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002 準備

「おおー。似合うじゃないの」

 高岡零亜が鏡の前でパフを手に持ち、振り返りながらアキラを見て言う。

「今まで化粧したことないって言うから、洗顔から始めなきゃいけないかと思ったけどそんなことなかったねぇ」

 ほぼ一方的にしゃべりる零亜に前髪をピンで留められ、なでるよりも少し強いくらいの力加減で額にファンデーションを塗りたくられる。

 さらに口紅やらマスカラで女らしさをアピールする。

「しかしま出来ればもうちょっと髪の毛にボリュームが欲しいかなー。 この髪の色だとE―203番当たりのヘアエクステでいけるかねぇー」

 ショートカット気味であった髪に付け毛が加えられ、手櫛でなじませたあとにブラシで髪形が整えられてゆく。

「おし! かんりょー」

 後ろ髪にあてていたブラシを引きながら零亜が少し離れる。

「うふふー。 いいぞいいぞ、だめもとでーとか思ってたけど予想以上の仕上がりだー」

 どうやら零亜は仕上がりに満足しているらしい。

 かたや、アキラはどうかといえば鏡を見つめたまま動かない。

「さー次は衣装だねー。 事前に玲奈ちんにいろいろ聞いてるからサイズは大丈夫なはずだよー」

 アキラの返事を待たずにケースの中からストッキングやガードル、国防軍のものとは明らかに違う深草色ではない、赤色を基調として十字模様をあしらったワンピースのような服が並べられる。

「エキシビジョンだしねー、とにかく目立った者勝ちー。

ぐふふー。 玲奈ちんも驚くぞー」

 零亜が下品な含み笑いを見せるものの、それでもアキラは動こうとしない。

 衣装の着付けについても零亜のいいようにされている。

 ジェルパットを仕込んだブラジャーをつけられ、くびれを強調するようにコルセットで締め上げられる。

「・・・しい」

「ん? なんか言った?」

 全くの無反応だったアキラが、息を吐く合間に言葉を漏らす。

「締めすぎてくるしい・・・。 ゆるめて」

「おおぅ。 ごめんなさいだよ緩めるよ」

バリバリとマジックテープの位置を直しながら、苦しくならないよう調整し、くびれができるように締め直される。

「零亜はさ」

 ぽつりとつぶやくように声を出すひかる。

「零亜は自分から、玲奈さんに今回の件の売り込みをしたんだよね」

「そだよー。 玲奈ちんもいろいろな人にあたってたらしいけどねー、そうそういなかったらしいよー。

 まー戦略とかがわかってなおかつ暇な女の子って時点で人選は限られて来るよねー。 アキラは違うみたいだけどねー」

 アキラの背中のファスナーをあげていた零亜は、次に取り付ける衣装飾りを箱の中から手繰り寄せる。

「アキラは玲奈ちんに頼られるのがプレッシャーなのかなー? ちょっとくらい貸しを作るくらいの気分でいてもいいんだよぉーグリーンだよー。 レッドではないし、だめもとでやればいいんだから難しく考えるなよー」

「難しく考えて・・・いるのかな?」

「おうよガチガチだぜぃ。 ロシアのなんちゃらいう軍人のにーちゃんとガチバトルっても殴り合う訳じゃないでしょー。 しかもアキラはあたしよりもゲームがうまいんでしょー? その延長でやってりゃいいんだよー」

 よし完成と一声かけアキラの肩をポンとはたくと零亜は自分の着替えを始める。

 零亜に話しかけたことで緊張がほぐれたのか、アキラの呼吸は先ほどよりも浅くゆっくりと吸い込むように変わっていた。

「ところでいまさらだけど質問していい?」

「なにかなぁ? 今日の作戦のことかなぁ? そのあたりのことは玲奈ちんのほうが詳しいだろうからあたしに聞くのはお門違いだぞー」

「じゃなくて、この衣装のことで」

「ヘキサイズから出ている『とらいおん!』のレフティアだよー。 ちなみにあたしのはラティスのだからねー」

「・・・玲奈さんから軍服、渡されてなかったっけ?」

「あんなのはパーティーの時とかに着とけばいいんだよー。 演習とかいったって、あちしらがやるのはエキシビジョンみたいなもんだから、周りに合わせてむさい恰好するもんでもないでしょー」

「・・・いやでも」

「あとねーこの格好も武器になるんだぞー」

「え?」

 どのような意味があるのか確認しようと振り返ったところでアキラ達のいる部屋のドアが外にいる誰かに開けられる。


 上之宮玲奈がそこにいた。


「・・・これが貴女の言っていた策なのかしら」

 眉間にしわを寄せながらアキラと零亜を連れて、両のこぶしを握り締めたまま、石と泥とまばらに生えた雑草の間を歩いて行く。

 演習の最終日でもあり、あちこちで身の回りの装備品などの片づけを行っている、国防軍の合間を縫って歩くことは少々難儀ではあったが、演習用車両の用意されている区画まではそれほど歩きにくいというものではなかった。

 足もとの路面の状況に関しては。

 むしろ周囲から無言で見つめられる、数十メートルの距離の方が心理的にきつい道のりになっている。

 居心地の悪さを感じているのはアキラと玲奈だけであったかもしれないが、周りから好奇の目でさらされているのは確実である。

 民間人が演習の現場に来ることはめったに無いとはいえ、それでも稀に参加者や見学者が来ることはある。

 が、今回がある意味特別ではあるとはいえ、コスプレで現場を歩く民間人は過去に例がない行為だ。

 本来ならばきちんとした野戦服なり礼服なりを着せるところであるが、時間が押していることと零亜の言っていた秘策に期待していたこともあり、彼女に自由にさせていたことを玲奈は後悔していた。

 アキラはといえばやはりいろいろな意味で居心地がわるいようで、最後尾をうつむき加減でついてくる。

 普段とは違う格好、しかもコスプレ、さらにスカートで多数の軍人がいる合間を縫って歩くなど、誰がこんな罰ゲームを考えたのかと、目の前の玲奈と零亜を下ろした前髪の間から覗き見る。

 背中しか見えていないため表情などは判りようもないが、前を歩く二人はある意味堂々と歩いているようだ。

 もとよりここに連れてこられたこと自体が不本意であったアキラだが、一人で日本に帰る手段もなければその為の金銭も無く、演習期間中の移動範囲を制限されたままで今日を迎えた以上、もうここから逃げ出すことは不可能に近い。

 零亜に化粧を施されている合間も、これからの演習の事とその合間に逃げ出すことばかりを考えていたが、何ら実行に移すことも出来ずにいたことはヘタレの極みでもあった。

 もっともそのような行動に出たところで上之宮家の息のかかった国防軍兵士たちに取り押さえられるのが落ちであるが、あらゆる手段を使って逃亡されることを懸念していた玲奈にしてみれば、演習の場に連れだせることができた時点で目的の半分がクリアできたと考えている。

 残りの半分はあのいけすかないアレクセイ・ナボコフを戦場で打ち負かすことであるが、その件については今更ながらに可能であるかを自問自答している最中である。


 大隊指揮を行う。


 本来の階級からいえば、小隊指揮がやっとできる身分である玲奈が大隊を動かすなどあり得ないことである。

 上之宮家が国防軍とつながりの深い財閥であるといっても、国防軍にいるすべての軍人が好意を持っているわけではない。

 むしろその発言力を抑える方向での工作がされていてもおかしくはなかった。

 にもかかわらず今回の大隊指揮運用を任されたのは、件のパーティーでの一件から派生した外交上の問題と、国防軍内部にある各派閥との駆け引きの結果があってのことであると玲奈は推測している。

 いくら今回、自分の参加する演習が特別評価試験演習であるにしてもだ。

 上には上の思惑があるのだろうが、目の前の演習に意識を向けることが今は大切であると、意識を切り替えよう、そう考えたとき―


「ひざかっくん」


 後ろから攻撃された。

 たたらを踏んでなんとか転倒を防ぐ。

「玲奈ちんてば考え事しながら歩くと危ないよー」

 としたり顔で、零亜が顔の横に持ってきた両手をあやしく動かす。

「ただでさえ敵が多いんだから隙を見せたらパクって食べられちゃうよー。 怖い顔してないで笑うといいんだよー」

「誰のせいでゆがんだ顔になっているとお思いですの?」

「半分は玲奈ちん自身だよー。 自分からロシアにーちゃんにケンカ売るような真似して厄介な荷物を増やしてるから、変なところに余計な力が入っちゃってるんだぞー」

 玲奈の怒りの混じった問いかけにも、動じることもなくさらりと返す。

 あっさりと返答されたということに不快感を覚える玲奈ではあったが、言っている内容に心当たりがあるため強く言い返すことがためらわれた。

「・・・まるで見て来たかのように評価しますわね」

「そりゃもう、アカネさんから根ほり葉ほり耳ほり聞き出したしー」

「アカネの査定評価にマイナスをつけないといけませんわね。 で、あえて聞きますけど残りの半分は?」

「あたしとアキラがどれだけ使い物になるかわかってない、ってことからくる不安だと思っているけど違うかなー?」

 ともすれば自身が役立たずのポジションであると取られかねない内容のセリフを、零亜は言ってのける。

 アキラとの会話でも言っていたが、零亜の言葉は自身から売り込みをした人間がするセリフにしては妥当なものとは言い難い。

 にもかかわらずこの様なセリフを言ってのける意図は何であるのかと玲奈は思考する。

 勢いに任せて言っているのか、彼女自身が試されているのか、あるいは玲奈が知らない何らかの視点なり立場に立っての忠告なのか。

「アキラに関しては玲奈ちんが自分でスカウトしてるんだし、あちしにしてもミニテスト受けさせられているんだから、あとはもうだめもとで実戦やるしかないんだよー」

 どのような意図があるかについては今の時点においては、詮索する時間がない。

 そしてもう間もなく演習が始まる。

 全くの無人の戦車48両に支援車両8台、そしてアキラと零亜と自分とで構成された自動機械化無人戦車大隊を用いてアレクセイ・ナボコフを倒す。

「・・・全くその通りですわね。 しかしながらあなたの口癖のだめもとのつもりで行動するつもりは毛ほどもありません事よ」

 零亜に向きなおり、顔をあげて玲奈が言葉を紡ぐ。

「私自身と、女性の潜在能力を見せつけるために、目の前の戦場を蹂躙しますわよ!」

 自身の存在意義を確かめるように、言葉で誓った玲奈は再び歩を進めた。

 先ほどに比べて足取りも軽く、アキラも零亜も小走りに後を追う。

「・・・僕はどうなんだろう」

 あとをついて歩きながらも、アキラは自身について自問自答をまだ繰り返していた。

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