きが止まる。

 玲奈がアキラを通して全車両の進軍を止めたためだ。

「気に入りませんわね」

 すべての戦車を停止させた上で美春がつぶやく。

「向こうにも作戦があることでしょうから、何らかの動きがあってしかるべきですが、相手の動向がつかめないというのは腹が立ちますわね」

 指揮車両の中で足を組みかえながら、自身のいらだちを口にする。

「アキラ、もう一度今回の作戦に使用されている演習場の地形図を出してちょうだい。 それと私たちの現在位置と進行してきたルートも同時に表示して」

 口頭での支持を受けたアキラはキーボードとマウスを操作し、指揮車両の中で一番大きなモニター上に地図と自軍の戦車の配置とを表示する。

 表示範囲はおよそ1キロ四方。

 実際の演習範囲は10キロ四方に及ぶのだが、車両の位置を中心に表示させているため現在はこの縮尺になっている。

 そして作戦範囲全体の地図はモニターの右下に別ウィンドウで表示されている。

「これって今現在のGPSの地図?」

「そう、もともとの地図にこっちの車両の位置を青で表示してる」

「ここはなぁにー? やたら広い割に変な線が入っているけど?」

「上から見た図ではわかりにくいけど、たぶん丘。 地図上の線は等高線」

 零亜とアキラの会話を気にしつつ、玲奈は自分の目で改めて地図を見る。

 国防軍とロシア軍はそれぞれ10km四方の演習場の両端から作戦を開始しているが、スタート直後に陣を動かしているのなら、当然であるが最初の位置には部隊はいない。

 玲奈たちの部隊も、指令を出す指揮車両ごとすべてひと固まりになって移動しているのでこの点は同じだ。

 ただ、同じことを相手もやっていたとしたら、どう動くかが予想できない。

 国防軍とロシア軍の戦車の性能は全く同じではない。

 ロシア軍の戦車は速度に秀で、国防軍の戦車は防御に秀でる。

 高速機動で翻弄する戦い方をするのであれば、すでに先端が開かれていてもおかしくはない。

 でありながら未だに戦闘に至っていないのは、アレクセイがその利点を自ら放棄したのか?

「この辺に隠れてるってことはないー?」

「Tu5一両くらいならできるかもしれないけど、Tu22を含めた複数が隠れるのは無理。 それにこのあたりは平地が多いからすぐに偵察プロープに引っかかるよ」

 偵察プロープ?

「アキラ、現在稼働可能な偵察プロープの数を言いなさい!」

 アキラと零亜の会話からヒントを見出したのか、玲奈が指示を出す。

 キーボードとマウスで確認されたステータスが画面に表示される。

「前方哨戒中の2機以外では、4機が待機中。 出すの? この4機出すと処理が重くなるけど」

「構いませんわ、今は何よりも敵の所在を突き止めることが先決です」

 モニターを見つめながら玲奈は続ける。

「3、4番機は演習場の最外延部に沿って索敵。 5番機は丘を、6番機は私たちのスタート地点周囲を索敵するよう設定しなさい!」

「すたーと地点? 玲奈ちんボケたのかにゃ?」

 すぱこーんと小気味いい音をたて、零亜の額に命中したローファーが床に転がる。

「御託を述べるのは後にして、今は支持された作業を行いなさい」

 カツンぺたんカツンぺたんと間抜けな足音を立てながら自ら放り投げたローファーを回収する玲奈。

 アキラは支持された作業を黙々とこなし、特に重要な情報を映していなかった別のモニターに、3番から6番までの偵察プロープの映像がウィンド表示される。

「各機、指示通りに移動開始」

 モニターに映し出されたアキラたちの戦車の集団から、赤色の矢印が指示通りの方向に四本伸びていく。

 モニターには1から6番機それぞれのプロープから届いた映像、がリアルタイム中継されている。

 しかしながら現在映し出されている画面のどれにも、ロシア軍の戦車の影は映っていない。

「敵陣の奥深くにプロープ出すならわかるけどー、スタート地点にプロープ出す意味がわかんにぇーじぇ」

 モニターを見つめながら零亜がつぶやく。

 それについて返事をする気になったようで、玲奈が零亜の方に向きなおる。

「普通に索敵する分については1、2番のプロープで事足りますわ。 しかしながら、今だに進行方向に敵影が認められない以上、相手が隠れていることを恐れなくてはならないでしょう」

 一度言葉を区切り、モニターをにらみながら玲奈に向けて言葉を紡ぐ。

「にもかかわらずこんな見通しの良い演習場で敵を見つけられない時、ゲームだったらどうしていましたか零亜?」

「んー? めんどっちいから攻略本見たり、リセットかますぞー」

 零亜の返答に明らかに落胆する玲奈。

「・・・そのような答えを期待していたのではありませんわよ。 アキラ、あなたならどうしますか?」

 質問の矛先がアキラへと変わる。

「索敵方法を変えたり、相手がいるであろう場所から外れた地点を探したりするね。 あとはちょっと想像しないような場所。 今回だとそれがスタート地点だとお嬢は考えたんだね」

 索敵プロープが映し出す映像から目を離さず返答する。

「いちばん簡単なのは索敵プロープの数を増やしたり、別の場所から情報をもらうという手段。 衛星からの情報があると便利だけど今回、GPS以外の衛星の使用は禁じられているから、限られた数のプロープと自分たちの目で確認するしかないね」

 マウスを動かし、モニターに送られてくるプロープからの映像の角度を調整する。

 プロープの移動経路を示す矢印は、それぞれが目標に定めた地点に近づきつつある。

 接敵予想地点に最初にたどり着いたのは、早くからロシア側のスタート地点と思われる地点めがけて飛ばしていた2番のプロープだが、そのプロープから送られてきた映像に、敵の戦車は予想したとおり姿はない。

 しかしながら、敵のスタート地点と想定される場所を撮影しているプロープは、そのカメラに敵戦車の履帯跡を確認している。

 この履帯跡をたどれば敵戦車の位置を捉える事が出来るのだが。

「どれをたどればいいのかにゃ? ありすぎてわっかんないぞー」

 零亜の言葉通り、大地に残った履帯跡は東西南北あらゆる方向に伸びている。

 いずれかの方向にプロープを移動させれば、敵戦車群を捕捉できるであろうが、どの方向にプロープを飛ばすかが問題だ。

 そして、今現在この敵スタート予測地点にいるプロープは、2番機のみである。

 あてずっぽうに移動させ、索敵が空振りした時の時間的損失を考えると周辺を虱潰しにあたっている間にこちらの本陣に肉迫されてしまう。

 相手より早く相手の動きを知ることが軍事上の最も重要視される鉄則である以上、いまだ敵影を見つけられず、相手の動きも予測できない中でようやく見つけた手がかりは履帯跡のみである。

 その履帯跡のみから相手の動きを予測することは困難極まりない。

 あらゆる方向に伸びている履帯跡。

 こちらがプロープを飛ばした際に、どの方向へ行ったか解らないようにするための、偽装が混じっているのは確実である。

 ではどの方向が正解であり、どの方向が偽装であるのか?

「アキラ、2番のプロープの高度を上げて旋回。 カメラの角度は水平位置に」

 新たな指示に従ってプロープを動かす。

 高度を上げていくプロープのカメラの映像の向こうに、日本ではまず見られない地平線が映る。

 ツンドラ特有の針葉樹林を遠くに確認しながら、画面の中の景色は右から左へと流れていく。

「相変わらず何にも映らないぞい」

 そんな零亜のつぶやきを無視して玲奈はモニターを注視する。

「?」

 アキラが画面を戻す。

「何がありましたの?」

「今、こっちの角度に土ぼこりのようなものが映った」

 そのように指摘されたが、拡大した映像には土ぼこりは映っていない。

「・・・プロープの向きは?」

 地図でプロープの位置と角度を見ると、現在プロープは西南西の方角を向いている。

 アキラの指摘する土ぼこりの上がった向きは、玲奈たちとロシア側スタート地点を挟んで遠ざかる方向になる。

「アライグマ戦法でもするのかにゃ?」

「穴熊ね。 でもなんでだろう? 奥に行くと機動性が生かせなくなるのに」

そのようにアキラはつぶやいたものの、戦法としてあり得るかどうかで思考してみる。

機動性を優先するということにこだわらないのであれば、ロシア側が引きこもってこちらをおびき寄せ、十全の体制で迎え撃つ穴熊戦法を採る可能性は全くないとは言い切れなくなった。

 ロシア軍がそこにいるならプロープを飛ばす意味はある。

 ただし。

「相手が何両奥に移動させたかが判別も予測もできていない今の時点でその方向を探るのは怖いね。 プロープを落とされないとも限らないし」

「あ、1番が消えた」

「!!」

 会話と2番機での索敵に夢中になっていたせいであろうが、本陣の前方を哨戒させていた1番のプロープからの映像が途絶えた。

 それまで1番機が映し出していた画面には「被弾」の赤い字が点滅している。

 映像は映っているものの画面は動かず、現在はただ地面を「被弾」の文字の間から映しつづけているのみで、アキラがマウスを動かしても反応しない。

「防御態勢! 移動しながら2番プロープの位置まで警戒索敵! 前衛に当たる車両群の指揮車両のカメラを起動、零亜がそのカメラを操作しなさい!」

 沈黙した1番プロープの進行方向に敵がいる。

 2番プロープに映った土ぼこりの存在が気にかかるところではあるが、そこから離れた1番プロープが撃墜された以上、相手が部隊を複数に分けて行動している可能性がより確実になったといえる。

「女の意地を見せてやりますわよ!」

 一人気を吐く玲奈。

「なんか悪の大幹部みたいなセリフだじぇ」

 混ぜっかえす零亜。

「地雷の反応は無し、進行に問題なし」

 部隊運用を継続するアキラ。


 3人が3人の役割を続けながら戦車大隊は前進を再開した。

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