003 開戦
「レフティアたんだー!」
「ラティスは俺の嫁!」
「てめーは丘に逝けぇ!!」
「誰か偵察プロープ!」
「Uraaaaaaaaa!!」
「カウントは10からで」
「短い! 撮影会設定希望!」
エキシビジョンとはいえ、特別評価試験にしては異様な盛り上がりかたである。
しかもまだ肝心の戦闘は行われていないにも関わらずだ。
零亜とアキラのコスプレが原因なわけではあるが、両軍から雄叫びに近い野太い歓声が上がるとは誰も想像していなかっただろう。
「まことクンのために頑張るんだよ♪」
零亜の放ったセリフを聞いた両軍の、いわゆる濃い人のあたりから再び歓声が上がる。
愛想良く手を振る零亜に引きずられる形で、アキラも周りに向かって手を振る。
歓声は、先ほどの倍になって帰ってきた。
今まで体験すらしたこともない、大勢の人の視線にさらされるという状況に、アキラはただ圧倒されている。
たいして零亜はこんな状況が慣れっこであるのか、よくわからないポーズでカメラに向かって何やらおねだりしているようだ。
どうやらカメラの角度に、注文をつけているらしい。
玲奈は再び難しい顔をしている。
ここへ来るまでの道中、零亜とのやり取りで肩の力が抜け、いい意味で戦闘に集中しようと頭の切り替えができたと思っていたところでこの歓声である。
軍事機密を盾に、演習や各部隊の行動の撮影制限を行うことは前時代では当たり前であったが、現在においてはかなりの部分が緩和され、その制限は年々緩くなってきている。
軍事演習の様子も、2~3日後にはネット配信されることも珍しくなくなった。
そして外部からの書き込みが軍の運営と戦術展開、戦略構築に役立てるための分析にかけられる。
一般にも公開されるようになってきたとはいえ、軍の関わる行動の撮影は基本的に軍の広報部ないしは情報部が行うが、お堅い雰囲気になることが毎年の慣例になっている。
が、零亜はそれをあっさりと覆した。
スポーツ中継でいうところの選手紹介のパートで思いっきり媚を売った。
いや、コスプレを前面に押し出したアピールを行った。
そしてその結果が先ほどの大歓声である。
零亜とアキラがしているコスプレは、ヘキサイズというゲームメーカーから発売されている、戦略をメインに据えたPCゲーム「とらいおん!」のキャラクターである。
ちなみに18禁のエロゲー。
零亜のしているラティスというキャラクターは、ゲームの中では主人公まことの参謀役として序盤から登場するボーイッシュなキャラクターだ。
アキラの格好も同じゲーム中に登場するレフティアというキャラクターのものであり、ラティス同様、ゲームの序盤から登場するが引っ込み思案で恥ずかしがりやという設定になっている。
どちらも赤地に白い十字架を模したデザインがあしらわれているが、ラティスのほうはショートパンツ、レフティアのほうは膝丈のスカートになっている。
エロゲーである以上、もちろんあられもない姿が存在するが、ゲームでは主人公まこととの漫才じみたやり取りも人気があり、ギャグ中心のスピンオフ作品まで作られている。
同人誌即売会でも一ジャンルでイベントが成立する、最近では珍しいヒット作。
そうした情報を知っているアキラは日本側から歓声が上がるのは一応理解ができるが、ロシア側からも歓声が上がるのはなぜだろうと首をひねる。
また、零亜とアキラの格好の由来を携帯端末で知った玲奈の顔はますます険しいものになっている。
ただひとり笑っているのは零亜のみという状況であったが、司会進行役の情報部局員に促され、ようやく演習の準備に移ることができた。
指揮車両に座り、戦場へと移動して行く。
現在の時刻は11時47分。
目的地に到着した玲奈たちは、各々の役割分担に従って行動を開始する。
アキラはすべてのデータが集まる中央指揮支援車両後部のすべてのモニターが確認できる場所に席を取る。
玲奈はその後方で自身の端末を用意し、零亜もまた同様に自身の受け持ちの車両操作端末の設定を開始する。
同様の行為はアレクセイの側でも行っているだろう。
大隊という条件は同じであるため、地形の把握と車両の展開速度が勝負のカギになる。
とはいえ条件が同じ大隊運用であっても、車両ごとの能力と編成が異なるため全くの互角であるとは言い難い。
玲奈たち国防軍の車両は88式指揮戦車8両と74式戦闘戦車40両で構成されているのに対し、アレクセイの側はTu22指揮車両12両にTu5突撃戦車36両で編成されている。
戦術は車両やその他の要素から推測することもできるが、今回の編成を見るに、アレクセイの側は指揮車両1両に対して突撃戦車を3両つける小隊編成を12個作り、数で攻める運用を行うであろうことが伺える。
対する玲奈の側は指揮車両1両に戦闘戦車5両で構成された部隊が8つある、火力に重点を置いた編成になっている。
スピードと火力のどちらが上か。
部隊の数だけなら12対8でアレクセイが上回る。
だが1部隊だけで相対したなら4両対6両で、玲奈の側が有利である。
車両ごとの特徴で言うならアレクセイの方は、突撃戦車の中でも特に足の速いTu5型をそろえている。
戦場を高速移動され、本部になる中央指揮支援車両を撃破されればそれでおしまいだ。
それに対応するにはじっと動かずに相手が動くのを待ち、火力にものを言わせて少しづつ相手の戦力を潰していくしかない。
幸いにして国防軍の戦車は装甲防御に定評がある。
戦車の自動化が進んだ恩恵でもあるのだが、人間が乗るスペースを無視できるようになったため、装甲とその防御設計に予算が割かれ、世界でも屈指の防御力を誇る戦車が作られることとなった経緯がある。
これには国防軍の性格である防御至上主義の思想によるところが大きい。
前時代より受け継ぐ思想であるが、国防軍は自ら侵略するをよしとせずに相手の攻撃を防ぎ、市民を守る軍隊としての性格が、今なお強く残っている。
対するロシア軍はと言えば、内戦やテロリストを相手にする性質の戦闘が相次いだため、長期戦を嫌い、速やかに治安維持にあたるための機動性を重視した戦術と運用を行うことが特徴といって良いほどになっている。
どちらが軍の性格として上かはわからない。
それぞれの運用思想に関わる問題であるだけに、各国ではその目的に合わせて戦車のみならず、戦闘機や艦船が開発されている。
今回の特別評価試験はまさしく、その運用思想の差異の確認が目的となっている。
防御主体の国防軍は高速運用される仮想敵に対応できるのか。
高速戦闘を行うロシア軍は仮想敵の分厚い防壁を破ることができるのか。
その問題の答えを出すために。
「準備はいいか?」
「こちらの準備は完了している」
短いやり取りがロシアの中央指揮支援車両の中でなされる。
日本の装備と比較すると1、2世代ほど遅れている車両のなかでアレクセイと二人の軍人が開始時間を待っている。
紙の地図という前時代的な装備をテーブルに広げ、その周りを三人が囲むように座り携帯端末を持って自軍の戦車を動かしている。
「確認するが、ヒョードルが全体の車両運用を行い、ミッチェが各戦車の砲撃コマンドを担当する。 私は戦況を見ながら部隊をどう運用するかの支持を行う。 問題はないな?」
アレクセイが確認を兼ねて、二人に声をかける。
ヒョードルは「大丈夫である」と答え、ミッチェと呼ばれたほうは一言も言わずにうなずいた。
二人の反応を見てアレクセイは満足する。
「それでは、あらかじめ設定した地点に各車両を移動。 事前に行えるかく乱行為は開始と同時に実行し、この中央指揮車両は所定位置まで退避して相手をやり過ごす。 相手は小隊分散して遮蔽物を目指しながら移動するはずだ。 こちらはそれぞれの小隊を各個撃破で片づけていく」
二人に向けて説明をし、反応をうかがう。
二人から反対意見などは出なかった。
ヒョードルは「その作戦を実行する」と答えた。
ミッチェはうなずいて返事をした。
時計を見ると、正午まであと一分に迫っている。
「では各自の、奮闘を期待する」
8月26日正午、戦闘が開始された。