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023 舌鋒

 玉林は華南共和国内でも、そこそこの規模の都市である。

 香港からはおよそ500kmほど車で移動し、宋の目的地である病院まで、ずっと車に乗りっぱなしだった。

 香港に着くまでの間の飛行時間と合わせて、合計20時間にも及ぶ移動は心身にこたえる。

「それでは、こちらにお姉さんと姪御さんがいらっしゃるのですね」

 それでも疲れは見せずにサルバトーレが言う。

 宋が頷く。

「姪と、その子供に付き添うように、姉は病室に詰めています」

 受付を済ませ、三階の病室に足を運ぶ。

「普段であるなら、ただの特別な子供として成長していくはずでした。 ですが今は世の中が変わっていき始め、すでに軍へ売り込もうとどこぞの得体のしれない団体が、華北の連中に対抗できる能力がありますよと生まれたばかりの赤ん坊をさらおうとするような動きまで出始めている。 そんな時代に、こんな国に生まれた子が幸福になれるわけがない!」

 説明がてら話をする宋の語気が荒くなっていく。

「ですが我々ババルスタンとて、エンジェルを道具として利用しようとしています。 そんな我々に頼るよりは、まず祖国に何らかのアクションを呼びかけてもよろしいのでは?」

 普段の言動からは全く正反対の提案をサルバトーレが述べる。

「おそらくは、それが正しいんでしょう。 民主主義の国家ならね。 ですが、華南も華北も中国人というのはある種、度し難い人間です」

 エレベーターが止まり、病室に向けて足を運ぶ。

「姐々、紅嬰、俺だ。 暢志だ」

 声をあげ、病室の中に入る。




「本当に何と言っていいかわかりませんが、娘の旦那とも連絡が着きません。 そうこうしているうちに心労から娘も体調を崩し、病院と家とを行き来するようになってしまい、貯えも心もとなくなってきました。 せめて孫のことだけでも何とかできないかと、弟を頼った次第です」

 泣きながら紹介された楊袁李は、娘と孫と一緒になって病室で自身の境遇を語り続ける。

 宋の姉である楊袁李は幼いころから玉林に住み、そのまま宋が軍人になったのと同じころに結婚して、市内の雑貨店に努めた。

 その後は宋とは連絡を取ることもなく、宋のほうからも機密を扱う仕事をしているからと接触を断られていたのだが、結婚して娘が生まれ、その娘が夫を迎えて出産をして、家庭が崩壊した。

 普通の子であれば、あるいはエンジェルでさえなければ、娘婿も逃げ出さなかったのかもしれない。

 だが、娘婿は生まれた子供が男でも女でもないことに耐えられなかった。

 それまでの仕事からも逃げ、消息を絶った。

 残された者たちができることはあまりなかった。

 だから、袁李はつながるかどうかはわからないままに宋へ連絡をし、そしてそれは報われた。

「同情はいたしますが、現状ではよくある話なのです。 ほかの障害をもって生まれてくる子供たちと違って、エンジェルとして生まれた子供に対してどのように接していいのかわからず、逃げ出してしまうという事例はね。 何もこれはエンジェルに限ったことではありません。 障害を持って生まれた子たちにも同じように、親から捨てられる場合がままあります。 それでも我々ルシフェルを頼っていただけたことに、まずは感謝いたします」

 頭をさげつつサルバトーレが言葉を紡ぐ。

 ひと通り話をしたためか、先ほどまでの泣きはらした様子からは落ち着いている。

 だが一方で、宋が落ち着きを見せない。

 病室の入り口付近にしきりに目を向け、同室の空きベッドにも注意を払っている。

 警戒か?

 だが何に対して?

「それで、どのようにしましょう。 ババルスタンはあなた方を受け入れる用意があります。 手続き上必要なことは幾つもありますが、まずはこの病院を出て出国準備をしていただく事が必要です」

 そう、まずはババルスタンに来てもらわないことには、話が始まらない。

 自発的な意思で来てもらうことが、一番いい。

 だがさしあたって目の前の母娘は、生活にかかわる環境をどうにかしなければならない状況になりつつある。

 ならば、生活に必要なものを用意する代わりにババルスタンへと移住を進めればいい。

「――っp それは困るなぁ」

 男、いや子供の声!?

 どこから?

 室内には宋の身内しかいない。

 廊下を警戒している宋も、声の出所を探している。

「いまさらそっちに一人や二人、エンジェルが増えたところで大勢にはそんなに影響はないけれどさ、それでも気分の悪いもんは気分悪いんだよね」

 袁李がポケットを探っている、ベッドにいる娘も枕もとのTV台のあたりを見る。

「サルバトーレっつたっけ? あんまり調子に乗んないでよね。 ルシフェルを自称するくらいだから僕らに敵対するのはわかるけどさぁ、それでもエンジェルが何のために生まれているかは考えようよ?」

 全員の目がTV横に置かれていたPDAに注目する。

 誰の持ち物か詮索する視線が無言で行きかい、袁李がおずおずと手を挙げる。

 一回頷いてサルバトーレがPDAを手に取る。

「改めてお尋ねいたしますが、あなたはどこのどなた様でしょうか? 私のことはご存知のようですが、あいにくお名前も伺っておりませんので、どのようにもお返事ができずに困っているのですが」

「あー? 名乗る必要ってある? っていうかさ、大体のところの見当くらいはついてるでしょ? 想像力がないんじゃないの」

「さて、これでもいろいろなところに恨みを買っていますので、そのどちらさまかとは思うのですが、確証が得られませんのでね。 しかも私を名指しで来ていながら、他人のPDAを乗っ取って会話するようなモラルのないお方となると、余計に心当たりがありませんから」

「調子に乗んなよ」

 どうやら怒っているようだ。

「お前らババルスタンが何やったところで、おれらに勝てるわけがないだろが。 え? とっととあきらめろって言ってんのがなんでわかんないんだよ!」

「大人はね、こう見えて結構あきらめが悪いんですよ。 ようやく思い出しましたが、あなたはアズラエルでしたか? 覗きが趣味のたちが悪いエンジェルの」

「いい加減にしやがれこのやろ!」

 さらに相手の怒りに油を注いだ。

「いいか、ルシフェルがどんだけのことしてようが、俺たちの勝ちは変わらないの! そこにいるエンジェルも、とっととこっちによこしな!」

「おや? 先ほどは一人二人どうしようと大勢には変化がないからどうでもよい、そんなことを言っていらしたのに前言を翻すのですか?」

「あ――! もう! ―-っp」

 接続が切れたようだ。

「あの、今のは?」

 袁李と紅嬰が心配そうな顔で様子をうかがう。

「正真正銘の、エンジェルたち。 私たちルシフェルと敵対する集団、先ほどの会話のように自身の自己紹介をほとんどしないので、我々は便宜上『ミカエル』と呼んでいます」

 また、この説明をしなきゃならないのかと、サルバトーレは心の中でため息をつく。

「彼らは、『神』が存在するものとして考えて活動し、そのために各地からエンジェルを集めています」

 全員に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を続ける。

「各地からエンジェルを集めることは、我々ルシフェルと同じ活動をしているわけですが、彼らの目標は神のための行動という大義名分を掲げているため、その行動が過激になりがちです。 乱暴に言いますとね、彼らは神のための王国を作るために、エンジェルを特権階級とした神のための世界を作ろうとしているんですよ」

 宋と袁李と紅嬰が顔を見合わせる。

 まあ、慣れた反応だ。

 そういえばアキラ君やミッチェ君もこんな反応をしていた。

 しばらく連絡が取れていないが、彼らは元気だろうか。

「そんな特権階級の下では、エンジェルでない人々は、ただの奴隷も同然に扱われることでしょう。 我々ルシフェルおよびババルスタンは、そんな彼らの活動に対抗することを第一目標に掲げています。 人間が人間であるため。 神を称する存在にいいように扱われるのを回避するために、どうかわたくし共に協力していただけませんでしょうか」

 深く首を垂れるサルバトーレ。

「先ほどからも、お話の中で出てきていましたお子様が安心して生活できる環境、そして就業に関する斡旋も行いましょう。 さらにこちらからは、ここにおられるご家族皆様の身の安全を、ババルスタンの国内において保証いたしますがいかがでしょう?」

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