026 通達
午後四時。
国防軍御殿場演習場内に設置された、ペーパーハウス群から少し離れた場所に設置された会議室に、この施設を利用している人々が集められる。
上ノ宮玲奈、森大輔、知里川三樹也たち国防軍の面々。
そして夏目アキラをはじめとした、玲奈主導で国内から集められたエンジェルたち。
合計十一人がこの会議室に集合するのは、アキラがここに連れられてから、初めてのことである。
「改めましてこんにちは。 何度か会っているから今更かとも思うけれども、国防軍の知里川曹長です。」
少しおどけた調子で知里川が自己紹介をする。
「すでに何人かは面識があるし、お互いの部屋を行き来している人もいるけれども、初対面の人もいるから改めて聞いてくださいね」
学校の先生のような口調で話を続けるが、それも仕方のないことである。
何しろ目の前にいるエンジェルたちは、最年長のアキラを除いては皆中学生前後の年齢なのだ。
知里川達が普段上官との間で使っている軍人言葉では、彼らに威圧感しか与えない。
ある程度砕けた物言いができるという点で、知里川の話術に期待が持たれている。
「事情を知っている人もいるかもしれないけれども、改めて説明しますが、ババルスタンと華南共和国との間で協議戦争が行われます。 戦闘の行われる理由を調べた人はいますか?」
訪ねてみるものの、だれも手を挙げたりしない。
「あー、そこは調べてもらっていると嬉しかったかな。 あるいは調べてあるけど手を挙げるのが嫌な人もいるかもしれないけれど説明しますが、まず華南共和国から亡命と言って、この国がいやだから別の国に行きたいという人がいます。 彼らはババルスタンという国に引越したいと言いましたが、華南共和国は許しませんそれはダメと言って、彼らが国外に行ってはダメですと華南共和国から出られないようにしてしまいました」
スクリーンに地図が表示され、華南共和国とババルスタンがそれぞれ赤と青で表示される。
「さて、ここでみんなに質問です。 華南共和国とババルスタンが戦争をしようとしています。 遠くの国でのお話です。 なのに何でみんなは今ここで、外国の戦争のお話につき合わされているんでしょうか?」
テーブルに両手を置いて、知里川が会議室を見渡す。
当然というか、手をあげたり自分から発言するものはいない。
「ちょっといきなりすぎたかもしれないけれども、ここはあえてきちんと答えてもらおうかな。 はい、夏目アキラくん答えて!」
唐突にアキラを指名する。
びっくりしているアキラを何人かが横目で見る。
こんな風に目立ちたくはないのにと思いつつ、イスから立ち上がる。
「華南とババルスタンとの間で、エンジェルの取り合いになっているからです」
「そうです、その通りです。 ありがとうアキラ君、座ってください」
促されてイスに座る。
「また他の人にも答えてもらうかもしれないので、しっかり話を聞いていてくださいね。 いま答えてもらったように、華南とババルスタンとでエンジェル、つまりみんなのような人を取り合いしてケンカになりました。 だからその解決のために競技戦争をして決着をつけようというのが今回の概要です」
スクリーンに体を向け、表示された新たな画面にみんなの視線が集まる。
中国語で書かれた新聞記事と、アラビア語で書かれた新聞記事が並べて表示される。
「どちらも今回の内容を報じた、それぞれの国のニュース記事です。 まあ、どっちも自分たちが正しいと言っている内容だと、そう思っていて間違いないです」
もう一度座っている面々に向き直る知里川。
「ちなみに読める人はいますか?」
声掛けと同時に一人が軽くうなずくのを、森と玲奈が再確認している。
もともと自身が連れてきているエンジェルたちなのだから、その能力については把握しているが、この場でのやり取りは再確認という意味合いのほうが強い。
「どんな内容か知りたい人は、あとでネットも確認してみるといいけれども、ようは華南とババルスタンとの間でのエンジェルの取り合いという事。 そして悲しいことに、今後こうしたことは日本とどこかの国の間ででも起こる可能性があります」
日本でも起こり得る。
知里川ははっきりという。
「今、世界のいろいろな国が、エンジェルの取り合いを始めようとしています。 だからみんなも外国に連れていかれてしまう事があり得ます。 誘拐されたり連れ去らわれたりしてしまう、そんなことが起こるかもしれません」
机から手を放し、リラックスした姿勢になる。
「今は、国防軍がみんながそうならないように見ていますが、これから先はどうなるかわかりません。 ですから皆さんは、最低限でも自身の身は自分で守れるように、訓練を受けてもらいます」
にやりとする知里川。
「体力作りから座学、学校でやるような勉強から、学校ではやらないようなことも少しづつみんなに教えていきます。 みんなを保護するのと合わせて、みんなが大きくなった時にどうしたいかを自分で決められるように、これから様々な訓練を受けてもらいます」
そのように言い渡されざわつく面々。
「ちょぉ、質問」
その中の一人が手を挙げる。
「はい、北原さんどうぞ」
「自分らはどんな訓練すんのん?」
「学校で行っている授業と同じことをしてもらいます。 通信教育で授業を受けている人もいるけれども、より自分たちの身を守れる訓練をしてもらいます。 詳しくは上ノ宮中尉に説明してもらいますね」
そして発言が、知里川から玲奈に引き継がれる。
「改めて自己紹介を兼ねて説明をさせてもらう、上ノ宮玲奈中尉です。 皆様には以前より、国防軍敷地内で保護を受けていただいておりますが、今回より皆様には自身の身を積極的に守れるよう、国防軍内で行われているものと同様の訓練を施していきます。 秘密裏にではありますが、過去に我が国のエンジェルが攫われかけるという事件も起こっています。 幸いにして誘拐は成立せず、また事件のあった場所が国外であったことから、ニュースにはなりませんでしたが同様の行為が国内で行われないとも限らないことから、皆様には護身術も含めた各種の体の使い方も同様に覚えていただきます」
国外で誘拐されかかったの下りで、アキラと玲奈の目が合うが、周りはそんなことも気にせず、訓練をさせられることについての不満を述べる。
「不満についてはいろいろあるでしょうが、この中で私たち国防軍の一人でも力でねじ伏せられる人はいますでしょうか」
途端に全員が黙る。
が、一人だけ手を挙げる。
「じゃあ、ここで勝ったら自由に行動していいってことですか?」
「かまいませんよ宮沢さん。 なんなら今すぐ私たちを倒して、扉から出てごらんなさいな」
玲奈が挑発すると、宮沢という子は一気に扉に向かって駆け出す。
姿がぶれるような動きで、立ち上がった後の姿を見失うが、扉に到達する前に宮沢は森曹長に組み伏せられていた。
「宮沢さん。 あなたは身体強化系のエンジェルで、足の速さが自慢だとのことですが、それでも私たちエンジェルでもない一般人に組み伏せられてしまっています。 エンジェルは確かに人より秀でた能力を持っている人が多くいます。 ですがこのように私たちがあなた方に勝てないわけではありません。 これがもしテロリストなどが相手であれば、簡単に連れていかれてしまっているかもしれません」
森が組み敷いていた宮沢を解放し、もといた席に座らせる。
「頭脳系、技能系のエンジェルのみんなもそうです。 まずは自分たちが身を守るすべを身に着けて、それからどうするかの選択肢を多く持つよう、努力をしてください。 自身に備わった能力だけでなく、それ以外のことも身に着けて、多くのことができるようになるよう、期待しています」
一通りのことを言うと、玲奈は手元のPDA操作して、スクリーンを切り替える。
「まずはみなさんに。意識の共有を持っていただきます。 現在五時前ですが、もうすぐ華南共和国とババルスタンとの間での競技戦争が開始されます。 その様子を画面で見て、どのようなことが起こるのか、自分たちの身に起こった場合にどうなるのかを考えながら、ニュースを見るように」
PDAの操作を終えると、玲奈は壁際の席に移動して着席する。
スクリーンには今回のために組まれたのであろう特番に、解説を読み上げるキャスターの姿が写っている。
『というわけで中島さん、今回華南共和国とババルスタンという二国が争うわけですが、今回はどの点に注目したらよろしいでしょうか』
『そうですね、まずはそれぞれの国の艦船と装備でしょうか。 今回の争いは珍しく海を舞台としております。 南沙諸島に向けて駐留艦船を抱える華南共和国の装備は十分に整っていますが、一方のババルスタンは内陸国のため、十分な艦船を用意できていません。 練度の心配もありますがまずは十分に海での戦闘に対応できるかが問題です』
『私たちのような素人からしますと、内陸国であるババルスタンが海戦に挑むのは、そもそもの前提が間違っているんじゃないかと思うのですが、その点はどうでしょうか?』
『はい、おっしゃる通りで、実際にはババルスタンは、もっと自国に有利な戦場を設定することが可能だったわけです。 ですがROEとも言います交戦規定、この場合には国際紛争にかかわる各国間における条約ですが、それに基づきますとババルスタンは自国に不利な条件をのむことによって、各種交渉における優先権を獲得できるわけです。 つまり、ババルスタンは今回、わざと不利な条件をのむことで前段階での交渉を有利に進める手続きを進めまして、実際戦闘前に何名かの亡命申請を華南共和国側に受諾させています』
『そうしますと、ババルスタンはこの戦闘に勝って、さらに華南共和国側が渋っている亡命希望者の追加受け入れをもくろんでいると解釈してよろしいでしょうか』
『はい、その考えで間違いないと思います。 特に今回、数名のVIPが亡命を希望しているという情報がありまして、何名かの亡命を許容しつつそうした人物の流出に歯止めをかけたい華南共和国側の思惑をのんででも、ババルスタン側は希望者全員の亡命を受け入れようと、今回の措置を講じたものと思われます』
『ありがとうございます。 中島さんの解説の途中ですが、現場のほうに動きが出てきた模様です。 おそらくもう間もなく戦闘が開始されるものと思われます。 こちらの画面からも、双方の艦船が離岸する様子が見えましたので、現地時間の1時の時報を合図に、戦闘が開始されるものと思われます』