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028 強要

 菊池の発言の要旨はこうだ。

 現在の装備や艦船の性能なら、戦闘時間を十分以上短縮することも可能である。

 具体的には魚雷とミサイルを二秒おきに交互に射出、そのうちの一本を時限式信管にすり替えておいて、超至近距離で爆発させて直接艦船に穴をあければ、チャフなどに邪魔されずに相手の艦船を破壊できるというものだ。

「そのような手段を考えた人が、どうなったかご存知でしょうか?」

 玲奈は冷たく返答する。

「競技戦争の成立からおよそ20年が経過しています。 その間に各種レギュレーションの変更があったことは、一応は知っているかと思いますが、対戦相手に死傷者を出さないことが、現在の競技戦争の大前提になっています」

 語気が荒くなっていく。

「菊池さんにお尋ねします。 あなたの戦法を採用した際に、どれくらいの戦死者が出てきますか?」

 そう尋ねられる菊池。

「今の艦船はかなり自動化が進んでいます。 だから、当たり所が悪くても50人を超えることは無いと「最悪500人以上の戦死者が出ます」」

 菊池の言葉を遮って、玲奈が言う。

「確かに今の軍関係の装備は自動化が進み、少人数でも動かすことができるようになってきています。 ですが完全に自動化がされているわけではなく、また競技戦争では不正がないかを見張るために、ひとつの艦に何十人もの審判員が乗り込みます」

 菊池は立ったまま動かず、玲奈も菊池に顔を向けたままさらに言葉を重ねていく。

「そのうえで艦船があなたの言うように、時限式信管で攻撃を受けた場合には、艦船にミサイルが刺さったまま誘爆を起こして沈没。 作戦後の救助に当たったダイバーが沈没後の誘爆で二次被害を受ける場合もあり、結果として被害を広げることとなった場合に、そのような攻撃を行った国家は国際同盟国会議上で糾弾され、国際社会での発言権を失い資源人材、その他賠償訴訟で国土まで奪われることにもなりかねません。 あなたは国家を切り売りしてでも目先の勝利を奪いたいのですか?」

 糾弾するような言い回しになってしまっているが、玲奈の言い分は国防軍の一員としても、新貴族の一人としても譲れない一線である。

「もう一度、お尋ねします。 あなたはこの日本という国が、世界のすべての国家を敵に回してでも、たった一回の勝利に固執するべきであるとお考えですか?」

 再度の問いかけに、菊池は黙る。

「あなた自身、自分の意見は間違っていないというのであれば、それはそれで構いません。 ですがあなたの意見は国防軍、ひいてはこの日本という国の戦略目的に合致するものではありませんので、将来的にあなたの国防軍主導の保護及び関係各所への採用は難しくなると、心に留めておいてください」

 玲奈が着席を促し、菊池は席に腰を落とす。

「ここにいる皆さんにも改めてお伝えします。 今後、皆様の中から国防軍に採用される人が少なからず出てくることでしょう。 ですが自身の能力を過信するあまり、過激な行為や考え方をゴリ押しするような人は、その能力にかかわらず敵ないしは不穏分子とみなします」

 敵、と宣言され皆が黙る。

「そこまでは言い過ぎかもしれないが、まあそういうこともありうるかな」

 突然ドアの向こうから上がった声に、森と知里川が起立して姿勢を正す。

「面白そうなことをやっているので、ちょっと覗かせてもらいましたよ上ノ宮中尉」

「石川大佐・・・」

 突然の訪問者に目を丸くする玲奈。

 そんな玲奈をよそに、石川大佐は室内の様子をざっと見まわす。

「皆さん、座ったままでいいですよ。 突然入ってきてびっくりしたかもしれませんので、簡単に自己紹介しましょう。 私の名前は石川光、階級は大佐で上ノ宮中尉より偉い人です」

 にっこりと人の良い笑顔を向ける。

「ここにいる皆さんは未成年で、エンジェルと呼ばれる症例の方々である、ということですが、正直に言いまして皆さんが直ちに、戦争や何かしら厄介なことに巻き込まれるということはまずありません」

 その言葉を聞いて何人かが安堵の息を漏らす。

「ですが、何事にも絶対ということはありません。 上ノ宮中尉が皆さんをここ、御殿場演習場にかくまう事の出来る施設を作ったのはそのためです」

 やさしい顔のまま、会議室にいる面々を見渡して話を続ける。

「中にはお父さんやお母さんと一緒にいたい、学校の友達と遊びたいという人もいると思います。 ですがいま、ここのスクリーンでも見ていたような戦争が、どんどん起きようとしています。 エンジェルというだけで戦争の原因になってしまうということはあり得ます。 なので皆さんにはここにいる上之宮中尉の言うことをよく聞いて、自分のことだけでなくお父さんやお母さん、友達やそれ以外の多くの人も守ったり、助けてあげられるようになってほしいというのが、おじさんの正直な感想です」


「なーんかいい具合に言いくるめられた気ぃしてしゃーない」

 各自の居室があるペーパーハウス棟に戻りがてら、北原が愚痴をこぼす。

「なー、自分らもそう思えへんかったか?」

「・・・止められたのが悔しい」

 振り向きざまの問いかけに、宮沢がぼそりと言う。

「あの扉のところで止めた人、エンジェルじゃないはずなのに、何でこっちの動きを止められるんだよ。 エンジェルの身体能力ってそんなに高くないのか? それとも何か別の・・・」

 ぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまったようで、歩きながら自問自答を繰り返す。

 そんな宮沢に見切りをつけたのか、今度はアキラに話を振る。

「自分はどうなん? 事細かに解説しとったけど」

「え? あー、そのよくわかんないっていうか、どうしたもんかなって、思ったり思わなかったり」

「どっちやねん! しゃんとせぇしゃんと! っていうか戦争の原因になるかもしれないからエンジェルを隔離しました! いつまでかはわからんけど、ここにおってな。 っていつまでここで暮さなあかんねや!」

 人目もはばからず、大声を上げる。

 双子と一番最初に答えさせられた川畑がびっくりした様子で、廊下の端を歩いて自室に向かう。

「ごめん、ちょっといいかな」

 菊池が話しかけてきた。

「なんなん、あんた。 今度は個々の人間を皆殺しにする計画たてようってか?」

 北原の口調にムッとしつつ、菊池はアキラに目を向ける。

「そっちに君に、用があるんだ。 夏目アキラくんだったけ? あれだけ正確に海戦の様子を開設できるなんて、普通はできない。 君自身はそういう兵器の情報をどうかできるエンジェルなのか? もしそうなら、協力してほしいことがあるんだ」

「へ?」

「一緒に、戦争の方法を変えてみないか? 大人は競技戦争とか言ってるけど、ただ殺し合いが怖いだけだ。 昔の戦争はもっと人が死んでたんだ。 今更かっこつけて人が死ぬのが嫌だから、ケンカの上手な人に戦争を任せましょうなんて、おかしいと思わないか? 戦争なんだから、みんなでやんなくちゃだめだ! みんなで一斉に死ぬほど怖い目に合わなかったら、ずっとみんな勘違いして殺し合いがないのが当たり前になって腑抜けになってしまう。 一緒に戦争や、国のあり方を変えよう! な、いいだろ」

 一気にまくしたてるが、アキラは実のところ半分も耳に入っていない。

 勢いよくまくしたてられて頭の中にその内容が入っていないこともあるが、相手の目が怖かった。

 上から押し付けるような目。

 自身が間違っていないと思い込んでいる眼

 絶対に相手が自身の言うことに賛同すると考えている瞳。

 だからアキラは。


 その場から逃げた。


 走ってたどり着いた自室で、後ろ手に鍵をかける。

 ベッドに倒れこみ、布団をかぶる。

 が、すぐに布団をめくってリモコンを捜し、エアコンのスイッチをオンにして冷房をかける。

 冷気が出たのを確認して、改めてベッドの中で布団をかぶる。

 心臓の鼓動は早く、顔色もよくない。

 菊池の言いようと態度は、中学生の出来事を思い出させる。

 クラスの全女子がのばした手。

 押さえつけられ、むき出しにされる下半身。

 笑い声。

 好奇心と憐れみと、いろいろな感情の混ざった視線。

 それでいて、自分たちは何も間違ったことをしていないと開き直る態度。

 菊池の態度から思い出された、あの時の悪夢。


 何も考えたくない。

 誰にも会いたくない。

 

 部屋に閉じこもったまま、食事もとらず、そのまま布団にくるまり、心が落ち着くまでずっとそうしていた。

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