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029 頭痛

 風邪をひいた。

 冷房が効きすぎていたためだろう。

 目が覚めてからの頭痛がひどく、ベッドから起き上がれずに唸って過ごした。

 しばらくベッドの上で頭痛が収まるのを待ってみたが、さすがに頭痛に耐えきれなくなってきたため、インターホンを通して知里川に助けを求めた。

 こうした事態はあらかじめ想定していたのか、アキラが中からかけていた鍵も外から開けられて、医務室まで背負って連れていかれた。

 自室のベッドから、医務室のベッドへと寝床を移し、診察を受けた後に錠剤を二粒飲まされてから、アイスシートを額に貼られる。

 静かな医務室でじっと寝ていると、外から掛け声が聞こえてくる。

 ランニングかなにかだろうか。

 意識を外に向けようとしたが、頭痛に阻まれて断念する。

 そしてまた、気が付かないうちにアキラは眠りについた。


「急ぎすぎているということはない無いですか? お嬢さま」

 個室内で、アカネが玲奈に進言する。

「特に急いでいるつもりはないわよ。 急いでいると言うのなら、ヨークや中華中国の方でしょうね」

 手元にある書類に目を通し、ボールペンで書き添えていく。

 本来の国防軍の訓練や執務とは別に、現在は新貴族の一員としての業務は週に一回は時間を作ってこなすようにしている。

 もともと玲奈は新貴族として国防軍に入隊して関連部隊に編入されているために、執務時間調整として週に二回未満で通常訓練を免除されることが規約に記されている。

 自身も含め、側近としての赤川アカネも同部隊に籍を置いているため、その多くの行動を玲奈に合わせて調整してもらっているが、新貴族として融通を聞かせることができる日程はできる限り少なくするように玲奈は努めていた。

 その分、一日に行う作業量は密度の濃いものとなるが、入隊から今日まで自身で決めた作業時間を大きく逸脱することなくこなしてきた。

 今までは。

 だが最近ではアキラをはじめとしたエンジェルたちの保護と隔離を新貴族の権限で始めたために、国防軍とは別に新貴族側での時間を割いて、膨らんでいく施設維持費の捻出と将来的な有用性を文章で書き起こし、関係各所にやりくりを依頼する作業に追われている。

 そのため現在のアキラたちの状況は、玲奈が国防軍の敷地を借り、玲奈が自身のおこずかいで彼らの面倒を見ている状態という表現が一番当てはまるだろう。

 おこずかいと言ったが合計八人もの人間を、国防軍の中尉として得られる給与だけでは賄えない。

 そのため玲奈は親や社交界、独立研究所や国防軍内にいる他の新貴族に応援や予算を回してもらって、月ごとに維持費を賄っていくような環境でアキラたちの保護を続けている。

 そのような表現をすると自転車操業的な、カツカツな経済状況を思い浮かべそうなものだが、意外に資金は潤沢に回っている。

 一つにはエンジェルという存在を一か所に集めることで得られる身体状況や思考、肉体の変化をデータとして収集できていることが何よりも大きい。 

 人体実験とみられる向きもあるが、統計学の視点から言わせてもらえば、比較できるサンプルは多ければ多いほど良いし、何人かは自身と同じエンジェルがそばで生活しているという環境が、心理的にプラスに働いているものもいる。

 また各人の能力の違いも、個々の能力の発現発生の差異を比較するデータになる。

 あとは意外に維持費がかかっていないことが、要因の一つではある。

 施設維持に関するあれこれを、国防軍のインフラと繋げてあるおかげで、一から水道や電気設備を敷設しないですんだことが、要因となっている。

 だがそれ以外の部分に関しては、いくつかの努力が必要になっている。

 たとえば娯楽。

 一か所にとどめ置かれているだけでもストレスがたまるのに、外へ出かけることもままならないのであれば、別のもので気をそらせてもらうしかない。

 ネットを使ってPDAやMMОのゲームをしてもらうことで、かなりストレスを解消できている面はある。

 がそれでも十分ではないのは、各人の行動を見れば明らかだ。

 宮沢などは特にその傾向が顕著で、森相手に何度か運動を兼ねた模擬レンジャー訓練に参加している。

 ほかにもいろいろあるが、不満はできるだけ解消させられるようにしておかなければ、どんな行動に出られるかわからない。

 特にこうした待ちの姿勢でいるときに、おいしい餌をちらつかせられてなびいてしまったげく、外国にエンジェルが移住するような事態になったらどれだけの損失になるだろうか。

 そう思えばこそ、このようにしてエンジェルを隔離できる環境を維持しているのだが、将来にわたって維持し続けるかと言われれば、玲奈自身もうかつに首を縦に振ることができない。

 またここしばらく、各国のアプローチがおとなしくなってきていることも、玲奈には不安に感じる。

 そうした自身の不安からくる行動が、アカネの目には気が急いて見えることになるのだろうが、だからと言ってその行動をきちんとした言葉にして相手に伝えることができるかはまた別の問題である。

 実際のところ、アカネも玲奈も何が原因で急いで作業をこなそうとしているのか、その根本の原因は何かとなると言葉に直して誰かに伝えることは難しいだろう。

「ともかく、相手に動きがないのを好機とみるか、後手に回っていると見るべきか。 最悪どちらになっても対処できるようにしておきませんとね」

 紅茶に口をつけつつ、つぶやく。

「それらの事々に関心を向けるのは結構ですが、それ以外のことにも関心を回してください」

 アカネが一通の封筒を差し出す。

「本家からです。 まずは開封して中身を確認してください」

 箔押しの封書が一通。

 嫌な予感を抱えつつ封を開けると、玲奈にとって予想通りのそれが出てきた。


「んで、自分はずーっとここで寝っ転がっとったんか」

 医務室のパイプ椅子に座って、アキラの様子をうかがいつつ北原がちょっかいをかける。

「まだ頭が痛いけど、朝よりはいい」

「ふーん。 ま、こっちもなんかおもろいもんないかーって尋ねに来たついでやけどな。 こんなとこやから、見舞いっちゅうても持ってこれるもんないし、むしろこっちが何かないかーて聞きに行ったらぶっ倒れてるいうし」

 人懐っこくなれなれしく話しかけてくる様子は、ロシアで別れて以来会っていない高岡零亜を思い出す。

 もちろん彼女とは話し方も、年齢も全く違うのだが、雰囲気というようなものが似ているなとアキラは思う。

「で、結局おもろいゲームとかなんかないん? あんまりグロくないやつ」

「PDAのゲームアプリとか、ダウンロードサイトなんかで良いの無かったの?」

「あー、ナイナイ。 言うたら自分らみんな未成年やろ? ここの設備やと全部レーティングに引っかかって、最初っからはねのけられとるんよ。 ぶっちゃけ持ち込んだゲームも遊び倒してもうたから、他の子らが持ち込んできたもんの中に、なんかええのがないか期待して声かけて回っとるんよ」

「そうなんだ、でもそうはいってもあるかどうか」

「えー、自分持ってへんのん? あのコスプレしとった『とらいおん!』とか」

「・・・ない」

「ほんまにぃー?」

「なんでそんなに突っかかるのさ。 ろくに話もしたことがなかったのに」

「いやー、なんちゅうかなー。 この間のババルスタンと華南のアレ見たやん? あの時からなんとなーく気になっとることがあってなー」

 にやにや笑いながら、じわじわと顔を近づける北原。

「ぶっちゃけあんたがアレやろ? あの女軍人さんの言うとった誘拐されかかったエンジェルいうんは」

「・・・ノーコメント」

「ほぉーう。 なら、ロシアでコスプレしとったんは誰かなぁー」

「・・・・・・ノーコメント」

「まあまあ、人には隠しときたいもんの一つや二つや十個や百個もあるやろうからそこは置いといたろ」

「百個てどこからそんな数字になるのさ」

「いややわー。 乙女にそんな秘密を聞くなんて野暮なことはせんといてぇな」

「男でも女でもないでしょうが!」

「あっはっは! まったくもってそのとーり」

「あー、だめだ、頭痛い」

「あかんでー、風邪ひいとるときはおとなしくしとらんと」

「誰のせいでこうなっているんだよ」

「さーてだれやろなー? おとなしいしとこうにも、こう暇やと何してええかわからんしなー?」

 先ほどよりもさらにニヤニヤ度を増して、アキラの顔を覗き込む。

「・・・後でで良いならなにか探すから、今は寝かせといて」

 そう言って頭から布団に潜り込むくらいしかアキラにはできなかったが、どうやら北原はその返答で満足したようだ。

「おっけーおっけー。 ほんならまたあとで部屋行くから、そんときになー」

 北原は医務室を後にしたが、アキラの頭痛はなかなか治まらなかった。

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